連作SS:ミルフィーユ@

                     昼下がり

                                         Written by史燕



――カランカラン――
「いらっしゃいませ」


 私は第3新東京の一角に喫茶店を営んでいます。店内にはカウンター席が三つ、四人掛けのテーブル席が二つある、こじんまりしたものです。
 まだネルフがゲヒルンという名前の研究機関であったころに、この裏路地へと移ってきました。
ここにいらっしゃるのは、大概がネルフの関係者ばかりです。
 もっとも、この町に住んでいる人の中で、全くネルフと関係ない人物など、ありえないのでしょうが……。

――カランカラン――
「ありがとうございました」

 今しがた、最後のお客様が出て行ったところです。20代に見える、まだ若い男女三人組でした。
もう50も半ばを過ぎて、少々体にガタがきている身としていうのもなんですが、息子や娘のような年代の子たちが毎日ボロボロの様態でやってくるのを見ていると可哀そうに思えてなりません。
今日も、「後処理がやっと終わった」「これで帰れるわ」と愚痴をこぼしていました。なにしろ、日本中から電気を集めたっていうのですから大変だったのでしょう。
揃ってみんなクマができていましたので、少しばかりつまめるものをサービスしてあげたのは秘密です。
早く、あんな化け物が来なくなればいいのですが……。

――カランカラン――

 おや、お客さんのようですね。時間は午後三時ごろといったところでしょうか。
いつもはこの時間になるとほとんど人が来ないのですが、珍しいこともあるものです。

「いらっしゃいませ」

 そこに立っていたのは、水色の髪に中学校の制服を着た女の子でした。
 しかし、一番の特徴は、彼女の持つ、吸い込まれるような紅の瞳です。
アルビノ、というのはセカンドインパクト以降、多いとまではいかないまでも数万人に一人ぐらいの確率で現れるようになったと聞きます。
 もっとも、実際に目にするのは初めてですが……。

「………」
「お嬢さん、カウンター席へどうぞ」
「なんになさいますか?」
「………」

 困りましたねえ、無反応とは…。このくらいの子は、こんなに反応が薄いものだったでしょうか。

「今日のおすすめはアールグレイですが、それでかまいませんか」
「……ええ、かまわないわ」

 どうも参りましたねえ。とりあえず、用意しましたが…。

「できましたよ」
「……ありがとう……でも、これは、頼んでないわ」
「初めてのお客さんに、こちらも、ね」

 そう言って私は、初めての小さなお客さんに、ミルフィーユを差し出した。

「……こんな食べ物はじめて……」
「気に入ってもらえてよかった。ミルフィーユはうちの自慢の一品なのですよ」
「……みるふぃーゆ?」
「はい、ミルフィーユです。わたしはこの生地の一枚一枚に、おいしくなってほしい、おいしく食べていただきたいという想いをこめて、いつも作っているのです」
「……たしかに、おいしい」
「ありがとうございます。」
「私はこの店でお客様たちと一緒に過ごす時間は、短いものですが、一人ひとりとの大切な絆だと思っているのです」
「――“絆”――」
「そう“絆”です」
「………」

 この後彼女は、じっとカップを見つめて何かを考えているようでした。
少し説教くさかったでしょうか。

幸い、杞憂だったようです。しばらく経つと、ゆっくりと噛みしめるようにして味わいながら、残さず食べてくれださいました。そして、すっと立ち上がると

「……お会計、お願いします」

そう、私におっしゃりました。

「350円です」

 私が代金を伝えると彼女は、目を丸くして言いました。

「それは、紅茶の分……」
「ミルフィーユは、サービスです。もしお気に召したのなら、何度も何度もいらっしゃって、今日の分もチャラになるくらい、私を儲けさせてくださいよ」

 彼女は、しばらく逡巡した後、携帯の呼び出しに気づき、急いで代金を置いて出て行きました。

――カランカラン――
「ありがとうございました」

 今日は、静かで、ゆっくりしたものでしたが、少しだけいつもより楽しい時を過ごすことができました。


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