半身〜Fパート〜

                                                  Written by史燕


シンジは後片付けをするために店に戻ると、中で一人の女性――夕霧レイが待っていた。

「……碇君、後片付け終わったわよ」
「ありがとう、綾波。今日は、お疲れさま」

そう言い置いて、奥へと向かうシンジを柔らかな香りが、包み込んだ。

「……我慢しなくていいのよ、碇君」

その一言で、シンジが今まで押しとどめていたものが、溢れだした。

「うっ、くっ、あれっどうして」

シンジは溢れ出す涙を留めることができないでいた。

「……今は、思いっきり泣いて」
「うっく、ひっく」

レイは、シンジがひとしきり泣いて落ち着くまで、ずっと抱きしめていた。
まるで彼を、自分のもとに繋ぎ止めたいかのように……。

「ごめん、綾波、ありがとう」
「……もう、落ち着いた?」
「うん」

「それじゃあ、今日は帰ろうか」

ひとしきり泣いた後、シンジはぎこちないながらも笑みを浮かべてそう言った。

「……大丈夫だよ。今日はこのまま一人にしてほしいんだ」
「……わかったわ」

こうして、戸締りを終えたあと、シンジとレイはわかれて帰宅した。



一夜明けた和泉古書店である。



レイは、通常であればまだ開店していない時間帯に、「和泉古書店」を訪れた。

(……まだ来てない? というより、そもそも今日は開店するの?)

そうは思っていても、なぜか「シンジが来ない」という可能性だけは、レイの頭には浮かばなかった。

「あれ、今日は早いね」
「……ええ、今日も、開けるの?」
「そうだよ? ソウイチロウさんにも頼まれちゃったしね」

案の定、シンジは開店準備をしていた。
レイはその姿を見てほっとするのと同時に、胸の奥からこみあげてくる何かを感じた。

(……なに? この感じ)

レイは自身の感情に戸惑っていた。
何せ、自身の心の奥から、絶え間なく感情の奔流が湧きあがってくるのである。
「いとおしい」「支えたい」――シンジに対して、今まで自分が感じたことのないような想いがこみあげてくる。

(……何なの、この感じ? でも、嫌いじゃ、ない)

この感情は何か、自身の知識を総動員して答えを探す。

(……いとおしい、支えたい――好意を持つ対象に抱く感情)
(……そう、つまり、そういうこと。どうして今まで気づかなかったのだろう)

(……つまり私は碇君のことが“好き”ということ)

ひょっとしたら、自身が気付かなかっただけで、ずっとずっと以前から好きだったのかもしれない、そう思いながら自分の心に折り合いをつけたレイは、おもむろに、シンジに話を切り出した。

「……ところで、碇君。準備で忙しいところを申し訳ないのだけれど、私の話を聞いてくれる?」
「? 別にいいけど……」

(どうしたんだろう? 急に話なんて……)

シンジは心底不思議に思った。

一方レイは、自分の心を落ち着かせ、覚悟を決めて話し始めた。

「……碇君、わたくし綾波レイは、碇シンジ君のことを愛しています」
「へっ!?」
「……付き合ってください」

(えっと、どうしよう。これって告白? 嘘、ほんとにどうしよう?)

シンジは状況に頭が付いて行けず、ほぼ思考停止状態になっていた。

一方、レイはというと

(……言っちゃった。とうとう勢いで言っちゃった。どうしよう、碇君はいきなりで混乱しているみたいだし……)

一世一代の大告白をした割には、意外と冷静だった。

シンジの混乱が収まったころ、ようやく2人の時間が動き出した。

「えっと、その……冗談、じゃないよね」
「……冗談で告白するような人間だと思うの?」
「いや、ただ、その信じられなくて」
「……そう」
「その、ほんとに僕なんかでい――」
シンジはなおも抗弁しようとするが、その唇はそれ以上言葉を紡ぐことはできなかった。

「……「なんか」なんて言わないで。私は”あなたが”好きなの」
「それじゃあ、えっと、付き合ってくれる?」
「……私からお願いしたのに。碇君らしいわね」

ファーストキスまであげたのに、とうそぶくレイを見つめながら、シンジは自分におこった変化をゆっくりとのみこんでいた。



―――――――――3年後――――――――――

第二新東京大学付近の街かどに、その店はあった。
近隣では有名な「和泉古書店」という名のこの店は、大手書店顔負けの品揃えである。

……しかし、この店が有名なのは、何も品揃えのためだけではない。

「レイ、表の方出てくれる?」
「……わかったわ」

この店は、何より、仲睦まじい若夫婦によって経営されていることで、近隣の住人から評判なのである。

〜Fin〜






前へ

書斎に戻る

トップページに戻る