ふたりで、寄り添って

                     「奇妙な共同生活〜クリスマス〜」

                                         Written by史燕






「……碇君、クリスマスって、どうしたらいいの?」

綾波レイという女の子と一緒に生活を始めてから数日、ふと、たった今疑問に思ったという風に彼女から投げかけられた。
カレンダーを確認すると、なんと今日は12月24日だった。
悲しいことに、僕自身には生まれてこの方クリスマスというものにいい思い出がない。
なにせ、プレゼントをもらうのは従兄弟たちだけで僕はもらった試しなどない。
ましてやパーティーとなったら、叔父叔母が従兄弟たちを連れてどこかに出かけるのに対して僕はいつも一人コンビニで買った弁当と、100円くらいのサンタが載ったスイーツを口にするのが関の山だった。
とはいえ、不満を漏らしても黙殺されるのが定番であって、何かしようという発想自体が僕の意識から抜け落ちていた。
だからこそ、綾波の質問は予想外もいいところだった。

「うーん、パーティーとか、かな。教会でお祈りをするのもなんか違うしなあ」

そういうわけで、途方に暮れてしまった。
最近の僕たちの日課は、朝起きて図書館に行き、小説なり漫画なりを借りたり、DVDを持って帰って、二人で本を読んだり、一緒に映画を見たりするのが常だった。
図書館であれば、一人で二人分のものを借りても元手がかからないし、なにより綾波に、「何か好きなもの、やりたいことはない?」と尋ねたところ、唯一帰ってきた答えが「……読書」というものだ。
なんとまあ、不思議な子だと思う。
幸いにして、今日も図書館は開いていたので、綾波が読書に夢中になっている間に、世間一般のクリスマスというのを調べてみることにした。
「性夜」とか「恋人と過ごす夜」とか、よろしくない情報も引っかかったけど、ひとまず家族や友人とパーティーして、ケーキを食べて、プレゼントを渡して解散、という流れらしい。
プレゼントは、間に合いそうにないなあ。

とにもかくにも、図書館にあるクリスマス関係の料理本を片っ端から読み漁り、作れそうな、肉料理以外のメニューを頭に叩き込んでいく。
定期試験よりも頑張ってるんじゃないかな、ぼく。

そうこうしているうちに、タイムリミットである閉館時間が迫ってきた。
幸いにして、必要な本を1冊選ぶことができた。
あとは材料を買って、実際にレシピを見ながら作ってみるだけだ。
そうやって、今夜の予定を考えていると、突如として僕の形態が鳴り始めた。
発信者は「葛城ミサト」とある。
後が怖いので一も二もなく電話に出ると、「ハァ〜イ、シンちゃん」とえらく陽気な声で話しかけられた。

「どうしたんですか?」
「今晩、加持と二人でお邪魔するから」

用件だけ伝えると、一方的に通話を終えた葛城さんだが、僕にとっては渡りに船だ。
少なくとも、二人もお客さんがいれば「クリスマスパーティー」という体裁は整う。
多少アルコールに合わせたメニューの追加も考えなければならないが、まだ幸いにして買い出し前、許容範囲だ。

「……どうしたの?」
「葛城さんと加持さんが、今晩来るって」
「……そうなの」

心なしか、綾波も嬉しそうだ。
前回も、葛城さんにだいぶ懐いていたからなあ。

スーパーで野菜を中心に材料を揃え、酒のつまみにとハムなどの別枠で購入し、帰路に就く。
すると、今度は加持さんから電話があった。

「やあ、突然葛城が言い出して悪いな。俺も今聞いたんだ」
「いえ、それは構いませんけど」
「悪いついでに、もう一つあるんだが、冬月先生も一緒に行くことになったんだ」
「えっ、冬月先生もですか!?」

「いやあ、ばったり道端で会った時に、通話の内容が聞こえちゃったみたいでなー」なんて言ってるけど、ほんとに偶然かは怪しいところ。
大方推測するなら、酔った葛城さんを相手にするメンバーを増やしたかったのだと思う。
もしかしたら、いたく綾波を気に入っていたようだから、あながち加持さんの言い訳も嘘ではないのかもしれない。
まあ、以前ほど嫌でもないし、ここは仕方がないと割り切ろう。

そうして僕は、生まれて初めてのクリスマス料理とやらに取り掛かる。
幸いにして、部屋の準備や食器の類は綾波が手伝ってくれるのだから、まだいいと思う。

「……クリスマスパーティー。これが、楽しみってことね」

綾波がうれしそうなのは見ていて心が和む。

――ピンポーン

料理を準備していると、玄関のインターフォンが鳴った。

「……私が行くわ」

台所から動けない僕の代わりに、綾波が様子を見に行く。
さて、加持さんたちかな。

「メリークリスマス、レイ君」

玄関から最初に聞こえたのは予想外の声だった。

「碇君、ちょっと、ちょっと」

酷く綾波の狼狽した様子に、いったん作業の手を止め、僕も玄関の方へと向かう。
するとそこには――。

「やあ、メリークリスマス。シンジ君」

とても渋い声で陽気に話す、サンタクロースがいた。

「えっと、その声は、もしかして冬月先生!?」
「ほっほっほ、びっくりさせたかな」

真っ赤な上下ととんがり帽子に、真っ白な長いひげ。
白い袋まで担いじゃって、なんとまあ完璧なサンタクロースだ。
予想外と言えば予想外だし、クリスマスらしいと言えばクリスマスらしいと言える。
なにより、思いのほかその恰好が似合っていて、本人もお気に召したのか、普段の3割増しで好々爺然として、笑いかけてくる。

硬直すること、数十秒。
ガタガタと音を立てる鍋の音で、ハッと現実に引き戻された。

「……碇君、お鍋は?」
「ああっ、そうだった」
「冬月先生。どうぞ、あがってください」
「綾波は、案内をお願い」

鍋のもとに駆け寄りながら、後ろに向かってそう絞り出すのがやっとだった。

それから10分ほどして、またインターフォンが鳴った。

「メリークリスマス、シンちゃん、レイちゃん」
「こんばんは。お邪魔するよ」

今度こそ、加持さんと葛城さんだ。

「えっ、冬月先生!?」
「これはまた、俺たちも赤い鼻の一つでもつけてくるべきでしたかな」

二人とも、普段からは想像もつかない冬月先生の姿に言葉を失っている。

「シンジ君、これを冷蔵庫に」

そう言って加持さんが渡したのは、紛れもないクリスマスケーキだった。

そうこうするうちに、無事に料理の方もできた。
お品書きは、トマトとレタスであしらったクリームポテトに、葉っぱ型のクラッカーの上に雪に見立てたチーズをのせたカナッペ。
真っ赤に彩を添えるミネストローネに、お肉ではなくごはんを主軸にしたライスコロッケ。主菜はサーモンのパイ包焼だ。
最後にテーブルの真ん中に加持さんと葛城さんからもらったフルーツでカラフルなクリスマスケーキを切り分ければ完成だ。

「シンジ君が、こんなに料理が得意とは知らなかった」

冬月サンタが目を丸くしていた。
大人たちの手許には、ハムとチーズ一緒に、葛城さんが持ってきたワインボトルとグラスを置く。

「それでは、年長者に乾杯の音頭を」

手早くグラスにワインを注いだ葛城さんが、待ちきれないという風に、冬月先生を促した。
僕たち未成年は、温かいココアをそれぞれの手にする。

「それでは、料理が冷めてしまうので手短に」
「メリークリスマス」
「「「「メリークリスマス」」」」

生まれて初めて、僕以外の誰かとテーブルを囲んだクリスマスは僕にとってもとても温かいものとなった。

冬月先生が途中で「サンタさんからのプレゼントだよ」なんて言って、きちんと包装された小包を僕と綾波に渡してきたのはどうしたものかと思ったけど。
しかも、それぞれご丁寧に「シンジ君へ」「レイ君へ」なんて、宛名まで入っているのを見ると、絶対に偶然参加することにしたなんて嘘っぱちに決まっている。
冬月サンタのプレゼントの中身は、二人でおそろいの懐中時計だった。

「これからもずっと一緒に、時を刻み続けてほしいからね」

ずいぶんと恥ずかしいセリフを、さも当然というように話すのだから、やはり冬月先生はすごい人だと思う。

「嬉しいのに涙が出るなんて、初めてですよ」
「……本当にありがとうございます」

こうして、僕たち5人のクリスマスの夜は更けていった。

酔いつぶれた葛城さんに肩を貸しながら、加持さんが玄関を出ようとする。

「そうだ、加持君。あの件を話していなかったのじゃないかな」

先に玄関を出た冬月先生が、さも今思い出したという風に加持さんに話を振った。

「ええ、それは、まだですが」
「せっかくの君たちからのプレゼントを置いていかないのは、感心しないな」
「葛城君と、先に行って待っているとしよう」

そう言うと、今度は冬月先生が葛城さんを連れて、車へと向かった。

「加持さん、どうしたんですか?」
「うーん、冬月先生が言っているのは、レイちゃんについて調べた、あまりよくない報せと、とてもよい報せ、その二つの事なんだ」

「聞きたいかい?」と僕たち二人に問いかけてくるが、正直に言うとここまできて聞かないという選択肢は存在しなかった。

履きかけた靴を再び脱いで、加持さんは僕と綾波と苦虫をかみつぶしたような表情で相対する。

「まずは、悪い方の話なんだが、レイちゃん君は……」

「いったい何者なんだい?」

加持さんの問いは、最初に綾波と出会った時から、僕がずっと考えないようにしてきたものだった。
僕は内心ドキリとしたし、隣の綾波はそれ以上に動揺している様子が見て取れた。

「いや、話したくない。或いはわからないのかもしれないが、結論から言うと、この世界に綾波レイという女の子が存在した痕跡が一切存在しなかったんだ」
「調べられる限りのことを、それこそありとあらゆる伝手を使って調べたんだがね」
「こいつはもう、お手上げって状態さ」

加持さんは、僕たちの反応を完全に無視して、まるで迷宮入り事件の捜査を打ち切るかのような口調で話を進めた。

「で、ここからがいい話で、二つは一連の話でもあるんだけど」

加持さんが、それまでの神妙な表情をかなぐり捨てて、一転して陽気な様子で言葉を続けた。

――はじめまして、俺の“姪っ子”の綾波レイちゃん――

加持さんがその後、経緯をかいつまんで話してくれたことによると、それこそ10数年分の記録を、冬月先生と一緒になって、裏も表もひっくり返して探してみても、どこにも綾波の戸籍や親族の情報は出てこなかった。
(その際に使った方法やコネクションについては「秘密」とのことだ)
したがって、この世界に綾波レイという少女は存在しないことになる。
しかしながら、現実に僕たちの目の前に彼女は存在するし、記録媒体やDNA検査でも問題はなく、アルビノの事例としては稀有なほど健康体なことを除けば、紛れもない普通の女の子として確認される。
よって、「戸籍がないならば作ってしまおう」と冬月先生が言い始め、加持さんの死別した弟夫婦の一人娘、『綾波レイ』が誕生したのだという。

「ま、俺に兄弟なんていた試しはないんだがね」

そう言って肩をすくめる加持さんだけど、心なしかうれしそうだった。

かくして、僕たちの抱えていた問題をある意味吹き飛ばすような特大のプレゼントを渡して、加持さんたちは夜空の下へと姿を消していった。


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