ふたりで、寄り添って

                     「初めての再会」

                                         Written by史燕




――僕はその日、運命と出会ったんだ。

「きみは、いったい?」
「……綾波レイ」
「えっ……」
「私の名前は、綾波レイ」

僕の名前は碇シンジ。

明城学院附属高校に通っているごく普通の高校一年生。
少し変わっているとすれば、この春に入学してから東京都内で一人暮らしを始めたことかな。
幼いころに両親が交通事故で死んでから、叔父叔母夫婦の家に居候していたけど、これ以上厄介になるのも嫌になって、高校生からは心機一転して上京してきたというわけだ。
あまり、居心地のいい家ではなかったから。
幸いにして、両親不在と成績の兼ね合いから、学費は一切免除。
交通事故遺族に対する年金もあって、裕福とは言わないけども、一人暮らしに金銭的に問題はない形にはなっている。
また、東京には両親と交友が深かった人たちが何人もいて、書類上の後見人になってくれているから、大きな不自由もなく過ごしている。
炊事洗濯が思ったより厄介だけど、1週間もすれば慣れた。
それももう、半年ともなれば、もはや自然と体に染みついていた。
そして、明日からは冬休み期間に入る。
僕には、冬休みにはどうしても一度行ってみたかった場所があった。

「碇、ほんとに箱根まで一人で行くのか?」

そう言ってくるのは同じクラスの相田ケンスケ。
上京してから仲良くなった友人と言える間柄で、ミリタリーオタクの話に頑張って付き合うことがある以外は基本的にいいやつだ。

「うん。だって、ケンスケが急に来れなくなってたのは仕方ないとしても、もうキャンセルできないし」
夏休みは結局模試や合宿、補修があってタイミングをなくし、ようやくつかんだ折角の機会。
仮に寂しい一人旅に変わったとしても、僕には是が非でも行かなければならないと思っていた。
「それは悪いと思うけどさ」
「親の関係なら仕方ないよ。ま、二人部屋を広々と使わせてもらうだけさ」
「そうか、じゃあ気をつけてな」
「うん、お土産はさすがに、期待しないでね」
「わかってるよ」

上京する新幹線の中で、どうしても気になった十字状の遺物。
未だに、誰が、何のために使ったのか解明されていない。
別に立ち入り禁止になっているわけではないが、箱根の山の方にあるためアクセスが悪く、あまり人気のないスポットだ。
何か面白いものがあるわけでもなく、オカルト雑誌が「宇宙人の痕跡だ」なんて、あることないこと書き連ねるネタにしているのが現状だ。
だけど、僕はどうしてもそこに行かなきゃいけない。
そんな気がするのだ。
ほんとはケンスケと二人旅の予定だったけど、親の仕事の手伝いが必要とのことで、ケンスケは付いてこれなくなってしまった。
宿の代金が惜しいけど、しょうがない。

翌朝、僕は意気揚々と箱根に向かう電車に飛び乗った。
少し遠出となるから、一泊するとはいえ朝の6時には出発した。
仮に何もなかったとしても、箱根の温泉を巡るだけでも楽しいだろうから。

電車とバスを乗り継いで、時刻はもう11時前。
僕は、いよいよ目的の十字上の遺物のもとへとやってきた。
何度も写真で見ているので、新しい発見はないけども、高層ビルと変わらないと思われるほどの高さを見ると、やっぱり実際に見てみないとわからない感動というものがあった。
特に柵なども無いので、記念に真下まで行って写真撮影を行い、ペタペタと遺物に手を触れてみることにした。

すると、突然遺物が白く輝きだした。
光の中心は十字にクロスしている真ん中の部分だ。
何が起こっているのか見当もつかなかったが、せめてよく観察しようと視線を集中させた、その時だった。
碧いなにかが、僕を目掛けて降ってきた。
文字通り、上から降ってきたのだ。

「えっ、えっ、うわぁあ」

思わず僕は、反射的に、そのなにかを受け止めようと両手を大きく広げた。
ゴツン、という鈍い音共に、僕はそれに押し倒された。
思った以上に衝撃は軽かったが、勢いを殺しきれずに尻もちをついてしまう。

「アイタタタタ」

痛みをこらえながら目を開けると僕が受け止めたのは、女の子だった。
それも、特徴的な碧い髪をした14・5歳前後の子で、中学か高校の青い制服を身に着けている。
なにより、真っ赤な瞳の色は、ひどく鋭く、そして、なんだか懐かしいような印象を抱かせた。
むにゅり、と僕の掴んだ右手が、何かやわらかいものを触った。

「……手」
「え?」
「……手を、放してほしいの」

そう言った彼女の視線の先では、僕の右手が、彼女の左胸を強くつかんでいた。反対側の左手は、大きく彼女の背中に回っていて、横抱きに抱きしめながら後ろに倒れたことが分かった。
まだ鈍く痛む後頭部に意識を割かれていたが、だんだん状況を把握していくにつれて、とんでもない状況に陥っていることが理解できた。

「ごっ、ごめん」

僕は慌てて彼女を放すと、その場から逃げるように3歩ほど後ずさった。

「わ、わざとじゃないんだ。ただ、その、うっ、受け止めようとして」
「……何を気にしているの?」

僕のしどろもどろな弁明を気にした風もなく、彼女はその場から立ち上がると、僕に尋ねてきた。

「えっ、ええとその」

こうなっては、僕にどうこうすることもできないわけで。

「そっ、そんなことより、そうだ」

話題を変えるためにも、僕は彼女自身の事について話を向けることにした。

「きみは、いったい?」
「……綾波レイ」
「えっ……」
「私の名前は、綾波レイ」

これが僕と彼女、綾波レイとの初めての出会いだった。

「綾波レイ。うん、なんだか初めて会ったような気がしないね」
「……そう、そうなの? でも、初対面のはずよ」
「うーん、そうなんだけどね。なんでだろう。とても懐かしい感じがするんだ」
「そう」
「ところで、制服ってことは学生なの」
「……いえ、違うわ」
「ええっ、じゃあなんで制服なの」
「学校は、昔は通っていたけど、今はもう……」
「ごめん。悪いこと聞いちゃったね」
「じゃ、じゃあ。家はどこ? それに、なんであんなに上から落ちてきたの」
「わからないわ。気が付いたら、あそこにいたの。家も、もうないと思う」

これは相当なわけありだな、と僕は思った。
日本では滅多にないとはいえ、僕自身の以前の家庭環境もそこまで人に話せるものではないことを思えば、捨て子なんかが迷ってこの辺りをさまよっていても仕方ないのかもしれない。
なぜあんなところから落ちてきたのかは依然として不明だけど、わからない、という彼女の様子に嘘や演技があるようには思えなかった。
何か隠し事はあるかもしれないが、それは、おいそれと人に話せることではないのだろう。


「そうなんだ。実は僕も一人暮らしなんだよね。東京だけど」

誤魔化すために、自分も軽く身の上話をした。
すると、事態は予想外の展開を迎えることとなる。

「……それじゃあ、付いて行ってもいい?」
「ええっ」
「……家も無い、行くところも無い、あなた以外に知っている人も居ない。どうしていいかわからないの」

「だめ?」とすがるような目つきで、僕に縋りつくようにして、頼み込んできた。
彼女にそう言われると、どうしてだかわからないが、僕には、断り切れない。
我ながら損な性格だと思うが、それを差し引いても、どこか彼女のことを無関係には思えない。
捨て子にせよ、訳ありにせよ、僕にはどうしてか、彼女とこのまま「はい、サヨナラ」と放っておく気にはならなかった。

「今日はこっちに泊まるから、そのあと、明日、僕のうちに一緒に帰ろう」

そこには、一人暮らしでよかった、と見当違いのことを考えながら、突然訪れた日常の変化を何とか受け入れようとする僕の姿があった。

二人で温泉街をめぐり、備え付けの浴衣を羽織って、それぞれのベットに入った。
元々ケンスケのために用意していた2つ目のベッドが、幸運にも無駄にならなかった形だ。
温泉街では、他に服がないというレイが、シンジからお金を預かって買い出しに行ったり、「肉、嫌いだから」と料理の一部を僕に回したりなど、想定外のことが次々に起こったが、何とか問題を解決できたところだ。

僕はあまりにたくさんの出来事に疲れ切っていたのか、いつの間にか抗いきれない睡魔によって、夢の中へと誘われていった。
薄れゆく意識の中で、明日は早々に自宅へと帰還し、彼女の分の布団や食器を一通りそろえなきゃいけないな、なんて、変に所帯じみたことを考えながら、激動の1日が終わった。





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