再び巡る時の中で

                        「侵蝕」

                                         Written by史燕





例の如く何の予兆もなく突如第3新東京市直上に現れた第16使徒。
円形の姿を保ったまま静止したその姿は、これまでの使徒の経緯も相まって却って不気味に感じられた。

「使徒の様子は?」

使徒を肉眼で確認した後、発令所にやってきたミサトは状況の把握に努めていた。

「ミサト、パターンはオレンジよ。使徒と決まったわけではないわ」
「そんなのどうだっていいわ。あれが使徒以外のなんなのよ」
「ま、そうとしか考えられないわよね」
「少なくとも、あれが使徒ないしそれに類する何かであると仮定して動くわ」

エヴァ全機発進。
それはすでに規定事項だった。

(さて、コイツも厄介なんだよなあ)

シンジは初号機の中で思考を巡らせていた。
アクションを起こせば最後、間違いなく使徒は侵蝕を図ってくる。
プログレッシブナイフがようやく通用した相手だ。
それ以前に殲滅することは不可能に近い。

(綾波、また自爆するのかな)

先ほどはそれすらも視野に入れていたが、いざその場に立ってみるととても許容できそうになかった。

(一つになりたい、か。使徒も誰かと触れ合いたいのかな)

淋しいというココロ。
それを感じさせた第16使徒。
その気持ちは、あの紅い世界での孤独を知ったシンジには共感できた。

(だからこそ、ここで譲るわけにはいかないんだけど)

パレットライフルを持ち、地上へと射出される。
使徒は射程圏内だ。

「シンジ君、レイ、アスカ。どんな反応をするかわからないわ。気を付けて」

ミサトから指示が飛ぶ。

「攻撃開始よ」

三機が揃ってパレットライフルを斉射する。
もちろん効果はない。
ミサトやシンジにしてもそんなことは織り込み済みで、使徒のリアクションを探る一手だ。

「使徒の行動パターンに変化」
「目標、零号機に向かっていきます」
「レイ!!」

予想通り、使徒に変化はあった。
シンジにとっては、前回も見た光景だ。

(やっぱり綾波の方へ)

それに合わせて、シンジは初号機を駆った。

「使徒、零号機と物理的接触」
「……ぐぅっ」
「A.T.フィールドはあるのに……」
「零号機、使徒に侵蝕されていきます!!」
「何ですって!?」

予想外の使徒のアプローチに、発令所は騒然となった。

(失敗したわ。まさか直接エヴァの中に侵蝕してくるなんて)

ミサトにとっては大きな誤算だった。
A.T.フィールドを過信していたつもりはなかったが、まさか何も抵抗できずに零号機が使徒に攻撃され、あまつさえ侵蝕までされるとは思わなかったのだ。

「使徒が、積極的にエヴァと、人類と一時的接触を試みているの……?」
「レイの様子は!?」
「零号機の生体部品との融合が始まっています!」

使徒は、前回と同じく零号機の中へと侵蝕を行っていた。

「アスカは?」
「ライフルで攻撃を続けていますが、まるで効果がありません」
「ミサト、ダメ。牽制にもならないわ」
「そう、他の武器を出すからそのまま使徒への応戦を続けて」

アスカはミサトの指示に従い、ライフル以外にもデュアルソーやソニックグレイブで攻撃を続ける。

「あやなみっ!!」

一方シンジは、零号機のもとへ駆けつけていた。
ライフルは放棄し右手にナイフだけを装備している。

「ゴメン、あやなみ」
「……ああっ」

シンジはそのまま、躊躇することなく零号機の腹部へと斬りつけた。

「シンジ君!?」

先日のこともあり、気でも狂ったのかとNERVの面々は思った。
しかし、シンジはいたって正気だ。

「初号機、零号機の使徒との侵蝕部を排除しています」
「なんてことなの……」

レイの悲鳴が回線に響くなか、初号機は何度もナイフを振り下ろす。

「これでっっ」

最後にシンジは零号機の腹部装甲を無理やり引きはがすと、零号機を蹴り飛ばし、使徒との間に初号機を滑り込ませた。
零号機はその場から動くのも難しいようだ。

(さあ、来るならこっちだ)

使徒は再度零号機に接触しようとするが、初号機の左手に阻まれる。

「今度は初号機です。左腕部の5%が融合されました」

使徒としてはどちらでも構わないのか、ターゲットを初号機に変更し、侵蝕を進める。

「回収班、急いで」

レイはこの隙にそのまま戦線を離脱できそうだ。

(そうだ、それでいい。綾波はこれで……)

「初号機、シンクロ率100%を突破しました」
「この状況で、それだけのシンクロをやったら……」
「間違いなくシンジ君は、自分の左手にも異物が侵入しているように感じているでしょうね」

「アスカそっちは?」
「やっぱりダメよ」
「初号機のナイフは効果あったのに」
「アタシもナイフに換えるわ。他じゃ文字通り刃が立たないもの」

そう言って、アスカがナイフで斬りつけようとしたときだ。

「初号機の侵蝕、一気に進んでいきます!!」
「なんですって」
「このままじゃ、初号機も零号機の二の舞だわ」
「使徒、初号機の左腕部に90%以上同化」
「くっ、ぐうっ」
「シンジ君!!」

シンジの悲痛な叫び声が聞こえる。
しかし、零号機は戦線を離脱し、弐号機の攻撃範囲からもずいぶんと離れている。
NERVの面々には戦況を見守るほかなかった。

「使徒の侵蝕、進んでいきます」
「不味いわね。これ以上進めば、心臓部に達するわよ」
「……父さん」
「どうした、シンジ!?」

作戦行動中、滅多に発言しないゲンドウが、普段からは想像できない勢いで息子の声に飛びついた。

「ぐっ、これからやること、止めないでね」
「シンジ、いったい何をするつもりだ」

(ごめんね、父さん。でも、やっと捕まえたんだ)

ゲンドウの声を無視し、シンジは初号機の左肩にナイフを突き立てた。

「くっ、ぐっ、ぐうっ」

シンジのくぐもった声が、発令所に響く。

「シンジっ、あんた何やってるのよ」
「来るな!!」

初号機の方に向かおうとする弐号機を、シンジが声で静止した。
そのままシンジは初号機の左腕を斬り落とすと、そのまま、地上に落ちた左腕ごと使徒にナイフを突き刺した。

「これで、終わりだ」

鬼気迫る剣幕とともに、これでもかというほど執拗にナイフを突き立てる。

5回、10回、これ以上は数えるのも億劫なほど、何度も何度もナイフを振り下ろす。
使徒は当然その場から逃げようとするが。

「どこにも行かせないよ」

この場を脱しようとする使徒の動きに合わせて、その頭を叩くようにナイフを振り下ろす。
何度も何度も試みた結果、そのすべてを初号機に阻まれる。
とうとう、使徒は逃げ出すことさえあきらめたかのように、じっと動かなくなった。

こうして、永遠に続くかと思われた惨劇が始まってしばらくして……。

「使徒、活動を停止」
「パターン青、消滅しました」

シンジの長い長い第16使徒戦が、終わりを迎えた。





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