「作戦部長の沈鬱」

                                         Written by史燕




NERV作戦部長葛城ミサトと言えば、今や誰もが知る有名人である。
他に幹部としてメディアに露出している面々は基本的には、グラサンヒゲの仏頂面司令と人を食ったような老獪さを持つ副司令、そして冷徹でとっつきにくいE計画担当主任である。
そんな中、快活で人当たりのよい、さらには美人の作戦部長というのは、広報担当にしてみれば大変貴重な、有り難い人物であった。

それが何を意味するのかというと――。

「葛城さん、○○TVのインタビューお願いします」
「はいはい」
「葛城さん、明日の週刊××の取材なのですが」
「わかってるわ」

という風に、幹部の出演を希望するメディアの対応をメインでこなすことになるのであった。
無論、使徒殲滅が最優先であるため、広報担当もそれらの仕事の負担は小さくて済むよう留めていたが……。

「ああー、もうっ、やってらんないわよ」

第3新東京市某所の居酒屋で、ミサトはグラスを片手に管を巻いていた。

「どいつもこいつも美人だなんだって、『使徒殲滅おめでとうございます』の一言ぐらい言えってのよ」
「前回の使徒から1週間なんだから、それも仕方ないだろ」
「それに、君が美しいのもほんとのことだろ。使徒殲滅の立役者さん?」

加持が向かいの席からなだめにかかる。
ここは個室であるため余人に聞かれる心配はないが、かといってあまり荒れると自分の手に負えないのである。

「言ってなさいよ、ったく」
「でも、使徒戦の準備は問題ないんだろ?」
「ええ『問題ない』わ。シンジ君たちも今は安定してるしね」
「おいおい司令の真似のつもりか」
「うっさいわね。似てないことぐらいわかってるわよ」

冗談交じりの会話で誤魔化してはいるが、ミサトは内心苛立っていた。
使徒戦のことなど頭にないメディア陣。
要望に合わせて自分に仕事を押し付ける広報担当。
何より、子供たちの後ろにのうのうと坐っているだけの自分が、彼らの功績を奪って称賛されているように思えてきて嫌だった。

(使徒殲滅の立役者ですって? 笑わせてくれるわ)

結局自分は何もしていないのだ。
人類のために戦うという仕事、父の仇である使徒を倒したいという思い。

(それもこれも、みーんなあの子たちに犠牲を強いているのよね)

カタリ、とグラスの中の氷が揺れた。

「葛城は、さ」

加持がおもむろに口を開いた。

「葛城は、シンジ君たちをどう思ってるんだ?」
「どうって……」
「いろいろあるだろう、指揮官なんだからさ。例えば――」



「自分の言うことを何でも聞くべき“兵士”とか」
「なっ、アンタ」
「違うか。だったら――」
「自分の仇を取ってくれる素晴らしい“戦士”かな」
「アンタねぇ」
「悪い悪い、これも違ったか。それじゃあ――」
「いくらでも代わりのきく“駒”とかか」

――パァン

「いい加減にしなさいっ!!」

ミサトは思いっきり加持の頬を平手で打つと部屋中に響く大きな声で言い放った。

「そりゃあね、私は作戦部長で、あの子たちはエヴァのパイロットで、上司と部下の関係よ」
「そうよ、私はいつもあの子たちに『死んで来い』って後ろから命令するだけの立場だわ」
「でもねぇ、でもっ、私はっ、わたしはぁ」

ミサトは泣き始めた。
自分でもなぜ泣いているのかわからなかった。
自分は目の前の男に憤っていたはずだ。激昂していたはずだ。
なのにどうしてだろうか。
溢れだす涙を自分でも止めることができなかった。

「悪かった、葛城。言い過ぎた。だから泣くな、なぁ」

加持が泣き止めさせようと声をかけるが、全く効果が無かった。

「なによぉ、もぉ。泣きやみなさいよぉ。泣きたいのは、辛いのはアタシじゃないでしょう」

本人の意に反して、流れる涙は一向に止まる気配はなかった。

ひとしきり泣いた後、ミサトは息を整えてから吐き出すようにして言葉を漏らした。

「ねえ、どうしてなの」
「どうしてあの子たちなの」

それは加持に対しての言葉であったが、その答えが欲しいわけではないということは、彼にも分かっていた。

「もしアタシがエヴァ乗れるのならいくらでも代わってあげるのに」
「それは俺もそう思うよ」

加持もミサトも口に出さずともわかっていた。
それは、自分たちに限らずNERVの面々全員が、共通して思っていることだと。

――私たちは一番近くて、一番遠い場所から子供たちの闘いを見ているしかないの。
――俺たちは結局、シンジ君たちの辛さを一つも肩代わりしてあげられないのさ。

会話を止めた二人がグラスを空にするのはほとんど同時だった。

「行きましょう」
「ああ、送っていくよ」
「悪いけど、お願いするわね」



「シンちゃ〜ん、たっだいま〜」
「お帰りなさい、ミサトさん」
「やぁ、シンジ君。葛城を部屋に連れて行くの、手伝ってくれるかい」
「ええ、構いませんよ」
「ふへへ、シンちゃん。だ〜い好き」
「うわぁ、だいぶ酔ってますねぇ」
「葛城に好かれるなんて、妬けるねぇ」
「ちょっと加持さんまで」
「ははっ、いつも済まないと思っているよ」
「もう、だったらからかわないでください」
「わるい、わるい」

いつもと変わらない風景。
いつもと同じ日常。
そんな平穏な時間の中で。

――シンちゃん、ありがとう――
――シンジ君、いつも苦労をかけるね――

そう、二人の大人が伝えた言葉は、そっと夜の帳の中へ消えていったのだった。

〜〜Fin〜〜


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