半身〜Eパート〜

                                                Written by史燕



あれからしばらく経ったある日の朝、いつも通りシンジは出勤した。

「おはようございます」
「………」

妙なことに、いつもいるはずの和泉の姿が見えない。

「ソウイチロウさ〜ん」

呼びかけても返事はない。

「まだ奥にいるのかな?」

シンジは仕方なく、奥の方へと向かっていく。

「入りますよ」
「うっ…くっ…かっ…くっ…」

シンジが和泉の居室に入ると、和泉が倒れていた。

「どうしたんですか、ソウイチロウさん」
「うっ…くっ…薬を」
「薬? これですか」

シンジは机の上の瓶から薬を取り出し、隣にあったペットボトルの水と一緒に和泉に飲ませた。

「ハアッ、ハアッ、ハアッ」

「し、シンジ君、ありがっ…とう」
「どうなさったんですか」
「ハアッ、ハアッ…ふふっ、ばれてしまいましたね…ハアッ、ハアッ」
「ソウイチロウさん、無理はしないでください」
「いえっ…ハアッ、ハアッ…だ、大丈夫ですよ…ハアッ、ハアッ」

その後、シンジは和泉が落ち着くまでその場で待っていた。

「だいぶ、落ち着いてきましたね」
「さて、もうお気づきかもしれませんが、私は死病に取りつかれています」
「ソウイチロウさん!!」
「気にしないでください、といってもあなたは気にしますよね。優しい人ですから…くうっ」
「つっ!!今救急車を呼びましたから」
「待ってください、せめて……私の話を聞いてからにしてください」

「私はね、誰かに私のことを憶えていて欲しかったのですよ」
「シンジ君、あなたにもし、その気があればですが――」
「なっ、なんですか」
「この店を、この「和泉古書店」を継いでくれませんか。少なくとも、今のあなたにできない仕事はありません」
「わかりました、わかりましたからっ」
「そうですか、わかってくれましたか……がっ、ぐはっ」
「ソウイチロウさんっ」

 その後すぐ和泉は救急車で搬送されたが、昏睡状態に陥ってしまった。

3日後、ソウイチロウは意識を取り戻した。
付き添っていたシンジたちは、すぐにベッドのソウイチロウのもとへと駆け寄った。

「ううっ、くっ」
「ソウイチロウさん!!」
「くっ、シンジ君」
「はい」
「夕霧さん」
「……はい」
「うっ…よ、よろしく…お願い……しま、す」

こういい終えると、和泉は再び昏睡状態に陥った。
数時間後、二度と目を覚ますことなく、和泉は還らぬ人となった。
その日シンジは――――“祖父”を喪った。



その翌日、和泉の葬儀が行われた。
シンジを喪主としておこなわれたが、葬儀には近所の人々、常連客などをはじめとして、多くの人々が参列した。
中には「若い頃に世話になったから」久々に来てみたら、なんていう研究者もいて、葬儀からしばらく後もシンジは対応に追われることとなった。

葬儀の終了後、シンジは一人の男性から面会を申し込まれていた。

「碇シンジさんですね」
「はい、そうですが?」
「私、秋月弁護事務所の代表を務めております、秋月マサトと申します」
「私自身、和泉さんには学生時代にお世話になりまして、今回の件、本当にお悔やみ申し上げます」
「はあ、故人がお世話になりまして」
「では、本題に移らせていただきますが、実は生前、和泉ソウイチロウさんから、自分にもしもの時があったときに、碇さんにこれをお渡しするようにと」
「そうですか」

秋月弁護士は、一通の封筒をシンジに差し出した。

中を開けてみると一通の手紙が入っていた。
手紙には「遺言状」と書かれていた。

「シンジ君へ
あなたがこの手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にいないのでしょう。
私自身、2年以上前から病魔に侵されており、余命いくばくもない身だということはわかっていましたので、哀しまないでください。
といっても、優しいあなたなら私のために泣いてくれているのでしょうが。
あなたがうちに勤めるようになってからの毎日は穏やかながらも、充実した、幸福な日々でした。
あなたが来て、夕霧さんとも出会って、それから3人で過ごした日々は、とても楽しいものでした。
あなたを引き取った理由は、実は二つあります。
一つ目は、今は亡き親友、冬月コウゾウに頼まれたからです。
『碇シンジ、綾波レイの二人を、自分に何かあった時には引き取ってほしい』
そう、彼に頼まれました。
二つ目は、私が生きていたことを憶えていてくれる人が、できるならば私の店を引き継いでくれる人がいてほしかったからです。
実を言うと、冬月の依頼については諦めていました。
第3新東京市の状況から、冬月のもとにいるであろう子供たちも、疎開が間に合わなかったのか、行方知れずだと聞いていましたので。
あなたを見つけたのは、二つ目の理由にあわせて孤児院を回っている時でした。
なかなかいい目をしている子がいると思ったら、碇シンジ君、あなただったのです。
その時は、冬月の約束も何も関係なく、私が自分の意志で引き取ることを決めました。
後はご存じのとおりです。
これで私からお伝えすることは終わりです。
では、夕霧さんとお幸せに。

                                                    和泉」

手紙を読み終えた後、シンジは絶句していた。
ただひたすら胸に去来する慟哭に耐えるのに、彼は必死だった。

「碇さん、故人の遺志では、自分の持つ全財産と「和泉古書店」の一切をあなたに相続させるとのことです」
「っつ、はい」
「詳しい事情については私にはわかりかねますが、できれば和泉さんの意思を汲んであげていただけませんか」




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