零と壱の物語〜Cパート〜

                Written by史燕


チクタク チクタク 歯車まわる
チクタク チクタク 零の物語

彼女は紅い海で想起する。
かつてあったあの日々のことを。

それは、初号機に溶けた碇シンジがサルベージされてすぐのこと。

「たくさん、心配をかけちゃったみたいだね」
「いいの。碇君が無事で、それだけで」
「そう言ってくれると、とてもうれしいよ」

笑いかける少年に、小さくうなずく彼女。

その笑顔がまた見たくて。
その笑顔を翳らせたくなくて。

だから少女は世界に祈る。

碇君が悲しまずに済む世界へ。
碇君が傷つかない世界へ。

だから世界は少女に応える。

人と人が少しだけ優しくなるように。
彼と彼の周りが幸せに、穏やかに過ごせるように。

そこに少女の姿はなかったとしても。

「お礼、なにかしなくちゃね」
「そんなの、必要ない」
「ぼくの気が済まないよ」

少年は優しく少女に問うた。
それだけで、少女には十分だったというのに。
だから少女は、少年の意を汲んでひとつだけお願いごとを口にした。
小さな小さな、簡単な願いを。

「それじゃあ、あれを」

彼女が指さすのは金色と銀色の懐中時計。
二つでセット、共に振り子が音を鳴らす。
チクタク、チクタク、歯車が回る。
同じ軌道を、同じ軌跡を。
それは、共に歩めぬ彼女の、せめての想い。
少年の隣を歩けずとも、せめて同じ時を刻みたい。

「おそろい、だね」
「ええ」

それぞれ、時計の蓋には少年と少女の名前を刻む。
金の時計は少年の手に、銀の時計は少女の胸に。
仮に彼と永遠に分かたれてしまっても、彼の名前を自分の胸に。
仮に忘れ去られてしまっても、彼の手元に自分の名前を。

――IKARI
――AYANAMI
金の時計に姓を刻む。

――SHINJI
――REI
銀の時計に名を刻む。

時計に刻まれた二つの名前。
二つ揃って、二人の名前が完成する。
これでいい、これならいい。
もしも彼が他のだれかと人生を歩むことになっても。
もしも彼がこの時計のことを忘却の海へと沈めてしまっても。
自分だけは覚えている。
綾波レイは、覚えている。
零の自分が壱になったこの日々を。
零だった自分に、壱をくれた少年のことを。

spini anim praya 少女の祈る声
spini anim praya 振り子と鳴り響く


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