あなたを思えば
第一話
Written by史燕
綾波レイはある病室の前で立ちすくんでいた。
彼女自身もまだ包帯が取れない身であるが、もちろん当人の病室ではない。
「碇シンジ」と書かれた表札を、そっと指でなぞった。
この名前を、彼女は先ほど初めて耳にした。
その名と供に、彼に関する様々な情報も知らされることとなった。
サードチルドレン。
エヴァンゲリオン初号機操縦者。
エヴァンゲリオンによる史上初の使徒殲滅。
そして何より、NERV総司令碇ゲンドウの息子である。
これが、彼女に少年への関心を抱かせた最たる理由であった。
(あの人の、息子)
名前自体は知らなかったものの、初号機のケイジで一度対面している。
尤もそれは、負傷で軋みを挙げる肉体に無理を押した、朦朧とする意識の中でのことではあったが。
(入ってみても、いいかしら)
逡巡する彼女の中では、ほぼ面識はないと言うに等しい少年の元に顔を出すべきか否かという良識が働いていた。
命令があればそれを理由に使えるものの、特に誰かに何かを言われたわけではないのだ。
この事自体、普段はNERVのカリキュラムにしたがった最低限度の活動しかしない彼女にしてみれば、尋常ではない行動だった。
(でも、気になる)
彼女の右手がドアを開けようとしては引っ込むこと三度、その手はようやく仕事を全うしていた。
「寝ているのね」
室内にはベッドと椅子が一つ。
身を臥す少年には点滴の一つも繋がっていない。
むしろ、レイの方が余程少年よりも重傷と言っていい。
静かに寝息を立てる姿を見て、なぜかはわからないが肩にこもった力が抜けていくような感覚がした。
身体的に異常なし、と知らされてはいたが、実際にその姿を見て安堵したからかもしれない。
「安心、なぜ?」
ふと、レイは自身の感覚を掴みかねた。
「安心したということは、心配していたの?」
ほぼ初対面に近い少年を、自分が。
義務として籍を置いただけのクラスメートよりも、関わりは薄いというのに?
「碇司令の、息子だから?」
そうではないと理解していたが、他に理由を見つけることは出来なかった。
そんな彼女の様子を他所に、少年はゆっくりと胸を上下させている。
ずっと彼をここで見ていることは出来るが、その必要が見当たらない。
「サードチルドレン、碇シンジ」
その名前を小さく口にして、彼女は病室を後にした。
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