再び巡る時の中で

               「大人達の戦い」

                                         Written by史燕





非常警報が鳴り響いたのは、シンジが病室でリンゴを剥いている時だった。
哀しいかな、シンジを見舞う人は少なくは無いのだが、多忙か、家事能力皆無かのどちらかであるため、このような作業は彼自身が行わなければならなかった。
本人はもうリハビリの一環だと割り切っているが、一人皮をむく彼の姿に、やるせなさを感じざるを得ない。

もっとも、ここにファーストチルドレンがいれば

「……碇君、口開けて」
「いや、ちょっと」
「怪我人は食べさせてもらうもの」
「でも、リンゴだって剥けるし」
「……ダメ」

という、「だったらまず皮を剝くところからやれよ」と突っ込みたくなるA.R.綾波レイフィールドが展開されること請け合いなので、シンジの心労を考えると、これでいいのかもしれない。
美少女と一緒でうらやましい、とケンスケ辺りは言いそうだが、それは体感してから同じセリフを言ってもらいたいのだ。

閑話休題。

「使徒? でも、すぐに警報は止んだし……」

NERV内にある病院のため、警報は聞こえたが、公的にはこの日の使徒襲来は“無かった”ものと処理される。


「そっか、次はリツコさんたちが倒したんだっけ」
正確には殲滅ではなくイロウルはMAGIと共生を選んだのだが、この辺の誤解は仕方ないだろう。

「今回は、リツコさんたちに任せるしかないよね」

一方、アスカとレイだが、模擬体との連動実験中にプラグごと射出され、今は地底湖を漂っていた。

「はあ、いきなり放り出すなんで信じらんない。しかも裸だし」
「……アスカ、待つしかないわ」
「そうだけどさあ」

「そうだ、レイ」
「何?」
「今度、シンジが退院したら、アタシもシンジの料理食べに行くから」
「えっ?」
「リツコがあんなこと言うんだもん。食べたいに決まっているじゃない」
「そう」
「……そっけないわねえ。あ、わかった。旦那の手料理食べさせたくないんでしょ」
「だんな?」
「だって、アンタたち、付き合っているんでしょう?」
「付き合う、恋人同士になること。いえ、私と碇君は恋人同士ではないわ」
「そうなんだ。でも、好きなんでしょう?」
「好き?……わからない」
「わからない? 変な子ねえ」

(そういえば、この間も恋がわかってなかったみたいだし、大変だわ)

アスカはレイの様子に頭を抱えた。

「……でも」
「でも?」
「碇君といると、ポカポカするの」
「ポカポカ、ねえ」
「そう、こう、胸がギュッとなって、でもじんわり暖かくなって、ポカポカするの」
「はあ、アンタバカァ?」
「……私は、バカじゃない」
「いいえ、バカよ。だってそれ、好きってことじゃない」
「好き? 私が、碇君を」
「そうそう」
「好き、なのね」

(やっと自覚したみたいね。ま、レイのペースを大事にしないと、上手くいかないわよね)

アスカは、そっとレイの恋を見守ることにした。
どこぞの作戦部長よりもよっぽど大人である。

(バカシンジのどこがいいのかしら、ってこれを聞いたらめんどくさいわね)

そう内心で思ってはいるものの、なぜか不思議と嫌な気分ではなかった。



アスカがレイの恋心について考えている時、ミサトは親友の側で油を売っていた。

「開発者のいたずら書きね、これさえあればなんとかなりそうね」
「ふーん、MAGIの裏ワザ大特集ってわけね」
「これで、予定をかなり短縮できます」

リツコはマヤとマコトと協力して、イロウルに臣下促進プログラムを流し込む準備をしていた。

「ねえ、教えてよ。MAGIのこと」
「MAGIは三人の母さんなの。科学者としての、母親としての、そして女としてのね」
「ふーん」

ミサトの雑談に付き合いながら、リツコは目にもとまらぬ速さでキーボードをタッチしていた。
そうして、時間は過ぎていく。

「できました、先輩」
「こっちもです」
「いいわ、押して」

プログラムが送られた瞬間、使徒に制圧されかけていたMAGIが正常に戻った。

「自爆決議、否決されます」

最後にカスパーだけが少しだけ制圧されていなかったことを考えると、本当にギリギリだった。

「女としての自分を最後まで捨てないなんて、母さんらしいわね」

そう言って、亡き母を偲ぶリツコだった。



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