ふたりで、寄り添って

                     「ふたりで、寄り添って」

                                         Written by史燕







綾波が僕のクラスに編入して数週間が経った。
突然の編入に少なからず困惑したものの、ふたを開けてみれば呆気なく、冬月先生が自ら「私が推薦をして試験を受けてもらったんだよ。合格したのは実力だがね」と、種明かしをしてくれた。
そんな僕らもいつしか二人で登校・下校するのをケンスケに見つかったりしたが、「実は近所のアパートに住んでたんだ」と当たらずとも遠からずなことを話したところ「羨まけしからんが、綾波さんは、まだこっちに慣れてないだろうしな」と嫉妬を隠さず納得してくれた。
クラスの他の面々にも、「特ダネだ〜」と説明して回ってくれたおかげで、特段煩わされることもなく事情が浸透していった。
ほんと、ケンスケにはいつも世話になるよ。

しかしながら、最近僕は時折不安に思うことがある。
今は一緒に暮らしているけど、いつか綾波が、僕の手の届かない遠くに行ってしまうんじゃないか、って。
根拠のない妄想の類なんだけど、出会い方も突然なら、別れも突然かもしれない。
そう考えたのがよくないのか、このところは毎晩夢見がよくない。
綾波が、僕を守るために死んでしまったりするんだ。
時には、僕と綾波がロボットみたいな巨人のパイロットになって、怪獣みたいな敵と戦ったりする。
極めつけは、真っ白な巨大な綾波が、「さよなら」とだけ言って、僕を置いて遠くに飛び去ってしまうんだ。
演義でもない話だし、誰かに話せることではないけど、とにかく不安で不安でしょうがない。

だから、こんなときこそ頼れる兄貴分に相談してみることにした。
喫茶店でコーヒーに口をつけて早々に、僕は本題を切り出した。

「ふうん、それで、最近君もレイちゃんも浮かない顔をしてるわけだ」
「綾波も、ですか?」
「気づいてなかったのか。いつも君を不安そうな顔で見つめているよ」
「そうだったんですね」

誰にもわからないように、内心を隠していたつもりでもみんなにはバレバレだったわけか。

「シンジ君、君の不安を、残念ながら俺は解決してはあげられない」
「そうですよね」
「ただ、一人の男として、君に行ってあげられることならある」
「!! なんですか!?」
「君の抱える問題は、君一人の物じゃないってことさ」

そうだ、僕は何を勘違いしてたんだろう。
いつも一緒に居て、心配をしてくれているのに、一人で抱え込んだままで。
そうだ、これは、僕だけの問題じゃないし、このまま黙っていていいことでもないんだ。

「ま、ついでを言えば、シンジ君自身はどうしたいか、それが大事だ」

「ありがとうございます、加持さん。このお礼はまた」
「おう、がんばれよ」

僕は、お礼をそこそこに、喫茶店を飛び出した。
もうこれ以上ここでうじうじしていてもしょうがないからだ。
僕がどうしたいのか。
僕が何を思っているのか。
そして、彼女がこれからどうしたいのか。
ぜんぶ、ぜんぶ、二人で話してみないとわかることなんかないじゃないか。

「はっ、あやなみっ」

僕は玄関から飛び込むと、綾波の姿を認めて駆け寄った。

「綾波、話があるんだ」

綾波の方は、きょとん、として、僕のあまりの様子についてこれていないようだ。

「ああっと、ええと」

あせりすぎて、うまく言葉が出てこない。

すう、はあと大きく息を吸って、呼吸を整える。
綾波は僕のただならぬようすから、思わずその場から立ち上がると、じっと黙って言葉を待ってくれている。

「最近、夢を見るんだ」

僕は最初から順番に、最近見るようになった奇妙な夢について、綾波に話をすることにした。

「僕は何かの液体の中に居て、紫の巨人に乗っているんだ。鬼みたいな角のついた」
「綾波は、青い一つ目の巨人に、僕と同じように乗ってる」
「僕たちはいつも、奇妙な腕が付いたり、ビームを撃ってくるような敵と、それに乗って戦ってるんだ」
「そして、いつも綾波は、僕を庇うんだ」
「あるときは、ビームの盾になって」
「またあるときは、敵を自分の方に押しとどめて、自爆しちゃうんだ」
「そんなとき、悔しいけどいつも、僕は何もできなくてさ」
「必死に名前を呼ぶんだ。『綾波、あやなみっ』って」
「変な話でしょ? そんな巨人も、敵も、一度も見たことがないのにさ」

僕が話し終えると、極端に、綾波の反応がおかしくなった。
どこかに、逃げ出したいような、まるで、おびえているような。

「……そう、怖い夢ね」
「うん、怖い、とても怖い夢なんだ」

君がまるで、そのままどこかへ行ってしまいそうで

「……えっと、ちょっと買い忘れたものがあるみたいだから、ちょっと出かけてくるわね」

そう言って綾波は、まるで、今この場から逃げ出すようにして、外へと出ていこうと立ち上がった。
――僕を置いて。

「行かないで」

その瞬間、思わず僕は、綾波の腕をつかんで、少し強引に背後から抱きしめた。
絶対にこの場から、彼女を逃がしたりしないように。
綾波は、腕の中から逃れようと、じたばたともがいている。

「………」
「行かないで、綾波!!」
「なにを、言うのよ」
「わからない、わからないけど」

そう言いながら、シンジはレイを抱く両腕にギュッと力を込めた。

「わからないんだけどさ。今ここで、綾波を放したら、絶対にダメだって思ったんだ」
「そん、な、ことは……」
「嘘だ。だって、今綾波の目はどこか遠くを見ているから。とても寂しそうな目をしているもの」
「………」
「いいだ、別に」
「えっ」
「いいんだよ、綾波にどんな秘密があったって。なにがあったって」
「だって僕にとって、綾波はたった一人の、唯一無二の、僕の一番大切な、女の子だから」

僕の話を聞いて、今度は抵抗をやめ、綾波はゆっくりと僕の方に向き直った。


「わかったわ。ぜったいに、碇君を残して、どこかへ行ったりなんかしない。約束するわ」
「でも、その代わりに一つだけお願いがあるの」
「何だって聞くよ。綾波を、放さないためなら」
「……『レイ』って、呼んで」
「うん」
「『レイ』って呼んでほしいの」
「うん、うんっ」
「『レイ』って、呼ぶから。何度でも、いつまでも呼ぶから」
「ありがとう、『シンジ君』」

そう言うと今度はレイの方から僕を強く強く抱きしめ返した。

――ねえシンジ君?
――なに? レイ
――今、幸せ?
――うん、幸せだと思うよ。

今の気持ちが永遠に変わらないなんてことはないとわかっている。
年を取れば容姿は変わるし、周りの環境や、人間関係だって移り変わっていく。
そしてそれは、当たり前の、普通のことで、受け入れていくべきことなんだ。
でも、だからこそ、これから二人で、一緒に生きていこうと思うんだ。
僕たちの未来は、可能性は、無限に広がっている。
いいことばかりじゃないかもしれないけど、その代わり、悪いことばかりでもないんだ。
だから今は、この、やっとつなぐことができた彼女の手を放さずに、二人で歩いていきたいと、そう思えるんだ。
曲がりくねった道も、冷たい夜風も、二人で寄り添っていれば、必ず乗り越えられるから。
今、僕たちが二人で手を取り合いたいと思ったこと、そして寄り添いたいと思ったこと。
このことだけは、間違いのない本当のことだから。




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