夕日色の食卓

                                   Written by史燕




大きな莢を開いて、3つの実を取り出す。
その実からさらに薄皮を取り外すと、ようやく可食部分が顔を覗かせる。
空豆という食材は、それくらい面倒な食べ物だ。

「今晩は会議で遅くなるから」

そう言った彼のために、今日の夕食は自分が用意することにした。

「お弁当でも買って食べて」

一緒に食卓を囲めないことを残念そうに苦笑する、そんな彼を驚かせたくて。
しかしながら

「思った以上に、大変」

そう思わず口にしてしまう程度には、思いのほか料理というのは手間がかかるものだった。

「たくさん余ってるんだけど、いる?」

そんな電話を受けて、帰りがけに元上司の加持ミサトから空豆を受け取ったのが悪かったのか。

「かき揚げ、好きなんだよね」

いつだったか彼が言っていた言葉を連鎖的に思い出してしまったのが運の尽きか。

「このくらいなら私でも作れる」

ざっと調べた料理サイトの情報からそう考えた自身の判断が浅はかだったのか。

「指が、痛いの」

ボウルいっぱいの山の半分をようやく剥き終えた段階で少し泣きたくなったけれど、それでもやめるわけにはいかなかった。
それからおよそ30分、残りの空豆をなんとか剥き終え、ようやく次の工程に移ることができる。
玉葱はくし切り、牛蒡はささがき。
碇君がやるほど綺麗に整ってはいないけれど、一緒に揚げてしまえばたぶん気にならない、
……はず、……だと思う。
−−やっぱりダメかもしれない。
ひとまず牛蒡はちゃんと洗って皮を落としたから問題ない。
桜エビを取り出し全部まとめて袋の中へ。
薄力粉を入れて袋の中で馴染ませれば、これで下準備はおしまい。

大きめのボウルに卵を溶かし、水と小麦粉を混ぜて衣を用意。
油を温めて、菜箸から小さな泡が出だしたタイミングで、いよいよ本番。
そこで、はたと気づいてしまった。

「かき揚げ、一回にどのくらい入れるのかしら?」

存外もらった空豆が大きいので、ひとつかみでも結構大きい。
この段階に至ってしまえば、調べる時間さえ取れない。
とりあえず鍋のなかで重ならない程度に3つほど塊を入れて、両面がきつね色になるまで揚げてみる。

「大丈夫、大丈夫」

自分に言い聞かせながら、できあがったひとつをパクり。

「……おいしい」

素材の味をそのままに。だけどそれで十分だった。
一度できてしまえば後は流れ作業。
ひたすらひたすら、かき揚げがお皿の上に並んでいく。
と言っても用意したのは3分の1、残りは彼が帰ってきてから。
だって揚げたてを食べてもらいたいもの。
一通り終わったところで、隣のコンロにたっぷりのお湯の入った鍋を用意して、
そうめんを6束、底にくっつかないようたまに混ぜながらゆであげる。
こちらは所要時間5分ちょっと。
純白のそうめんをざるにあげて、かき揚げと並べれば、立派な夕食の完成。

「碇君が帰ってくるには、まだかなり時間がありそうね」

時計を眺めて、彼の帰りを待つ。
空豆のおかげで肉厚になったかき揚げが桜えびで染められた会心の出来。
味見はしっかり、そもそもめんつゆで食べるそうめんとかき揚げで味付けを失敗する方が難しいのだけど。
くたくたになって帰ってきた愛しい人は、一体どんな反応をしてくれるのだろうか。
だって、彼のためだけに用意したのだ。
この夕日色の食卓を。


書斎に戻る

トップページに戻る