あなたを思えば

                     第二話

                                         Written by史燕




零号機の起動実験失敗の結果、レイは現在搭乗する機体を持っていない。
このため、皮肉にも使徒襲来以前よりも比較的多く空いた時間を持つことが出来た。
したがって、公的にはあくまで日本国籍の中学生でしかないレイは、第3新東京市立第壱中学校へと足を運ばなければならなかった。
同い年であるということで集められた彼らに、レイとしては何ら関心を抱くことはなかった。
同業者である碇シンジがいつの間にか――おそらく自身が退院する前にだと推測されてるが――同じクラスに席を持っていたということが、唯一変わった出来事として認識したくらいだ。
大本営発表で科学的事実とされているセカンドインパクトの発生について、教師が話をしている。
真実と公的記録が異なることをレイは知っているが、人類補完計画や約束の日のことを考えればそれをわざわざ訂正する意義を見いだせない。
興味も関心も抱けない室内ではなく、遠く流れゆく雲に目を向けていた、そのときだった。
「ええーっ?」と、クラス中から声が上がったのは。
何事かと見渡せば、ノートパソコンの画面には碇シンジがエヴァパイロットであると自供した文面が表示されている。
(守秘義務、葛城一尉は教えなかったのかしら)
クラス中からもみくちゃにされるシンジを見やりながら、我関せずと空を見上げた。
そのような状況を座視する担当教諭は、洞木ヒカリの「授業に集中しなさい」という声を無視する青少年たちを他所に、引き続きセカンドインパクト当時の話を続けていた。
質問攻めに遭うシンジを助けるつもりはないようだが、逆を言えば、ここで今起こっている状況を記録に残さないようにする配慮なのかもしれない。
少なくとも、授業は平常通り実施されたのだから。
授業終了のチャイムに合わせて、普段は切りのいいところまで続ける話を「時間ですね」と途端に打ち切ったのがその証左だ。
(もしかして、優秀なのかもしれない)
レイは場違いなことを思った。
「転校生、ちょっと顔貸せや」
男子生徒の一人が、シンジを連れ出した。
鈴原という名前であることは記憶していた。
普段から制服ではなくジャージ姿なことから、流石のレイでも認知してはいたのだ。
ただ、彼らの後を追った理由は、もちろん鈴原トウジではなかったが。
「わいはお前を殴らなあかんのや」
屋上に着くなりそう言った彼の拳が、シンジの頬に吸い込まれた。
ずいぶんと理不尽な話だと思う。
「僕だって、乗りたくて乗っているわけじゃないのに」
シンジの声にレイははっとさせられた。
レイはエヴァに乗る以外に道はない。
そのために生かされてきたようなものだからだ。
だけどシンジはそうではないのだ。
彼には乗らないという選択肢がある。
そんな少女の思索とは無関係に、屋上の少年達にはさらに剣呑な空気が流れていた。
そこでレイの端末が振動を始めた。
非常招集の連絡だ。
屋上への扉を開けて、「碇君」とレイは呼びかけた。
「非常招集。先、行くから」
階段へ向かうために背を向けた彼女に、走り出す足音が続いた。

****

第四使徒との戦いは、鈴原トウジと相田ケンスケという民間人の保護というアクシデントに見舞われたものの、無事に対象を殲滅することが出来た。
エントリープラグを通じて発令所全体に響いた、サードチルドレンの絶叫を聞いて尚「無事に」と評することが出来るのであれば。
(胸が締め付けられるようだった)
機体がなくとも予備として発令所に待機していたレイは、その声を初めて聞いた。
他の面々は第参使徒との戦いでも同様であったため気にもしていなかったが、レイにしてみれば初めて見る実戦だった。
正直に言えば、なぜ民間人を保護したのかも理解できなかった。
撤退命令に背いたことも信じられなかった。
ただし、あの状況下で第四使徒から無事に撤退できたかと考えると、とても自分にはできそうにないとも思った。
あの戦いを見て、使徒との戦いが怖くなったということはない。
しかしながら、じっと発令所にいなければならないというのはもどかしかった。
(私はエヴァに乗ることしかできないのに)
前線に身を投じた少年をうらやましいとは思わない。
ただ、代わってあげれたらいいのにとは思った。
(私には、代わりがいるもの)
そうであれば、仮にシンクロ率が低くとも自分が出撃した方がいいようにさえ思える。
そんなことはもちろん何も知らない葛城ミサトのッ前で口にするわけにはいかない。
それでも、発令所に木霊するシンジの絶叫を耳にする間中、もし自分が出撃できればと考えてしまった。
第四使徒との戦いの後、シンジは学校には来なかった。
命令違反による謹慎かとも考えたが、そのような告知はなかった。
(碇君、どうしたの)
碇シンジがNERVを離れるという話を耳にしたのは、それから2日後だった。

****

「明日、NERVを離れるそうよ」
定期検診に際して話題の一つとして出されたその話に、レイは動揺を隠せないでいた。
「そう、ですか」
尤も、傍目にはそんな様子は微塵も感じられなかったようだが。
「本人はそもそも乗り気ではなかったし、嫌がる人間に任せるのも不安だもの。もうすぐ零号機も修復が完了するから、これからは貴女が使徒と戦うのよ」
「わかりました」
それでいいのだと思う。
そもそも本意ではなかったことくらい、レイに限らず本部の全員がわかっていた。
それでも2回も使徒を殲滅したのだ。褒められこそすれ、後ろ指を指される謂れはなかった。
そしてレイにも、引き留める理由はなかった。
(これでいい。これでいいはずなのに、どうして)
初号機にはレイも乗れる。
もうすぐ零号機も修理が終わる。
元々レイだけで戦う予定だった。
そんなことはわかりきっているのに。
帰路をゆく道中、なぜかシンジのことが頭から離れなかった。

翌朝、NERVの廊下で「そう、また乗ることにしたの」と素っ気ないながらも自分から声を掛けたレイに、シンジも周囲も目を丸くしていた。




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