半身〜Cパート〜

                                                  Written by史燕



 次の日の夕方、早めに終わった店を後にして、シンジは夕食を取りに定食屋に向かった。
この半年ですっかり常連となった店である。
店内に入ろうとすると――

「……碇さん」

後ろから聞き覚えのある声に呼びとめられた。

「夕霧さん」
「……覚えていてくれたのね」
「ええ」

昨日の今日で忘れるはずもない、と思うシンジだったが、とりあえず目の前の女性との再会を喜んだ。

「……碇さんは、今日はどうしたの?」
「ここで、夕食を取りに」
「……奇遇ね。私もこの店で夕食を取るつもりだったの。同席しても構わないかしら?」
「構わないよ」

各々注文し、雑談を交わした二人だが、折を見てシンジは、夕霧と出会ってから気になっていたことを訊ねてみることにした。

「そういえば、夕霧さんって第三新東京市に行ったことはある?」
「? いえ、行ったことはないけど……」
「そうなんだ……」
「……第三がどうかしたの?」
「いや、昔僕の住んでいた街だから、ね……」
「そういえば、もうすぐ完全に更地になっちゃうそうね」

そう、使徒戦の影響で廃墟となっていた第三新東京市は、その後解体作業が進められており、先日それが最終段階に入ったことが公表された。
しかし、今シンジが聞いたのはそういう意味合いではなかったのだが……。

(やっぱり、違ったか……まあ、当たり前だよね)

「……ただ」
「ただ?」
「……実は私、15歳までの記憶がないの」
「えっ……それはどういうこと?」
「……言葉通りの意味よ。記憶喪失」
「……サードインパクトが起こったことは知っているわよね」
「うん……人並み、には」

(ほんとは僕がそれを起こした張本人なんだけどね)

シンジは心の中で自嘲した。

「……それで、サードインパクトが起こった後、私は倒れていたところをお父さん……養父に拾われたの」
「大変だったんだね」
「……そうでもないわ」
「……お父さんは独身だけど拾った私を、大切に育ててくれたし」
「……今では、一人暮らしで大学にまで通わせてもらって、何不自由なく幸せに暮らしているわ」

「……碇さんは――今、幸せ?」

(幸せ、か……)

シンジは自身の半生を振り返り思った。
いい思い出の無い幼少期、戦いながら傷ついていったNERV時代、孤児院で過ごした日々、そして、現在の生活……。
今まで自分は幸せだったのか、そう反芻していて気付いた。

――自分は、今の生活になんら不満がなく、満足しているということに――

「――幸せだと思うよ。少なくとも今までで一番」
「今まで、あんまりいいことがなかったからね……」

そういいながら、無意識に自分が微笑んでいることにも気付いた。

(そうか、うん、幸せなんだ)

「あっ、もうこんな時間だね。そろそろ帰ろうか」
「……ええ、帰りましょう」

こうして二人は店の外に出た。

「……それじゃあここで」
「夕霧さん、送っていくよ」
「……いいの? 少し離れているのだけれど」
「今日は何にも用事ないから、問題ないよ」
「……それじゃあ、お言葉に甘えようかしら」

こうして二人は、歩いて20分程かけて夕霧の自宅へと向かい、そこで別れた。

就寝前、夕霧は先程まで共にいたシンジについて、思いを巡らせていた。

「……碇さん、優しかったし、なかなかかっこよかったなあ」

そうして、夕霧は眠りについた。

――……もしもし、聞こえる?――

突如夢の中で、夕霧は自分を呼ぶ声に気付いた。

「……私を呼んでいるの?」

――……聞こえたのね。ええ、そうあなたを呼んだの――
「……あなたは誰?」

――あなたは私、私はあなた、昔あなただった者――

「? それってどういうこと」

――…………――
夕霧の問いに、その声は答えなかった。



一方その頃、「和泉古書店」では……。

「うっ、くうっ…ハアッ、ハアッ、ハアッ…くうっ」

和泉は机の上にある錠剤をビンから取り出し、一気にあおった。

「ハアー、ハアー、ハアー」

少し息は上がっているが、だいぶ落ち着いてきたようだ。

「…か、かなり酷くなってきましたね」
「私も、もう、長くないのでしょうか」

シンジたちの生活に、暗雲が立ち込め始めていた。





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