想い人〜外伝〜

                     ある親衛隊員の一日

                                             Written by 史燕





綾波レイ親衛隊員の朝は早い。
なぜなら、早朝の定例会に合わせていち早く登校しなければならないからだ。
彼――山城マモルは、今日も日の出より早く目を覚ました。
マモルは隊員ナンバー005と親衛隊旗揚げ以来の最古参である。
今日も今日とて、定例会が「綾波さんの笑顔のために」を合言葉で解散となった後、通学路第5ブロックを担当する分隊のリーダーとして任務に就く。
ちなみにだが、シンジとレイがくっつく前に果たし状を送る際、その文章を起草し、隊長と共に天誅を下そうとしたメンバーだったりする。

「分隊長、来ました。護衛対象は綾波・碇両名とも仲睦まじく登校しております」
「よーし、総員第一種戦闘配備、今日も気を抜くなよ」

彼らは性懲りもなく二人の仲を認めないのか、というとそうではない。
むしろ……。

「来ました、あれは3−Dの大石、以前から綾波さんにちょっかいをかけ、要注意人物としてリストに載せられています」
「よーし、お客さんのお出ましだ。野郎ども準備はいいか」
「「「もちろん」」」
「人の恋路を邪魔するやつは」
「馬に蹴られてあの世に逝きな」

メンバーは大石と呼ばれた3年生に向かって向かっていく。

「な、なんだお前たち」

「「「我らは綾波レイ親衛隊」」」

「綾波さんの」
「幸せを」
「真に願う者たちなり」
「「「天誅」」」

「く、来るな、うわあああああ」

「悪は去った」
「えりあ、オールグリーン、パターン青、消滅しました」
「護衛対象は?」
「両名とも、こちらの様子に気づくことなく第5ブロックを通過していきます」
「よし、総員撤収」
「「「了解」」」

彼らが去った後には、物言わぬ骸だけがそこに横たわっていたという。



時は移り、昼休み。
山城マモルたちの隊は、中庭の物陰に潜んでいた。

「今日の護衛当番は我々だ。各員努々警戒を容易な」
「「「はっ」」」

親衛隊にとってひと時も休まる時などない。
休み時間こそ一番敵襲を警戒する必要があるからだ。

「分隊長」
「どうした」
「周囲に敵影なし。護衛対象は仲良くお弁当をアーンし合っている模様」
「そうか」
「我々はいつも通りあんぱんと牛乳であります」
「そうだな」
「………」
「………」
「ところで、お前、俺の分もあんぱん食うか」
「結構です、というか、分隊長こそ自分のあんぱんを食べてください」
「いらん、もう腹いっぱいだ」
「自分も砂糖吐きそうであります」

――キーンコーンカーンコーン――

チャイムが昼休みの終了を告げる。
幸い今日は、襲撃(シンジとレイへの告白・中傷など)はなかった。

「どうやら時間のようだな」
「周囲に敵影なし、護衛対象も教室へ帰還するようであります」
「我々も両名を護衛しつつ教室へ戻るぞ」
「「「了解」」」

こうして急いで教室へ戻る一般生徒と共に、彼らも廊下を駆けるのだった。

「コラー、廊下は走るなー」
「「「す、すいませんでした―――」」」

訂正、廊下を急ぐのだった。



更に時はうつろい放課後である。

「分隊長、今日も綾波・碇両名共に大量でした」
「そうか、して現在の様子は?」
「はっ、無事全てのラブレターの撤去が完了しました」
「そうか、では我々も第3分隊の加勢に向かうぞ」
「「「了解」」」

放課後の護衛対象の行動は日によって非常に流動的である。
ある日は大型ショッピングモールで買い物を行い、またある日は映画館へ、またある日は喫茶店でお茶を楽しみ、またある日はレイの頼みによって郊外の知人宅へと向かう時もある。
よって、この時間帯は持ち回りで2分隊が護衛として張り付き、安全地帯へと護送を行い、2分隊が(どちらかに告白しようと)接近する敵勢力の各個撃破、残る1分隊――今回はマモルの隊だが――が、事前に仕掛けられているだろうトラップ(ラブレター)の排除を行い、終わり次第迎撃部隊の援護に向かうことになっている。

「碇君にふさわしいのは私なのー」

マモルは援護に入って早々に、迎撃を行う羽目になった。

「んなわけあるか、綾波さんが上に決まってるだろう」
「きゃあ」

困ったことに、最近に入ってレイだけでなくシンジを標的とする襲撃が増加傾向にあり、親衛隊は劣勢にありながらなんとか撃退している状況にある。

「すまないが綾波さんの幸せこそ我らが幸せ、女といえど容赦はしない」
「くっ、どうしてよ、私が碇君とくっつけばあなたにもチャンスが――」
「黙れ、二度言わせるな『綾波さんの幸せこそ我らが幸せ』なのだ」

彼ら親衛隊の行動原理はこの一点に尽きる。
なにせ失敗したとはいえ恋敵たるシンジに発破までかけたのだ。
いまさら易々と揺らいだりなどしない。
それどころか、「あの二人の笑顔を守りたい」と入隊希望者が殺到している始末である。
親衛隊の鉄の結束は、決して破れはしない。

「ぬおおおう」
「「「わああっ」」」

そのとき、迎撃を行っていた一角が崩れるのがマモルの目に映った。

「どうした」
「何があった」

マモルたちも急ぎ増援に向かう。

「っつ、お前は」
「ほう、朝は世話になったな」
「……大石」
「ここの奴らのようになりたくなければ、お前もとっととそこをどけ。あのもやし男から綾波レイを奪うのはこの大石様だ」

ゲッヘッヘ、といかにも嫌らしいことを考えているという風な下劣な笑いを顔に張り付けながら、大石がマモルたちの方へと向かっていく。
よく見れば、その取り巻きがワラワラと集まり、大石と同じような汚らしい笑みを浮かべている。

「――させない」
「うん?」
「絶対に、あの二人の邪魔はさせない」
「ほう、俺たちを止めるというのか、すでにかなり消耗しているようだが」
「それっ、でもっ、俺は、俺たちは」
「「「ぜったいにあの二人の邪魔はさせない」」」

「はっ、この声は」
「よーく言ったな、山城」
「第1分隊、第2分隊ともに、無事護衛任務を終えて救援に駆けつけましたよ」
「隊長……副隊長も……」
「はっはっは、二人で今日はお家デートだそうだ、かーっ、青春してるねえ」
「というわけで、こちらは無事任務完了ですよ」

「それじゃ、大石さん、覚悟してもらいましょうか」
「行きますよ、総員確保です」
「「「おうっ」」」

「人の恋路を邪魔するやつは」
「馬に蹴られてあの世に逝ってください」
「我ら」
「「「『綾波レイ親衛隊』」」」

「ちくしょう、一度ならず二度までも、グフッ」

「よ〜し、みんな帰るぞ〜」
「「「うーす」」」
「明日も早いからな、定例会、遅刻すんなよ」
「「「りょーかいでーす」」」

こうして、とある親衛隊員の一日は幕を下ろすのであった。

〜〜Fin〜〜




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