ふたりで、寄り添って
Written by史燕
年が明ければ、冬休みというのもあっという間に終わってしまい、とうとう三学期が始まってしまった。
常ならば高校生を悩ませる宿題というやつも、綾波と一緒に図書館通いをしていた間に済ませてしまった僕に、問題はなかった。
そうして久々に登校した学校で、さっそくケンスケに話しかけられた。
「久しぶりだな、碇。箱根はどうだったか?」
そう言うケンスケに正直に綾波との話をするわけにいかず、「温泉は良かったよ。はいお土産」と言って、温泉饅頭を渡してお茶を濁しておく。
「なあなあ、知ってるか」
「どうしたんだよ、一体?」
「知らないのか、しょーがないなー。知りたいか? どうしよっかなー」
こうなると、教えてくれとこちらが言うまで長いのを経験則で知っている。
諦めて、「ハイハイ知りたい知りたい」と興味がないことでも尋ねることになる。
「なんにせよ朗報だぞ。なんと、このクラスに編入生が来るらしいんだ」
「編入生? この三学期に??」
「そーなんだよ。なな、びっくりしただろ」
「うん、それは素直に」
私立なだけあって、それなりに倍率も高い試験のこの学校に、こんな時期に編入とは、確かにケンスケが盛り上がるのはわからなくもない。
「なーなー、美人な女の子だったらどうする?」
そう言って一人で勝手に盛り上がるケンスケに、「さすがにそれは夢見すぎ」と突っ込むのを忘れない。
とはいえ、興味は尽きないのも事実だ。
「さあ、お前ら席に着け」
入ってきた担任が一声かけると、それまで騒がしくしていた生徒たちが水を打ったように静かになる。
このあたりのお行儀のよさは、さすがは私立というところか。
「もう耳が速いやつもいるようだが、このクラスに編入がある。席は、碇、お前の隣だ」
最後尾の僕の隣に編入生が来るかも、という話はケンスケがしていたから驚きはしない。
(他にも2・3空いている机はあるが)
「それじゃあ紹介しよう」
そして、担任の合図で入ってきた人物を見て、思わず僕は驚いて椅子から転げ落ちそうになった。
「……綾波、レイです」
僕の部屋で留守番をしているはずの綾波が、以前の制服とは違う、この学校の黒いセーラー服を着て、クラスの正面に立っていた。
恒例の質問タイムを適度にはぐらかしながら、うまくクラスメートに合わせようとしている姿は、普段からは想像できないほど優等生然としていた。
「いーないーな、あんな美少女が隣なんて」
外野のケンスケがうっとおしいことこの上ないが、僕にはとても相手をしている余裕なんてなかった。
なんで、いったいどうして。
気が付けば質問タイムも終わり、「席はあそこだ」と指示された綾波が僕の方へと近づいてくる。
休み時間も、相変わらずクラスメートが代わる代わるやってきては、「ねえねえ、前はどこにいたの?」「好きな食べ物は?」「きれいな髪ね、でも、日光は大変なんじゃないの?」「かわいいね、今俺、フリーなんだ」なんて、似たり寄ったりの事を話しかけている。
最後の件に関しては、「ごめんなさい、もう好きな人がいるから」と思いもよらない一言を言ったおかげで、クラスの女性陣はワイワイと盛り上がり、僕も含む男子諸君を撃沈させることになった。
(綾波、いつの間にそんな)
気分はもう、かわいがってきた妹に突然彼氏ができたことを知った兄貴分だ。
「碇、期待できないのはわかってたけど、実際に美人さんが来たのを喜ぶべきか、もう相手がいることを悲しむべきか」
「まあ、可愛い子なら当たり前じゃないかな」
内心はケンスケに同意しているが、痩せても枯れても、詳しい事情を知っているにんげんだ。ここは涙を呑んで、彼女を応援してあげようじゃないか。
「碇、お前ってすごいやつだな」
だからお願い、ケンスケもそんな敬意の籠った目で見ないで。
こうして、クラスに熱狂と、一部に激甚な被害を与えながら、綾波の編入は好意的に受け入れられた。
帰り際に、帰宅部同士ということで偶然を装って揃って帰路についたときに一言ポツリと
「……碇君と一緒に、学校、通いたかったから」
そう、うれしそうな声で言ったのが聞こえて、僕にはもう、細かいことはどうでもよくなった。