再び巡る時の中で
「A−801」
Written by史燕
「どうして殺したのよ」
使徒戦の翌日、シンジはアスカに詰め寄られていた。
それに対してシンジの返答は短く
「使徒だったから」
これだけである。
つい先日知り合った少年。
シンジとも親密になっていた少年。
そして、使徒であった少年。
彼をシンジは殺したのだ。
それはまごうことなき事実だった。
「アスカ、シンジ君は命令に従ったのよ」
「でもっ」
「デモもストもないわ。使徒殲滅はNERVの使命よ」
ミサトはそう言ってシンジを庇う。
「いいんですよ、ミサトさん。たしかに僕は、ヒトを、カヲル君を殺したんですから」
シンジはそう言って力なく笑った。
「もうっ、わかったわよ」
そう言って、アスカはブリーフィングルームを後にした。
アスカもわかってはいたのだ、不可抗力だったのだと。
それでも、共に過ごしたチルドレンである渚カヲルを、同じチルドレンのシンジが殺したという事実は受け入れがたかったのだ。
「嫌われちゃったかな」
アスカを見送ってから、シンジはぽつりと呟いた。
シンジは理解していたのだ。
このNERVでの生活があと少しで終焉を迎えるということを。
それは、ゼーレの陰謀だけでなく、今まで無理に無理を重ねて弄ってきたこのNERV本部での自分の立場も問題だった。
狂気に彩られた戦闘に、初号機の他のエヴァと異なる大きすぎる力、何より敵とはいえ友人を殺したのだ。
これらを見る一般職員の目が恐怖に染まっているのを、シンジはこの上なく理解していた。
何より、自分自身の身体もそろそろ限界を迎えていた。
先ほどのアスカの態度はまだ親しいが故の甘えが混じったものなのだ。
親しいものに恐怖した。しかし、相手は変わっていない。理由もなく自分を傷つけたりしない。それを理解しているからこそ、その行為を糾弾することもできる。
ある意味それは、まだ自分の居場所があるのだということを、一番シンジに実感させてくれたのだった。
「葛城さん、緊急事態です」
ブリーフィングルームで、日向マコトの声が通信機越しに木霊した。
「一体どうしたの? パターン青は出てないわよ」
「状況はもっと不味いです。A−801が発令されました」
「何ですって」
ミサトは、幹部級職員が集まっている発令所へと足を走らせた。
「A−801」
これはNERV本部の法的保護の一切を破棄し、指揮権等を日本国政府に委譲するというものである。これに反抗する場合、武力を含むありとあらゆる手段で日本政府はNERV本部を接収できる。
(とうとう始まったのか)
シンジは前回のことを思い返した。
――NERVに侵入する戦自の兵士
――鳴り響く銃声、立ち込める硝煙の臭い
――食い荒らされる弐号機
――復活する量産機
そして、巨大なアヤナミレイ
(今度こそ、絶対に)
あんな結末を迎えたりしないと、シンジは心に誓うのだった。
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