想い人〜Cパート〜

                                             Written by 史燕



翌朝のことである。
席に着いた後、まだシンジが登校していないことを確認してから、ケンスケはトウジに切り出した。

「なあトウジ」
「なんや?」
「昨日の綾波の話の続きなんだけどさ」
「笑わへん話か?」
「そうそう、その話」
「笑わないのはそうなんだけどさ。時々淋しそうにしてるんだ」
「淋しそうに? 綾波が?」
「そうなんだよ。しかもそれが決まってシンジを見てるときなんだよな〜」
「せやかて、最近シンジはあんまし綾波と絡んどらんし、むしろ避けとるように見えるで?」

この問いに対して、ケンスケは周囲に聞こえないよう、注意深くあたりを警戒しながら、小声で切り出した。

「トウジ、実はあいつも綾波を見てる」

「!? ほんまかいな?」
トウジもケンスケに合わせて小声での反応であるが、意外な事実に驚きを隠せないようだった。

「ほんとほんと」
「そうやとしたら、難儀なやっちゃな〜あの二人」
「ま、ほっとくに限るよ」

二人がそうやって、しみじみと厄介な友人たちに思いを馳せていた時だった。

「どうしたの、二人とも?」
「「!!」」

教室に入ってきたシンジが二人に声をかけた。

「し、シンジか、おはよう」
「うん、おはよう」
「いや〜、今日の課題が大変だったな。って話」
「そやそや、ワシらセンセと違って頭悪いさかい」
「そうなんだ」
「「そうそう」」
「ふーん」

なんとか誤魔化せそうだと、二人そろって内心冷や汗をかいていた。

――キーンコーンカーンコーン――

「あっ、先生が来たね」
「それじゃ、またな」

((ふう、チャイムに救われた))

かくて今日も碇シンジにとっての日常が始まる。


放課後、シンジは体育倉庫裏に来ていた。
事の始まりは登校時の下駄箱においてあった、封筒である。

「果たし状」と書いてあるのを見たシンジは(またか……)という気分になった。

(ここ最近多いんだよな)

送り主の名前は「綾波レイ親衛隊」とある。

「果たし状
碇シンジ、貴様の昨今の言動、誠に許しがたいものである。
したがって、釈明を聞き、遺恨なきよう決着をつけたい。
よって、本日放課後、体育倉庫裏に来られたし。
綾波レイ親衛隊一同」
             
釈明といいながら戦うことが前提である。

綾波レイ親衛隊。彼らはシンジたちが入学してからできた全校規模の組織である。
彼らは
「綾波さんを無視するとは何事か!!」
「綾波さんに話しかけてもらえるだけでもうらやましいのに」
「碇! お前に天誅を下す」
などなどの理由(難癖ともいう)を掲げてシンジを呼び出す連中である。

(いや、もうほっといてほしいんだけど)

正直に言えば、シンジは別に彼らを止めるつもりはない。
レイとお近づきになりたいのであれば、別に止めないし、勝手にやってくれれば邪魔する気など毛頭ないのだ。

しかしなぜか定期的にシンジにちょっかいをかけてくるので、すでにうんざりしているのである。

(殴られるの、痛いんだけどなあ)

 シンジ自身は、ケンカが苦手である。
正確に言えば、戦闘訓練を受けているので受け身を取ったり、急所を突いたりと普通の人間には余裕で勝てる技能はあるのだが、自分から手は出さないし、こういった連中には気が済むまで殴らせるようにしている。
やっつけた方が静かになるのではないか、とも思わないでもないが。

(実際、あざができるだけで全然痛くないから、まっいっか)

なのである。

さらに付け加えるなら、叩きのめしたら叩きのめしたで噂になって面倒事が増えるのが目に見えているのも、シンジがおとなしくやられてあげている理由の一つである。

(消毒薬とばんそうこうはまだあったよな……)

としか思わないのだ。

かくして、トウジとケンスケを先に帰し、現在シンジは体育倉庫裏にいる。

「碇、どうやら逃げずにやってきたようだな」
「はあ、僕には君たちに恨まれるようなことに心当たりは何もないんだけど?」

(まあ、大体の思考回路は理解しているよ、いつも通り逆恨みなんだろうけど)

「うるさい、俺たちは何回挨拶をしても綾波さんからの挨拶はないというのに、碇には毎日必ず綾波さんの方から挨拶をしている」
「ねえ、それって君たちがただ羨ましがっているだけで僕に原因はないんじゃ……」
「うるさい!!それがうらやましいのも確かだが、それはお前が同中だということもあるし、綾波さんがやっていることだから、涙を呑んで多めに見てやろうと思う」

「しか〜し」

「それに対するお前の態度はどうだ?」
「一度や二度なら気づかなかったというのもわかる。が、入学してこの方お前がずっと綾波さんを無視し続けていることは調べがついている」
「ましてや、言葉を交わせば辛く当たり、綾波さんが深く傷ついているのを歯牙にもかけないその態度」
「誠に許し難し」
「よって綾波レイ親衛隊の名において、ここに天誅を下す」

「碇、何か言いたいことはあるか?」

「うん、全部事実だ。反論できない……」

(そもそもする気もないけど)

「ただ、別に僕が彼女にどんな態度を取ろうと君たちには関係ないだろう?」
「それこそ、きみたち親衛隊のメンバーが彼女に優しくすればいいだけじゃないか?」
「これ以上僕に関わらないでくれないか? というより、これは提案だけど、そんな暇があれば愛しい『綾波さん』をデートにでも誘えばいいんじゃないか?」

シンジは、少しおどけた調子で、やや皮肉気に嗤いながら言った。

(さ〜これで煙に撒けたはず)

そうシンジは思った。事実、親衛隊として自分を取り囲んでいるメンバーの中には「その発想はなかった」という思いが顔に出ている。

(やれやれ、今日は早く帰れそうだ)

というシンジの認識は甘かったようだ。

「……碇、それじゃダメなんだ」

先程からしゃべっているリーダー格の男が言った。

「?」
「それで済むような問題なら、俺たちはこんなことはしない」
「それってどういう――」

「綾波さんはお前にしか興味ないんだ」

リーダーの言葉を継ぎ、他の隊員たちも次々に言い募る。

「そうだ、何度お前に袖にされてもあきらめない綾波さんの健気なこと」
「他の女子とは普通に話すお前を見ている愁いを帯びた瞳」
「なにより、どんなに冷たくされてもお前が反応を返してくれた時の彼女の喜びようときたら」

「「「故に碇、俺たちはお前に天誅を下す、今日、ここで!!」」」

「そこでどうしてそういう結論に至るんだよ」

と、悲痛に叫びながらも、シンジは大人しく殴られていた。
彼らの言うことは正しい、全面的に正しい。

(でも、それじゃダメなんだ)

10分後、ボロボロになりながらも、致命傷を避けたシンジは、帰宅しようとしていた。
親衛隊も容赦なかったのだが、そこはそれ、むかしとった杵柄というやつである。

そんな彼を、校門で待ち構えていた人物がいた。

中学時代からの友人である、トウジ・ケンスケ・ヒカリの三人である。

「また、手ひどくやられたもんだね〜」
「シンジ、男ならちゃ〜んとどつき返したらんかい」
「まあまあ、それで、碇君。どうしてこんなことになったの?」
「といっても、お前とあいつらの会話は聞いていたんだけどね」
「シンジ、お前がなんも考えんと綾波にあんな態度取るやつやないんはワシらもわかっとる」
「でも、どうしてなのか私たちにも教えてくれないの? 碇君自身も綾波さんのことを気にしてはいるみたいだけど?」


「……三人とも、心配してくれてありがとう」
「でも、これは君たちにも話せない、僕自身の問題なんだ」

そう言って、シンジは残る三人を置いて、走って帰宅した。
まるで、それ以上は語れないということを、態度で示したかのように……



その夜、ヒカリはある人物と電話をしていた。

「ええ、ええ、そうなのよ。ほんとに、わたしもうどうしたらいいのか……」
「そう、あの二人、見ているだけで痛々しくて」
「……えっ、ほんとうなの、それ」
「うん、それじゃ今度の金曜日、必ず駅まで迎えに行くわ」
「それじゃまたね」





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