再び巡る時の中で

                         「やり直すということ」

                                         Written by史燕





第15使徒を殲滅した後、シンジはエントリープラグから搬出されて一時間経過する頃には目を覚ましていた。
それまでとは少しばかり変わってしまったが。

最初に変化と直面したのはレイである。
シンジの意識が回復したと聞いた彼女は先日のように病室へと向かった。
そこでシンジと対面した時のことだ。

「……碇君」
「ひぃっ」

シンジがレイを反射的に避けたのだ。

「……碇君?」
「ご、ごめん綾波。ちょっと調子が悪くて」

そう言う間も、シンジは極力レイと目を合わせないようにしていた。



次にシンジと接触したのはアスカだ。

「アンタ、聞いたわよ。レイが折角アンタのためにやってきてあげたのに。そもそもアンタを助けたのもレイなのよ」

レイから事情を聴いて、シンジを詰問するために来たのだ。

「……ごめん、アスカ」
「謝るならレイにしなさいよ」
「……ごめん」
「ああっ、もうっ、張り合いがないわね」
「……ごめん」

何を言ってもまともな反応を返さないシンジにアスカは苛立ちを募らせた。

「あらぁ、無敵のシンジ様も謝る時には能がないっての?」

あまりの反応の薄さに挑発してみるが。

「……ごめん」
「あー、もう知らないわ」

とうとう付き合いきれなくなったようだ。
アスカは苛立ちを隠そうともせず、乱暴に病室を後にした。

「……ごめん」

そんなアスカに対してシンジが口にしたのは、やはり短い謝罪だけだった。

シンジ不調の知らせは、NERV首脳部の間にすぐに伝わった。

「リツコ、どう思う?」
「一番の理由は、使徒の精神汚染ね。それが大きな負担として今もシンジ君の中で尾を引いているのよ」
「やっぱり?」
「ええ」
「シンジ君がああだと、レイもアスカも調子が悪くなるのが痛いわ」
「そんなこと言われても、チルドレンの指導も貴方の仕事よ。作戦部長さん」
「そうは言ってもねえ」

ミサトもリツコもこの状況を改善したくとも有効な策などあるはずもなかった。

「碇」
「なんだ」
「たまには父親らしく面倒を見たらどうだ」

冬月はゲンドウに事態の改善のため動くことを促すが。

「……冬月先生」
「なんだ。この件はいつものように投げられても何もできんぞ」
「今更、父親面なんてできる訳ないでしょう」
「………」

ゲンドウな苦しそうな表情に、冬月はかける言葉が見つからなかった。

結果シンジ自身の希望もあり、しばらくの間はこれまでと異なり本当の意味での面会謝絶となった。
これは、これまでの負担を鑑みて、シンジだけでなく他のチルドレンにもきちんと休息を取らせようという上層部の判断でもあった。



「わかってるんだ、本当は」
「綾波は“あの”綾波じゃなくて、二人目でも三人目でもないんだってこと」
「アスカは元気だけど、前回のアスカを救ったことにはならないってこと」
「トウジの代わりに参号機に乗ったことだって、何の贖罪にもならないってこと」
「この世界で、“また”カヲル君を殺さなきゃいけないってこと」

使徒の攻撃によって、蓋をしていた不安が、悲しみがどっとシンジの中で溢れ出していた。

「何が正しいんだろうね、母さん」

問いかける先の人物は、とうの昔にこの世にはいない。

「それでも僕は、エヴァに乗り続けなきゃならないんだ」
「たとえたった一人になっても、この世界を紅い世界にしないために」
「そのためなら、また君を殺すよ。カヲル君」
「そのためなら、僕はまた君が死ぬのをを見なきゃいけないのかな。綾波」
「父さん、前回とは違う父さん」
「僕はもう、父さんの背を追いかけないよ」
「たった一人でも、自分の足で立ってみせるさ」

そんなシンジの休息は、非常事態を告げる警報音によって終わりが告げられるのだった。





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