再び巡る時の中で

                        「トモに哀歌を」

                                         Written by史燕





NERV首脳部の話題の中心であるカヲルは、その後も実験と検査を受けた後、NERVから与えられた自室へ向かっていた。
メインゲートへ向かう通路の途中でのことだ。

「君は……」
「やあ、君がフォースチルドレンだね」

サードチルドレン=碇シンジと遭遇していた。

「へえ、僕のことを知ってるんだ」
「うん、話は聞いていたから」

シンジはカヲルにどこか懐かしさを覚えていた。
前回と同じように、いや前回以上に友好的に接していた。
思い出をそのままなぞるように、以前と全く変わらぬ友の姿が素直にうれしかった。
カヲルとしても、それ自体は嫌な気がしない。
その日はそのまま、一緒に街を歩き、一緒に引っ越しを手伝い、一緒に語り合った。
何でもないことだが、ただただシンジにはそれがうれしかったのだ。

(やっと逢えたね、カヲル君)

シンジの心中は、誰にも分らなかった。
その後も数日の間、甲斐甲斐しいまでにシンジはカヲルの世話を焼いた。

「初めて同性のチルドレンができたんですよ」

そう、本当にうれしそうに語るシンジの姿は、最近の苦戦や負担に心を痛めていた大人たちには好意的に受け入れられていた。
近頃はどこか張り詰めたような部分があったシンジが純粋にうれしそうだということが、何よりも安心させたのだ。
カヲル自身も、シンジを通じて段々と周囲と打ち解け、NERVの一員として受け入れられていった。



そんな日々が続いたある日、誰もが寝静まった深夜にカヲルはエヴァのケージで一人立っていた。
並ぶ三体の巨人の中でカヲルは赤い巨人の目の前に立っていた。

「こんばんは、カヲル君」
「やあシンジ君、いい月夜にこんな場所でどうしたんだい?」
「カヲル君なら、そろそろここに来るんじゃないかと思って」
「そうかい」
「どうしても、辞めてくれないの?」
「ああ。ここでの日々は楽しかったけど、もう行かなきゃいけないんだ」
「そう、僕も楽しかったよ」

それ以上は互いに言葉を発さず、しばらく静寂が二人を包み込んだ後に、シンジは初号機へと向かった。
それを見届けて、カヲルは一歩、また一歩とゆっくり弐号機のもとへ歩を進める。

「じゃあ行こうか、リリンの下僕。シンジ君」

その次の瞬間NERV本部内に非常警報が鳴り響いた。



「エヴァ弐号機、起動しています」
「アスカ? それともフォース」
「いえ、誰も乗っていません」

その報告に続き、初号機起動の報も入る。

「今度も無人なの?」
「いえ、シンジ君が搭乗しています」

そのタイミングで初号機から通信が繋がる。

「シンジ君、どうしたの?」
「………使徒です」
「使徒?」
「まさか、弐号機は乗っ取られたの!?」
「ええ、肉眼で確認しました。僕が、殲滅します」

そう言った瞬間、発令所にパターン青の反応が検知される。

「場所は?」
「セントラルドグマ内、弐号機と一緒に下降していきます」
「シンジ君、お願い。今はあなたしか対処できないわ」
「ええ、初めからそのつもりです」

(初めから、ね)

そう心の中で呟くシンジの顔は、苦悶の表情で歪んでいた。

「やあ、シンジ君。さっきぶりだね」

そう穏やかに語るカヲルに反して、弐号機と初号機の戦いは熾烈を極めた。

お互いのナイフが鍔迫り合いを行い、火花を散らす。
反対の手は押し合い圧し合い、相手を下そうとする。

「カヲル君。僕は、君と一緒に」
「シンジ君、残念ながら生き残るのは片方だけなんだよ」
「同じ、ヒトじゃないか」

二機のA.T.フィールドは相互に干渉し、まるで役に立たない。
その状況下で、まるで無風の野にあるかのように顔色一つ変えないカヲルの姿は、まさしく人外そのものだ。

「同じというけど、シンジ君。命の実と知恵の実、そのどちらを選ぶかで大きく違ってしまったんだよ。僕たちと、君たちとは」
「それがどうしたって言うんだよ」
「いいや、ただの事実さ。覆しようのない、ね」

カヲルはそう言うと、争う両機を尻目に最下層を歩く。

「ちくしょう、邪魔しないでくれっ」

カヲルが離れ制御の緩んだ弐号機を下し、シンジはカヲルの後を追う。

「おや、思ったより早かったね」
「……カヲル君」
「やはりここにアダムはいないか」
「わかっていたのならなぜっ」
「はははっ」

カヲルは初号機の方に向かうと、それまでの作ったような笑い方ではなく、心の底から楽しそうに笑い声をあげた。

「だって、ここでなら君と本当の意味でゆっくりと話せるじゃないか。また・・僕を殺してもらう前にね。碇シンジ君・・・・・
「カヲル君、君は……」
「勘違いしないで。僕にとって生と死は等価値なんだ。それは今も昔も変わらないよ」
「でも、僕は二度君を殺すんだ。君とよく似た誰かじゃなく、君自身を」
「それが僕の望みなんだよ。それをわかっているから、君はここまで素直に追ってきてくれたんだろう?」
「それはそうだけど」

決めた覚悟が揺らぎそうだった。
会えば会うほど、話せば話すほど重なる面影に、彼はあの“彼”とは違うんだと、心に刻みつけながらここまでやってきたのに……。

「碇シンジ君」
「君の心はガラスのように繊細だね。好意に値するよ」
「今も、僕のために涙を流してくれる」
「……カヲル君」
「君が殺してくれないなら、僕は自分で死ぬしかない。でも、それはできれば避けたいんだよね」
「………」
「さあ、君の手で殺してくれないか」
「カヲル君」
「なんだい、シンジ君」
「君は、いつも残酷なことを僕に押し付けるんだね」
「軽蔑したかい?」
「…………いいや」
「やっぱり、優しいんだね、シンジ君は。君に会えてよかったよ。この運命の呪縛から安らかな気持ちで解き放たれることができる」
「カヲル君、僕も君に会えてよかったよ」
「シンジ君、それじゃあ」
「カヲル君、さようなら」
「ああ、さようなら」

そしてシンジは再び親友を…………手にかけた。



帰還した碇シンジを見たものは、誰もが言葉を失ったという。
ベンチに座ったまま、涙でぐしゃぐしゃなりながら、ひたすら歓喜の歌を口ずさんでいたのだから。

「……碇君」

周囲から押されて、レイが恐る恐るシンジに声をかけた。

「何? 綾波」

それまでの様子からは想像できないほどに、驚くほど朗らかにシンジは返事をした。

「……どうして歌っているの?」
「ああ、ごめんね。うるさかった?」
「……いえ、それは問題ないのだけど」

「その様子が今にも消えてしまいそうで不安だった」とは、とてもレイには口に出せなかった。
ただ、そっとシンジの手の上に、自分の両手を重ねた。

――思い出の曲なんだ――

誰との、とは言わない。
なぜ、とも問わない。

レイにできたことは、そのままシンジが歌い終えるまで、ずっと手を握り続けることだけだった。





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