想い人〜Aパート〜

                                                 Written by史燕




 ここ第三新東京市は、サードインパクト後、すべての人々がA.T.フィールドを取り戻し、L.C.Lの海から還ってきていた。
憑代となった碇シンジが望んだとおり、「他人」がいる生活が再開したのである。

 その後、無事中学を卒業し、ドイツへと帰国しなければならなかったアスカを除き、碇シンジ・綾波レイ・鈴原トウジ・相田ケンスケ・洞木ヒカリといった面々は、そのまま第三新東京市立第一高等学校へと進学し、全員同じクラスに在籍していた。
特務機関NERVもその役目を終えたことから解体され、スタッフはみなそれぞれの道を歩んでいる。

   これは、彼らが進学して三ヶ月が経った、ある日のことである。

「やっぱり、暑くなってきたなあ」
「しゃーないやろ、四季は戻ったっちゅうても、もう六月や。暑うもなる」
「そんなこと言ったって、暑いもんは暑いだろう。な、シンジ」
「え、あ、うんそうだね、ケンスケ」

 サードインパクトの影響で四季が戻ってきた日本だが、もうすぐ本格的な夏を迎えようとしていた。

「それでトウジ、最近どうなんだ?」
「どうって、何がや?」
「何って……委員長とのことだよ。うまくいってるのか?」
「な///ヒカリとのことなんか、なんもないわい」

実は鈴原トウジと洞木ヒカリは、高校入学を機に、正式に付き合っていた。
シンジやケンスケからすれば、(まだ付き合ってなかったのか)といったところだが、当人たちからしてみれば、
「けじめが大事な(んや)(の)」
とのこと。
結局この一件でもお似合いだという結論に至った周りの者たちは、それ以上何も言わなかった。

「へ〜、『ヒカリ』って呼んでるんだ。順調みたいでなによりだね」
「うっ///おまえは〜いっぺんしばいたろか!!」
「うわ〜悪かった。この通りだって」
「そんなんで許されるか、アホ」
「ごめんごめん、ほら、シンジからも何か言ってくれよ」
「うんにゃ、センセは黙っとってください」

「………」

「うん? どうしたんだシンジ?」
「なんやセンセ、なんか悪いもんでも食ったんか?」

「………」

「シンジ」「センセ」
「!! あっ、と…ごめん、どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、訊いとるんわこっちやで?」
「大丈夫か? ぼーっとしてたみたいだけど?」

「いや、なんでもないよ。ただ単に――」
「「ただ単に?」」
「ただ単に、綾波、変わったなあって思って」

シンジの視線の先には、ヒカリたち女性陣と楽しそうに話す綾波レイの姿があった。
かつてと異なり、大人しいながらもきちんと話をし、豊かとはいえないが感情を表現するようになったレイは、以前にもまして男性陣の人気があった。

「実は、今週も一番人気だったんだよね、綾波」
「か〜っ、お前まだそんなことしよったんか」
「仕方がないだろう? 需要あるところに供給あり。委員長の写真は売ってないからさ〜」
「そういう問題じゃあ――」
「これあげるからさ、委員長には内緒にしててくれよ」
「うっ、しゃ−ないなー」

(……そうやってトウジに委員長の写真を渡すあたり、確信犯だと思うんだよね)

そう思うシンジだったが、それに乗るトウジもトウジだからと考えるのをやめた。

「……でもさ」
「うん?」「なんや?」
「いや、綾波って笑わないんだよね」
「そういえばそうやな、わいも綾波の笑っとるところ見た覚えがない」
「シンジはどうだ?」
「ぼくは……」

(ヤシマ作戦の時に一度見たけど……)

「うん、やっぱりみたことないや」
「センセも見たことないんならしゃーないなー」
「じゃあ、普通の時は絶望的だってことか」

(……まあ、今の僕には関係ないことなんだけどね)

――キーンコーンカーンコーン――

昼休みになった。

「さーメシやメシ。学校で一番の楽しみや」
「全く……トウジったら相変わらずだねえ」
「まあまあシンジ、少し待ってろって。本当の意味がわかるから」

そうケンスケが言い終えてすぐに、シンジも「本当の意味」がわかった。

「……鈴原」
「なんやヒカ……イインチョ」
「はい、これ」
「おお、おおきに。いつもいつもすまんの〜」
「いいわよ。お弁当くらい……ねえ、一緒に食べない?」
「そうやなー。しかしケンスケたちと食う約束なんやけど……」

というやり取りをしていると、見かねたケンスケが二人に向けて

「トウジー、俺たち学食で食うから、今日は別々なー」

と声をかけた。

「おおうそうかー。またあとでなー」

とトウジが返事をする前に、二人は席を立っていた。

「全く、トウジも世話が焼けるよ」
「ははっ、それがトウジらしいと言えばトウジらしいところでもあるんだけどねー」
「もう、あの裏切り者め〜。お弁当もらってるんだからその後はわかるだろう」
「それをトウジに期待しちゃいけないよ」
「はあ〜、たしかにな」

そうこう言いながらドアへ向かうと、扉のそばに一人の少女――綾波レイがいた。

「……碇く――」
「ケンスケー、早くいかないと混んじゃうよ。急ごう」
「お、おう」

少女はシンジに呼びかけるものの、シンジはそれを遮るようにしてケンスケに呼びかけ、あわただしく教室を後にした。

「……良かったのか? シンジ」
「えっ? 何が?」
「何って……いや、なんでもない」

笑って受け答えしているが、「それ以上何も言うな」とシンジの目が語っているのに気付き、ケンスケは追及をあきらめた。

 午後の授業も終わり、放課後である。
トウジもケンスケも所用ということで先に帰ってしまったので、シンジは一人で教室を出ようとドアを開けた。

「……あっ、碇君」

まったくの偶然であるが、ドアの向こうには今まさにドアを開けようとしていたであろう、綾波レイが立っていた。

「……あの、えっと、その」
「――――どいてくれる」
「……あ、ええ、かまわ…ないわ」

突然のことに困惑するレイをよそに、シンジは低い声できっぱりと、心なしか怒気を含ませているようにしながら、バッサリと相手を斬り捨てた。
皮肉にも、かつての綾波レイが口にしたのと同じセリフで。
その直後、少女の顔はゆがんだように見えた。

教室からは、シンジを非難する女性陣の声が聞こえてきた。

――まったく、あんな言い方しなくてもいいのに。
――優しそうだと思ったのに、ちょっとゲンメツ。
――何を言ってるのよ。暗い、冴えない、平凡な子よ。ダメに決まってるじゃない。
――せっかく綾波さんが話しかけてあげてるのに、何様のつもりかしら。
――そもそも綾波さんもあんなのわざわざ相手しなくたっていいのに。
――いやー綾波さんが優しいから付け上がってるのよ。自分の身の程も知らないで。
――おんなじ中学だったからでしょ。綾波さんもズバッと言ってやればいいのに。

(……ま、僕の立場ってこんなものだよね。別にいいんだけど)

自分に対する悪口を耳にしながら、「それでも他人がいるだけましか」と思い直しながら、シンジは帰路についた。





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