連作SS:ミルフィーユCIF



                     嵐雲の下で〜IF〜

                                             Written by史燕


どうも、最近客足がめっきり遠のいて困っているマスターです。
そもそも、客の入りが悪いとはいえ、なぜこうまでいらっしゃらないないのか……。
いや、仕方がないのはわかっているのですよ?
 ここ数カ月、A-17なんて物騒なものも発令されて、他にも原因不明の停電は起こりましたし、さらにはジオフロントまで使徒(ばけもの)が侵入したっていうじゃありませんか。
そのせいか、ここ一カ月は特に、時折テイクアウトされる方がいらっしゃる以外は――常連さんがみなさんNERV職員だからですが――とんと、お客様が寄り付きません。
綾波さんもここしばらく顔を出していらっしゃりませんねぇ
――ピカッ、ゴロゴロゴロゴロ――
おやまあ、本格的に降り出して、おまけに雷とは今日はこのあたりで店じまいですかねえ。

――カランカラン――
「おや、いらっしゃいませ」
「お久しぶりですねえ」
「………」

今日はほぼ一カ月ぶりに綾波さんがいらっしゃいました。
といっても、様子がおかしいようですが。

「……ブツブツ…碇君帰ってきて…ブツブツ…そこにいてはだめ……」

どうなさったのでしょうか。
「もしもし、綾波さん? 綾波さん!」
ダメですね、まったく反応がありません。
今までも落ち込んでいらっしゃったことはありましたがここまで焦燥してらっしゃるのは初めてです。
目の焦点が合っていないというか、心ここにあらずといった様相です。
一体何があったのでしょうか。

「綾波さん、しっかりしてください、綾波さん」
――ガシッ、ユサユサ――
「綾波さん!!」

私は、彼女の肩をつかみながら大声で呼びかけました。

「えっ…あ、と…マスター?」
「ええ、マスターですよ。綾波さん」
「……私どうしてここに……」
「ハッ、碇君を助けないと……」
「綾波さん、ちょっと待って!! 落ち着いてください」
「ダメ、碇君……そこにいてはダメ」
――パシィィ―ン――
「さあ、これで気が付きましたか」

本当はこんな手段は取りたくなかったのですが、致し方ありません。
許されませんよね、女の子に手を上げるなんて……。
しかし、あのままだと危なかったのは事実です。
とりあえず、今日の分はおごりですね。

「とりあえず、これを飲んで落ちついてください」
――ゴクゴク――

精神安定作用のある、ハーブティーです。
本当はゆっくり香りを楽しむものなのですが……。
空になったカップに、2杯目を注ぎます。

「……それでいったいどうなさったのですか。私に言って御覧なさいまし」

私がそういうと、ポツリ、ポツリと、まるで涙が流れていくかのように、一言一言、ゆっくり話し始めてくださいました。

「私何もできなかったの」
「……碇君が、第十二使徒に取り込まれたとき、『助けて(アスカ)綾波、(ミサトさん)』って呼んでいたのに……」
「……鈴原君の時も、早く私が参号機を止めていれば、碇君が苦しまずに済んだのに……」
「――何より、第十四使徒――」
「……私が倒していれば、碇君はいなくならなかったのに……」

「…………私が死んでも、代わりはいるもの………」

こういう場合、何と声をかけるべきなのでしょうか。
ただ、彼がいなくなったということだけはわかりました。
そして、目の前の少女の心は、私が思っていた以上に、繊細で、脆いものなのだということも……。

「綾波さん、正直に申しますと、部外者の私には何があったのかさっぱりわかりません。きっと、どうしようもない、つらいこと、哀しいことがあったのでしょう」
「しかしそれでも、あえて言わせていただきます」
「あなたは、本当にこのままでいいのですか」
「……今のままでは、取り返しのつかないことが、もっと取り返しのつかないことに繋がりますよ」
「何もできなかった、つらさ、もどかしさ、後悔があなたを苛んでいるのはわかります」
「でも、そこで立ち止まったら何にもならないじゃあないですか」
「本当に大事なものは、もうあなたの手許には戻ってこないのですか?」
「今あきらめたら、帰ってくるものも帰ってきませんよ」

「……でも……どうすればいいのかわからない……」

「……もし、本当にただ待つしかないのだとしても……」
「祈りなさい、望みなさい、そして、守り続けてください、彼の居場所を……」
「そして、彼に心の底から『おかえりなさい』と言ってあげてください」
「……安心してください、綾波さん」
「あなたはこの世で唯一無二の存在である、”綾波レイ”なのですから」

「………」

――カランカラン――
「ありがとうございました。またいらしてください。」
がんばってくださいよ、綾波さん。


 久々に来店された、技術部の皆さんから立ち聞きし、サードチルドレンが無事、サルベージされたことを知ったのは、それから、わずか二日後のことでした。




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