エヴァンゲリオンSS論3


                              シンクロに関する一考察

                                                                                       Written by史燕




はじめに

“汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン”

14歳の子供たち(=チルドレン・適格者とも)が操縦する兵器である。
言わずと知れた新世紀エヴァンゲリオンの機体であるが、設定資料集をめくってみても、その全貌が明らかにされているわけではない。
エヴァそのものは、その魅力から社会現象を引き起こし、さらに新劇場版が公開されたこともあって、人口に膾炙していると言える。
しかし、その内実に関して想像を膨らませ、原設定をもとに摺り合わせを行い、ある程度の妥当性の下で「それぞれのエヴァンゲリオン」の物語を紡いでいるのが、私たちSS作家である。

先日、新劇場版第三作の「ヱヴァンゲリオンQ」が地上波でも公開されたが、残念ながら私は現時点での新劇場版について専論を述べるほどの見識や技量を有していない。
また、エヴァという作品そのものに関しては、私がここでわざわざ稿を起こすことが烏滸がましいと思うほど旧版放映当初から多くの論考が発表されている。
だが、その中にあっても未だ根本的な部分の考察が不十分であることは否めず、また、作品の解釈は人それぞれといっても、難解な設定をある程度整理し共通の理解として提示することは必要ではないかと愚考できる。

そこで、今回はこの場を借りて、エヴァという作品の根幹に関わるシステムの一部である「シンクロ」について、旧版と新劇にネットでのSSにおける考察も踏まえながら、私なりに整理した考察を述べていきたいと思う。また、新劇はまだその全貌が見えていないため、基本的には旧版準拠の論説になり、さらにその中でいわゆるネタバレとなってしまう部分があるが、そこは許容して戴きたい。


1―@、エヴァンゲリオンとは

そもそも、エヴァンゲリオンとは何なのか。
まず、エヴァンゲリオンの操縦者たるチルドレンの選考条件は、「セカンドインパクト後に生まれた子供たち」だとされている。
エヴァンゲリオンそのものは「人造人間」と銘打たれている通り、ロボットではなく生命体である。
より厳密に言えば人類の敵として作中に登場する謎の生命体である使徒と同類であり、第1使徒アダムのコピーであるとされている。
「Air/まごころを君に」においては、初号機のみ「第2使徒リリスの分身」と言及されており、それが人類補完計画の鍵になったと述べられている。
新劇場版においては、詳しい解説は行われていない。

第1使徒アダムが原因となった2000年のセカンドインパクトにより人類は未曽有の大災害に見舞われ、復興の兆しが見え始めた2015年の第3新東京市に、人類の敵たる使徒が突然現れ、主人公碇シンジたちチルドレンは国連の特務機関NERVに所属し、唯一使徒に対抗できるエヴァに乗り世界を救うための戦いに身を投じる、というのが大まかなストーリーだ。
なぜ、エヴァが使徒に対抗できるのかというと、使徒とエヴァだけが発生させることができる「A.T.フィールド」という障壁――バリアーのようなもの――がそんざいするからだ。
(これに関しては拙著「エヴァンゲリオンSS論 A.T.フィールドに関する一考察」を参照していただきたい)

また使徒という存在だが、実は人類も第18使徒リリンであり……という内容が旧版の終盤で明かされるが、ここでは、とにかく「エヴァは使徒のコピーである」という点だけ押さえていただきたい。


1―A、シンクロとは

先述したようにエヴァは生物である。
よってその制御はコンピュータによるプログラムではなく、また単純にマニュアル化したインターフェイスを理解すれば思い通りに動かせるというものではない。

“ではどうやって操縦するのか?”

この問いの答えこそが、そのまま操縦者が限定される理由でもあり、エヴァンゲリオンという作品の独自性が見られる一つの要素でもある。

エヴァを操縦することができるのは適格者チルドレンと呼ばれる子どもたちである。
彼らは高いレベルで、エヴァンゲリオンと同調することができるからだ。
チルドレンはエヴァに搭乗すると、脳の視床下部にあるA10神経を通じて神経接続を行いエヴァとシンクロすることができる。
シンクロしたエヴァは、チルドレンの想像の通りに動くことができる。
逆に、想像が不十分であるとぎこちない動きになったり、思うような行動が出来なかったりするようだ。

つまり、エヴァの肉体を、神経接続を通じて搭乗者の脳からの指示により動かしているのだ。
その代わり、シンクロを行うと、神経が繋がっているためエヴァが受けた痛みがチルドレンにフィードバックされ、同じ痛みを感じてしまうという問題がある。
この神経接続については、次の章で詳しく述べることとしたい。


2、A10神経

エヴァとのシンクロを行うA10神経は、一般に快楽や愛情を司る神経であると言われている。
そして、神経接続と言ってはいるが、エヴァとのシンクロには科学的な面よりもより観念的な、形而上学的な面が強く作用する。
つまり、魂がシンクロの大きな要因なのだ。

実は、エヴァや使徒の中枢となるのは脳や心臓ではなくコアと呼ばれる紅い球体である。
そして、エヴァのコアにはそれぞれ対象となるチルドレンの近親者の魂が取り込まれているのだ。
全てのエヴァのコアの中に誰がいるのか明かされてはいないが、初号機と弐号機はそれぞれの母親の魂が取り込まれている。

もともと、エヴァは魂を取り込まずに操縦できるように開発が進められていた。
だが、それは故意のものかはたまた偶然なのかは定かではないが、実験中の事故により開発責任者である碇ユイと惣流・キョウコ・ツェッペリンはそれぞれ初号機と弐号機のコアに取り込まれてしまった。
(なお、新劇ではこの部分の詳細は明らかにされていない。Qでユイについては述べられたが、キョウコについては三作通して全く触れられていない)

旧版ではシンジが初号機に取り込まれた際にユイと逢ったり、初号機の暴走はシンジが危機に陥った際にユイの母性本能が発露したために起こったことが示唆されたりしていた。

この魂とエヴァとは新世紀エヴァンゲリオンという作品のストーリーを構成する重要なファクターだが、これらについては作品を見れば明らかなため、敢えてここで詳しく述べることを避けることとする。


3、直接シンクロと間接シンクロ〜SSによって醸成された設定〜

実は、エヴァにおけるシンクロには2種類存在する。
それは、“直接シンクロダイレクト・シンクロ”と“間接シンクロインダイレクト・シンクロ”である。

通常おこなわれるシンクロは、近親者の魂を仲介して行われる“間接シンクロ”である。
では“直接シンクロ”とはどういうものなのか、というと、チルドレンが直接エヴァと繋がってシンクロを行うものである。
もっとも、それ自体は作中でも当初試みられていたが、その過程でユイたちの魂が取り込まれてしまい、その後彼女たちの魂を介するシンクロに切り替えられたのだ。

作中において、唯一直接シンクロを行っているチルドレンがいる。
それはフィフスチルドレンであり、第17使徒タブリスである渚カヲルである。
彼は使徒としての特性からか、直接同類であるエヴァを操ることが可能だったのだろう。
おそらく、“直接シンクロ”の方がより思い通りにエヴァを動かすことができるだろう。
その反面、エヴァからのフィードバックもより大きなものとなるため、まさしく諸刃の剣である。

この“直接シンクロ”だが、その設定の原型は上記のように原作に見られるものの、この設定をきちんと利用したのはSS作家である。
SSにおいては、主人公たちが“直接シンクロ”を行うのだ。
私も「再び巡る時の中で」で利用しているため、諸先輩方に感謝してもしたりないほどだが、残念ながらその源流が誰のどの作品かはわかっていない。
以下に、代表的な作品を2点紹介したいと思う。
残念ながら、原作者の方とコンタクトでできないためURLは載せず、作者・作品名・掲載サイト名だけを載せたい。

・夢魔氏「優しさを貴方に」(同氏主宰『やっぱ綾波でしょ』Novel内)
・dragonfly氏「シンジのシンジによるシンジのための補完」シリーズ(舞氏主宰『Arcadia』SS投稿掲示板内)

上記以外にも多数の作品で使用されているが、残念ながらすぐに再発見できたのがこの2点だったためここに紹介した。

SSのアイデア自体は完全な模倣はアウトだが、基本的に設定の独自解釈の組み合わせのため、ある程度設定に同質のものが含まれることを留意して戴きたい。


4、ダブルエントリー〜2人のチルドレンによるシンクロ〜

同じエヴァに2人のチルドレンが搭乗し、エヴァとシンクロすることを「ダブルエントリー」と呼称する。
この呼称の初出はQにおいてだが、ダブルエントリーはSSは脇に置くとしても、公式では旧版第八話「アスカ、来日」において弐号機にアスカとシンジが乗り込んでいる。
Qにおいては第拾参号機にシンジとカヲルが乗り込んだ。

しかし、ダブルエントリーにはいくつかの問題が存在する。
これらの問題は、ひとえにエヴァという兵器が機械制御ではなくシンクロという精神制御で操縦されることに起因する。

まず第一点として、役割分担が行えないため、2人で乗り込む意味がないことだ。
ただ単純に同乗するのならば問題ないが、シンクロを行い、操縦するとなると、腕はAが足はBがという分割制御は行えない。
また、操縦者と火器管制を分けるというのがあるが、そもそもエヴァは近接戦闘が主体となってくる。
とすれば、やはり2人で行う意味はない。
Qはむしろ槍を2本抜くためにそれが必要だった。
また、「アスカ、来日」では、アスカにかかるフィードバックを引き受けるという部分的なシンクロをシンジが行っただけであり、シンジは操縦権を受け取っていない。

問題の第二点は、ダブルエントリーの場合操縦者が同じように思考を行わなければ、エヴァが動かないという点だ。
例えば、Aが右に、Bが左に向かおうとしたとする。
この場合、エヴァは動かないか、より深くエヴァとシンクロしている搭乗者の思考に従うかだろうが、後者であっても指示にノイズが混じるため、動きは酷く緩慢なものとなるだろう。
Qにおいて、行動を止めたカヲルを押し切ってシンジは槍を取りにエヴァを向かわせたが、その際シンジはカヲルの操縦権を奪っている。もしかしたら、シンクロそのものさえカットしたのかもしれない。
これは、カヲルの同意がなければエヴァが動かなかったためだろう。
そのときの動きがとても鈍かった背景には、もともとダブルエントリーが前提の機体を、1人で動かしたから、ということのほかに、同乗しているカヲルの思考がノイズとなったから、というのもあることが推測できる。
ピアノの連弾は、シンジとカヲルの思考をチューニング(同調)するという意味もあったのだろう。

よって、現実的に考えると第拾参号機のような特別な場合を除けば、ダブルエントリーはあまり効率の良い手段とは考えられない。


おわりに

本稿では、エヴァの重要なファクターである「シンクロ」について概説した。
「シンクロ」というのは作中で何度も出てくる言葉であるが、それが一体何なのか改めて説明するとなると、少し難しいものである。
今回は、「シンクロ」そのものに加え「“直接シンクロ”と“間接シンクロ”」、そして「ダブルエントリー」と、作中の特例ともいえる事項についても言及した。
“直接シンクロ”に関しては、SS作家ごとに細かい解釈は分かれるため、その定義を説明するに留めた。
もし、この件についてより深く興味を持たれた方は、私のような第三者による余計な視点の入った意見ではなく、自身の目で直接SSに目を通して見られることをおすすめしたい。



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