ふたりで、寄り添って

                     「奇妙な共同生活〜年越しと初詣と〜」

                                         Written by史燕






クリスマスが終われば、次は当然のように年越しの準備となる。
僕と綾波も、ご多聞に漏れず年に一度のすす払いを行っている。

「きゃっ……碇君、水が冷たいの」
「あーっと、バケツにお湯を混ぜよう」

試行錯誤をしながら、僕らは大掃除を進めていく。
棚やテーブルの、手の届く範囲をきれいにする。
戸棚の中に、なぜか高校生しかいないこの部屋に日本酒やビールが置いてあるのは、ご愛嬌だろう。

「……冬月先生も、この間置いて帰ったわ」

冬月先生、もっとちゃんとした人だと思っていたのに。
我が家へは、入れ代わり立ち代わりとまではいかないが、葛城さんや冬月先生が折に触れて立ち寄るようになっていた。
僕も綾波もいつも歓迎ムードなので、ついつい長居してしまうというのは、冬月先生の弁だ。

「……碇君の料理、いつもおいしいから」

案外、綾波が言ったのが事の真相だったりして。
とはいえ、さすがに大晦日ともなると来客も無いようで、二人そろって先日葛城さんからお下がりをいただいた炬燵にくるまって、年に一度の歌合戦を視聴している。
炬燵に関しては、最初は遠慮したのだけども
「日本人たるもの、炬燵がないなんて生きていけないわよ」
「こういう葛城は、自分がシンジ君の部屋に来た時に5人でゆったり座れるテーブルが欲しいだけなんだ」
「ちょっ、加持。なんてこと言うのよ」

以前置いていたテーブルよりもいいものを貰えたから、僕たちも文句はないけど。

「……炬燵はいいわね。リリンが生み出した文化の極みだわ」
「綾波、どうしたの? いきなり」
「……なんでもないわ。言ってみたかったの」

年越しということで、除夜の鐘が鳴り始めたタイミングで、簡単におそばを作っておく。
カップ麺よりはマシという程度だけど、綾波にしてみれば「碇君、すごい」ということらしい。
それだけで、心が浮かれるのだから、我ながら単純な身だと思う。

108回目の鐘が鳴るタイミングで、二人そろって「あけましておめでとう」と言い合う。

「それじゃあ、少し寒いけど初詣に行こうか」
「……はつもうで?」
「うん、新年の抱負を確認するために、みんな神社やお寺に参拝するんだよ」

綾波は、「クリスマスは西洋の神様に祈って、新年は神社の神様や仏様にお祈りするのね」と納得していたけど、聞いているとなんだか自分が節操無しになった気分がしてくる。
気を取り直して外に出ると、真っ暗な世界を空からちらちらと白く染め始めていた。

「まさか、雪が降り出すなんて」
「……いつもより、ひと際風が冷たく感じるわ」

二人そろって、ロングコートに身を包んでも、夜風はビュウビュウと体に応えた。
どちらともなく、肩を寄せて、手袋越しに片手をつなぐ。

アパートの近所の小さなお宮で鈴を鳴らし、お賽銭を入れると、二人そろってパンパンと手を合わせる。
初詣としては、大きな神社が人気みたいだけど、実はそちらは加持さんたちと昼間に出向く予定になっている。
こんな深夜に出かけたのも、夜に二人っきりで出歩いてみるなんて、今まで機会がなかったからやってみたかったというのが主な理由だ。

「……碇君、やっぱり寒いわ」

そう言って、綾波は帰りもぴったりと僕に身を寄せてきた。
二人っきりで初詣に行きたいという意味では成功だったわけだけど、なんだか申し訳ない気がしてきた。

「……碇君は、何を願ったの」
「えっ?」
「新年の抱負」
「あっ、ああ」
「……新年の抱負を願うのは、碇君が教えてくれたこと」
「みんなが無事に一年過ごせますように、かな」
「そう、みんなが無事に」
「うん、綾波は?」
「……私は」

そう言いかけて、綾波は黙ってしまった。

「どうしたの?」
「……ううん、やっぱり秘密」
「ええっ、僕はちゃんと話したよ」
「……葛城さんから、女は秘密が多いものって、教わったから」

ああ、もうっ。恨むよ、葛城さん。


部屋に戻り、一眠りしてから、お昼ごろに葛城さんが迎えにやってきた。

「あけましておめでとう、シンちゃん、レイちゃん」
「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます、葛城さん」
「加持は、表の車で待っているわよ」

視線を向かわせると、運転席から加持さんがこちらに手を振っていた。

「二人とも、東京の初詣は初めてよね?」
「えっ、ええ」

僕たちに葛城さんは確認すると、ニヤリと君の悪い笑みを浮かべて、車に飛び乗った。

「それで、どこまで行こうか」
「加持、行くのはもちろん、神田明神よ」
「今からか、それはまた……」

何か含ませて言いよどみながらも、加持さんはおとなしく車を進めた。

「……神田明神って、たしか、江戸の総鎮守の」
「よく知ってるわね、レイちゃん。その神田明神よ」
「ああ、だから『もちろん』なんですね」
「そっ、せっかく東京に住んでるんだしね」

葛城さんの言葉に納得した僕らだったが、現地に到着すると、その選択を後悔する羽目になった。

「さあ、これが東京の初詣よ」
「初詣って、こんなに人がいるんですかっ」

見渡す限り人、人、人。
何列もの行列ができていて、賛同の入り口であるはずの鳥居までが、果てしなく遠い。

「んっふっふ、この人混みも、東京の初詣の醍醐味よ」

そう言っている途中で、葛城さんは誰かに足を踏んづけられたようで、しゃべりながら「キャアッ」と悲鳴を上げていた。
僕と綾波は、その場で離ればなれにならないよう、お互いに掴んだ手を離さないようにするのが必死だったくらいだ。
そうこう苦労して社殿まで近づくと、頭にゴツンとなにかがぶつかってきた。
綾波も「……痛い」と頭をさすっているところを見るに同じ被害に遭ったのだろう。
隣の方からは「誰よ、こんな遠くからお賽銭投げたのは」とブツブツと葛城さんが文句を言っている。
なるほど、頭に当たったのはお賽銭か。
それからも続く被害に頭を悩ませながら、なんとか賽銭箱と鈴の前にたどり着くことができた。

「折角だし、二人で鳴らしたら?」

そうやって葛城さんが促したので、夜と同じ手順で鈴を鳴らし、揃って手を合わせた。
今度は僕も秘密だけど、「また綾波と一緒にお参りに来ます」とそう願掛けをした。

参拝をあきらめて、車で待っていた加持さんに、葛城さんが「はい、大事にしなさいよ」と、いつの間にか買っていた家内安全のお守りを渡していたのが印象的だった。


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