再び巡る時の中で

                     「人の造りし福音E V A N G E L I O N

                                         Written by史燕





一瞬の光と共に、NERV本部に衝撃が走る。
直接本部を攻撃する初撃は、前回同様N2爆雷によるものだった。

N2による衝撃が収まった後、ジオフロントの直上は完全に崩壊し、地上と大きな穴でつながっていた。
そのジオフロントにさらに上空から降下してくる白い巨体があった。
エヴァンゲリオン第伍号機から拾参号機。
ゼーレが開発した全てのエヴァンゲリオンである。
量産機と総称されるソレは、大きな威圧感をもってジオフロントに降り立った。

「エヴァ全機発進」

NERVの方も三機のエヴァを発進させて迎撃を行う。
数の不利は承知の上だが、他に対抗できる手段も無いのだ。

そんな彼らのもとにまたしても通信回線が開かれる。
応答した発令所の画面に姿を曝したのはキール・ローレンツ。
ゼーレの代表者である。

「こんにちは、NERVの諸君。我々はゼーレ、人類の進化を進め、神の座へと至るものだ」
「もっとも今は、忌々しきタブリスの体を使っているがな」

キールがそう言うと、画面の中でバイザーや衣服を剥ぎ取り、生身の姿を見せる。
露わにしたその姿は、銀髪に赤い瞳、14歳程度の少年に見える。
すなわち第17使徒タブリス――渚カヲルと同じものだった。

「なんてことなの」
「嘘よ」
「……まさか、フォース」
「そんな……カヲル君」

キール以外にも八つの画面にそれぞれの量産機のエントリープラグが映される。
それは全て、渚カヲルの姿をしたゼーレのメンバーたちであった。

「そんな……、ダミーシステムの開発は破棄されたはず」
「違うよ、りっちゃん。あれはダミーなんかじゃない」

リツコのつぶやきに、より自体の全貌を把握している加持が答える。

「ゼーレめ、己の魂をフォースの器へと移したのか」
「構わん、シンジ。あれはフォースではない、ただ、己の妄執に駆られた咎人たちだ」

冬月とゲンドウは、揃いも揃ってなりふり構わないこのような暴挙に出たゼーレに驚きではなく失望を覚えていた。世界を牛耳る組織の長たちが「とうとうそこまで堕ちきったのか」と。

「……そうだ。カヲル君は、カヲル君はもうっ、死んだんだっ」

当初は突然の旧友の姿を目の当たりにして動けないでいたシンジだったが、マゴロク・E・ソードを片手に目の前の量産機に肉薄する。

「行くわよ、レイ。あの悪趣味な連中に落とし前をつけさせてやるんだから」
「……ええ。碇君を哀しませたこと、絶対に許さないわ」

それから遅れて、スナイパーライフルを持つレイとソニックグレイブを手にしたアスカもシンジに追随した。

「それではNERV諸君、始めるとするかね。最終ラウンドを」

キールの宣言に合わせたわけではないが、その直後に初号機の一刀が一機の量産機を切り裂いた。
シンジの攻撃は確かに量産機に届いた。
しかし、前回同様S2期間を内蔵した量産機はしばらくすると回復し、戦線に復帰してしまう。

(なにか、なにかいい手はないのか)

このままでは前回と同じ流れになる。
シンジに焦燥が募った。

「シンジ君、足元っ!!」

ミサトの注意が飛ぶ。
焦りが一瞬のスキを生み、シンジは回復途中の量産機に右足を捕らえられてしまったのだ。

(しまった)

そう思っても、目の前の敵を防ぐので手いっぱいだ。
足元の量産機はこれからすぐに稼働するはけではないが、動きを制限された状態ではこの場を切り抜けることもできない。
万事休したかと思ったその時。

「碇君!!」

一筋の閃光が、足元の量産機をコアもろとも吹き飛ばした。

「あやなみ」

シンジは狙撃手であるレイに声をかける。

「……碇君は、私が守るもの」

そう言ったレイは、そのままライフルでの応射を再開した。
シンジは窮地を脱するとともに、先ほどの量産機が再生する様子がないことに気づく。
見れば、コアが粉々に砕け、エントリープラグは大破して黒煙を上げていた。

「アスカ、綾波っ。コアかエントリープラグを狙うんだ」

「そうか、再生すると言っても元はエヴァ」
「シンジ君もよく気が付いたわね」

発令所でもシンジの意図が理解された。

「アスカ、レイ、シンジ君の言った通りにお願い」
「わかったわ。要するにこいつら、結局使徒と同じじゃない」
「……電源はないけど、エントリープラグを破壊すれば制御できない」

こうして、シンジたちの活躍もあって一つ、また一つと量産機は活動を停止していく。
とうとう残すはキールの乗った一機だけとなるが、迫り来る三機の攻撃をものともせず、少しずつこちらに手傷を負わせていく。

「ちょこまかと、すばしこいわね」
「……往生際の悪い」

キールとしても必死だ。
これまで長い年月と巨額の予算をかけてたどり着いた計画が、土壇場になってここまで破綻するなど予想だにできなかったのだ。

「なぜだ、なぜ儀式は起こらぬ。計画ならば、もう約束のときは来たはずだ」
――それはね、僕がそれを望まないからさ――

「だっ、誰だ!?」

回線すらつながっていない状況で、突如聞こえた何者かの声にキールは警戒心を露わにした。

――アダム、いや、渚カヲルと名乗ろうか――
「ぐっ、か、らだが、うご、かない、だと」
――当たり前じゃないか、それは本来僕の体なんだから――
「なにっ、うぐっ、わあああああ」

突如、キールの絶叫があたり一面に響いた。
それは、まるで断末魔の叫びのように聞こえた。
と、同時に、突然最後の量産機は動きを止めた。

「強力なATフィールドの発生を確認、音声・映像、ともにモニターできません」
「何ですって」



事態を把握できない発令所をよそに、戦場では奇妙な邂逅が行われていた。

「やあシンジ君、また会えたね」
「カヲル君、カヲル君なんだね!! よかった」

シンジは声の主が自身が手にかけた友人であることに気づくと手放しで再会の喜びを示した。

「フフッ、僕も君たちにまた会えてうれしいよ」
「カヲルっ、アンタいったいどうして……」

アスカも事態を飲み込むと、カヲルに声をかけた。

「どうしてって言われてもねえ、しいて言えば、それが運命だから、かな」
「運命?」
「そう、運命さ。ここにアダムの魂たる僕がいるのはね」
「わかっているんだろ、僕たちがここで出会う定めなのを。ねえ、リリス」

そう言ってカヲルは先ほどから沈黙を保っているレイへと水を向けた。

「……ええ、たしかに、私にはリリスの魂が宿っているわ。でも、私はリリスではなく、綾波レイよ。アダム――いえ、渚カヲル」
「そう、その通りさリリス、いや綾波レイ」
「どういうこと、カヲル君?」

シンジにとっては既知のこととはいえ、それをここでわざわざ確認する意図がシンジには理解できなかった。

「本来、この場にアダムとリリスが揃い、人類である第18使徒リリンの中で依代を作ることでサードインパクトが起こるはずだったんだ。それが、この体を使っていたキール議長の、そしてゼーレの真の目的」
(そう、そして、サードインパクトが起こった先の世界が、あの紅い世界)

この計画の目的については、シンジも理解している。

「でも、ここにいるのはアダムとリリスではない。確かにその魂は宿しているけど、私は“綾波レイ”であり、彼は“渚カヲル”なの」
「結局、どういうことなのよ?」

アスカはあまりにも急な話の展開についていくのがやっとだ。

「なに、簡単なことだよ。サードインパクトは起こらず、君たちは平穏を手に入れたんだ。文字通りハッピーエンドさ」

そう宣言するように言うと、カヲルはひと呼吸おいた。 そしてゆっくりとモニター越しにシンジを見つめると、愛おしそうに、そして淋しそうに微笑みながら、再び口を開いた。

「最後の仕上げを残してね」
「カヲル君、まさかっ!!」

シンジはカヲルの意図に気づき、途端に声を上げる。

「フフッ、シンジ君にはわかってしまったようだね」
「どういうこと」
「………」

アスカはまだ理解していないようだが、レイはシンジの態度からカヲルのしようとしていることを察したようだった。

「アスカ、君と過ごせた日々は、短かったけどとても楽しかったよ」
「あんた、いきなり何言ってんのよ」
「綾波レイ、幸せになるんだよ。僕の分も、ね」
「……わかった、わ」

カヲルは二人の少女に、言葉を伝えると、最後に残った親友に視線を向けて大きく息を吸った。

「シンジ君」
「なに、カヲル君?」
「これは前にも言ったけど、僕は、君に出会えてよかった、心からそう思うよ」
「僕も前にも言ったけど、カヲル君に出会えて、ほんとうによかった」
「シンジ君、僕は、君といい友人になれたかな?」
「うん、かけがえのない親友だよ、カヲル君」
「そう、か」

カヲルは、何かを噛みしめるようにゆっくりと目を閉じると、しばらく瞑目した。
そして、パッと、目を見開くと、どこか吹っ切れたような顔をして、言った。

「それじゃ、さようならだね。シンジ君」
「うん、さようなら。カヲル君」

カヲルは、別れの言葉を告げると、高らかに宣言するようにして言葉を発した。

「さて、お別れの時だ。約束の時は過ぎ去り、偽りの福音はその役目を終えた」
「さあ、エヴァシリーズよ、僕と共に逝こう」

カヲルがそう告げた瞬間、辺りは閃光に包まれた。


カヲルは自身の乗るエヴァを含めた、残存する量産機の自爆シークエンスを一斉に起動したらしい。
弐号機を遠隔で操れたのだから、そのくらいできたとしても不思議ではない。

これで、シンジたちの長く激しい戦いは終結を迎えたのだった。



その後、役目を終えたエヴァは封印され、NERVはそれまでの研究の蓄積を引き継ぎ、研究機関として存続した。
当初の約束通り、日本政府に優先的に技術提供をする代わりに、人類補完委員会亡き後の後ろ盾になってもらっている。
チルドレン三人は、そのままNERVの協力者として、月に一度実験に協力している以外は、普通の学生生活を送っている。

「全て終わったんだね、何もかも」
「……ええ」
「僕がやってきたことは、これでよかったのかな?」

結局、あの紅い世界を回避するという目的は達成されたが、世界が以前より良くなったというわけでもない。
直接シンクロの負荷が祟って、今ではシンジの方がレイよりも病院に通い詰めの状況だ。

「……わからないわ」
「そうだよね」
「……でも」

レイがその先を言いよどむ。

「どうしたの? 綾波」

黙り込んでしまった少女をシンジは訝し気に見つめる。
長い長い沈黙を経て、少女はゆっくりと呼吸を整えるとその言葉を形にした。


――私は今、幸せだから――


〜〜Fin〜〜




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