綾波レイ誕生日&キリ番1000記念SS

                     「誕生日」

                                         Written by史燕


――3月30日――
――私、綾波レイの誕生日とされている日――
――今まではただ繰り返す日々の一日でしかなかった――
――そう、この日までは――

「おめでとう」

朝、いきなり碇君からかかってきた電話から聞こえてきた、第一声がそれだった。
今日は日曜日ということもあり、NERVへ向かう用事もなく、ただ寝ているだけの予定だった。
「おめでとう」――それが何を祝っているのかがわからず、しばらく私は携帯電話を持ったまま、ぼーっとしていた。

「誕生日だよ、誕生日。ほら、いつだったか教えてくれたじゃないか」

そうだっただろうか。
記憶にはなかった。
もっとも、碇君が嘘をついているようにも思えないので、相当前のことなのだろう。
つまり彼は、私の15回目の誕生日を祝うために電話をくれたというのか。
――トクン
素直にうれしくて、胸が高鳴るのを感じた。

「そう、ありがとう」

いずれにしても、おめでとうと言われたからには、お礼を返さなければならない。
逆を言えば、これで彼の要件も済んだと言える。
わざわざ電話をかけてくれた優しい彼に、これ以上時間を割かせるのは酷だろう。

「それじゃ、また」

「さようならなんて悲しいこと言うなよ」という彼との約束は未だに守り続けている。
といっても、それは碇君に対してだけで、他の良く知らないのにまとわりついてくる男性陣には、きっぱり拒絶を示すためによく使っているのだが。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

電話の向こうから、碇君の慌てる声がする。
一体どうしたのだろう。

「なに?」

我ながらそっけない物言いだったとは思うが、用件があるならば早く片付けた方がお互いのためだろう。
特に、碇君はセカンドの相手があるだろうし。

「あの、さ」

碇君はよくセカンドと一緒にいる。
まあ、葛城三佐の家に一緒に住んでいるのだから当然と言えば当然なのだけど。
「最近、アスカと渚君がいい雰囲気なの」とヒカリさんからは聞いているが、セカンドが碇君から離れる様子もない。
私には関係ないことのはずだけれど、なぜか胸の奥にチクリ、と鈍い痛みを感じた。

「綾波、今日空いてる?」
「ええ」

碇君の問いに、すぐに返答する。
たしかに今日の予定はない。
用件というのは、そんなに時間がかかるものなのだろうか?

「それじゃあ、10時に駅前で会わない?」
「かまわないわ」

今日は空いているのは事実だが、駅前で待ち合わせということは遠出をすることになるのだろうか。

「よかった」
「それじゃあまたあとで」

電話越しに聞こえる碇君の声には安堵と喜びが読み取れた。
私と用事を片付けられるのが、そんなにうれしいのだろうか。

――トクン
碇君と出かけると考えただけで、なぜか胸が高鳴る自分を発見した。
なぜだろうか?
兎にも角にも待ち合わせ場所に向かうことにした。

「綾波、早かったね」
「碇君も」

時刻はまだ9時30分、待ち合わせには30分以上ある。
その時間に来た私も私だが、それをすでに待っている碇君も碇君だ。
私も碇君も変わり映えのしない制服姿だが、出かける分には別段問題ないだろうと思う。

――トクン
また、胸が高鳴るのが自分でもわかった。
今日は一体どうしたのだろう。
電話越し以上に胸がドキドキして、碇君の顔を直視することができない。

「大丈夫、綾波?」
「問題ないわ」

心配そうにこちらを見つめてくる碇君に、そう答えるしかなかった。
体に不調は無いのだ。
ただ、少しいつもより体温が上昇し、動悸が激しくなっているだけで。

「今日は付き合ってくれてありがとう、それじゃあ少し早いけど出発しようか」

碇君の声に従い、改札を抜ける。
実際、今日は一体どんな用件なのだろう?

ICカードで改札をくぐり、碇君と二人で座席に座る。
碇君は始終ニコニコして楽しそうだが、行先については「ついてからのお楽しみだよ」と言って教えてはくれない。

二人でたわいもない雑談をしつつ、駅に着くのを待つ。
その会話の中で、大きな収穫があった。
セカンドとシックスがこの間から恋人同士になったということだ。
たしかに実にめでたい。

「ほんと、二人とも楽しそうでさ。いつも休日は朝からデートに行ってるみたいなんだ」
「そう」

そう、ということは、休日は碇君一人なのね。
なぜだかそのことを考えると、少し嬉しくなった。
――トクン
まただ、今日は胸が高鳴って仕方がない。
どうしてだろう?

「ここで降りるよ」

碇君と一緒に、改札を抜ける。

「ごめんもうしばらく歩くことになるんだ」
「かまわないわ」

別に、碇君と一緒にいられるのなら、少しと言わず一日中歩いていてもいい。
ふとそう考える自分に気づき驚いた。
何よりそうなれば碇君にとって迷惑でしかないが、そうだったらどんなにいいだろうか。

碇君と一緒に歩くこと30分。
普通に考えればかなり長いはずなのだが、碇君と一緒ならあっという間に過ぎていった。
最後はとても長い石段を上り、着いた先には古い神社が建っていた。

「とりあえず、お参りしない?」
「ええ」

我ながら実にそっけない、普通の女の子のようにもっとかわいい反応ができない物だろうか。
そう考えながら、手を清めようと柄杓を手に持つ。

「綾波、逆だよ?」

左手で柄杓をもつ私を見て、シンジ君は言った。

「僕を見ててね」

シンジ君はそう言うと、右手に柄杓を持ち左手を清め、次は持ちかえて右手、最後に左手で皿を作って口を漱いだ。
これが正しい作法なのだろう。
私もそれを見よう見まねで行う。

「綾波って、口を漱ぐ姿もかわいいね」
「な、なにをいうのよ」

危なかった。
碇君はいきなり何を言い出すのだろう。
驚きで、顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。
――トクン
今度もまた、胸が高鳴って仕方がない。
碇君も自分が何を口走ったかわかったのだろう。
同じく顔を真っ赤にしている。

「と、とにかくお参りしよう」

慌てて促す碇君と一緒に本殿に向かう。
小さな神社だが、それなりに由緒がありそうに見えた。

「それじゃあ、見ててね」

今回は素直に碇君の様子を見て、自分もお参りをする。

“碇君と一緒にいられますように”

何故だかわからないが、頭の中に浮かんだ願いはそれだけだった。

「何を祈ったの?」
「……秘密」
「碇君は?」
「僕も秘密だよ」

そんなやり取りをしながら、境内の裏手に回る。

「あっ」
「これが見せたかったんだ」
「……きれい」

碇君が見せたかったもの、それは立派な桜の木々だった。

「ここはね、隠れた桜の名所なんだって」
「そうなの」
「そして、これが僕からの一つ目の誕生日プレゼント」
「誕生日、プレゼント?」
「そうだよ」
「……初めて」
「えっ、そうなんだ」
「うーん参ったなあ、形のあるものにした方がよかったかなあ」
「ううん構わないわ、とてもうれしいもの」

ほんとに、たぶん一生記憶にのこる誕生日プレゼントだから。
――トクン
もう今日で何度目だろう、胸の高鳴りが、どうしても抑えきれそうにない。


「そろそろお昼にしようか」

そう言って取り出した弁当箱には、卵焼き・豆腐ハンバーグ・ブリの照り焼き、と私のためだろう、肉なしのメニューばかりだった。

「どうかな?」
「おいしい」

心配そうに訊ねる碇君に、私は答えた。

「碇君の料理は、いつもおいしい」

私の言葉がよほどうれしかったのだろうか、碇君は一瞬固まった後、満面の笑みでお礼を言った――ありがとう、と。
――トクン
また、胸が高鳴った。

昼食の後は、二人で桜を眺めながら、取りとめもないことを話した。
いつも以上によくしゃべっているのが自分でもわかる。
決して愛想がいいとはいえない自分に、碇君も良く付き合ってくれるものだ。
そう考えると、胸の奥がまたチクリ、と痛んだ。
今日はわざわざ連れ出してくれたが、自分が碇君の迷惑でしかないのではないか。
そもそも自分と一緒にいて碇君は楽しいのか。
ふと、そんな不安に駆られた。


そうこうしていると、やってきたときは昼間だったというのに、辺りはすっかり暮れて、綺麗な夜空に三日月が輝いていた。

「綾波、夜桜もきれいでしょう?」

これが二つ目の誕生日プレゼント、そういってはにかむ彼に、自分はただただうなずくことしかできなかった。

「そろそろ遅くなるし、帰ろうか」
「ええ」

来た道を戻り、再び電車に揺られて第三新東京市へと戻る。
「今日は遅いし送るよ」という碇君の言葉に甘え、二人で私のマンションへ向かう。
一時間以上かかったはずなのに、その間もずっと話していたため、部屋に着くまであっという間だった。

「碇君、その、今日はありがとう」
「喜んでもらえたらうれしいよ」

そういって微笑む碇君は、やっぱり素敵だった。
――トクン
今度もまた、胸が高鳴った。

「それじゃ――」
「ちょっと待って」

私が部屋に入ろうとすると、急いで彼に引き留められた。

「まだ、あと一つだけプレゼントがあるんだ」

まだ、プレゼントがあるなんて、もうこれだけで十分すぎるくらいもらったのに。

「実は、さ」
「あの神社は、縁結びの神社なんだ、一緒に行った男女は必ず結ばれるっていうね」

碇君、それって……。

「最後のプレゼントはね」

私を見つめながら、碇君はゆっくりと言葉を紡いだ。

――僕の心だよ――
――綾波レイさん、僕と付き合ってください――

碇君の言葉が、私の頭を駆け抜けていった。

「えっ、あっ」

――トクン
顔が紅潮していくのが自分でもわかる。
――トクントクン
胸が高鳴るのを抑えきれない。
――トクントクントクントクン
心臓が早鐘を打つ、というのはこういうことを指すのだろうか。
自分で自分が抑えきれない。

――ギュッ

「碇君」

気が付けば私は碇君を抱きしめていた。

「私も、私も好きです、付き合ってください」

とにかく、衝動に任せて想いのたけをぶつけていた。
もう我慢なんてできなかった。
そんな私を抱きしめ返し、碇君はゆっくりと頭を撫でてくれた。

この日から、私にとって誕生日はとても大切な日になった。

〜〜Fin〜〜


書斎に戻る

トップページに戻る