零と壱の物語〜Bパート〜

                Written by史燕


チクタク チクタク 歯車軋む
チクタク チクタク 遠い日の記憶

シンジは鞄に放り込んだそれを取り出す。
いつから持っているのか、覚えていない。
何の変哲も無い、ただの懐中時計。
少しお金を出せばもっといい物が買えるだろうそれを、なぜかずっと使い続けている。
時計の蓋を開けば「IKARI」と「AYANAMI」の文字。
あやなみ、などという人物の記憶など無い。
しかし、彼はそれがとても愛おしい名前のように感じた。
なぜだかわからない、男か女かもわからない。

それでも、欠けてしまったなにかを埋めるような。
それでも、決して無くしてはいけないような。

正体のわからない、その誰かが気になってしょうがない。
熱く燃えるような情熱ではなく、じんわりと自分の奥底で広がる渇望。

それがなにか知りたい、わかりたい。
恋なのか愛なのか、憧憬なのか焦燥なのか。

「あやなみ」と試みにつぶやいてみる。
「いかりくん」と、姿の見えぬだれかの声が耳の奥で響いた。
名も知らぬそのだれかの声。
いや、名前は知っている、「あやなみ」だ。「あやなみ」という女の子だ。
姿無き声、それでも気になる、だから気になる。

世間の人が憧れる画面の向こうのアイドルではなく。
クラスメートが噂する学校一の美人でもなく。

姿無き声、影さえつかめぬ彼女の声に、どうしようもなく焦がれている。
会ってみたら、幻滅するのかもしれない。
これはぼくの、思春期特有のただの妄想なのかもしれない。

それでもぼくは、きみに会いたい。
それでもぼくは、きみと話がしたい。

spini anim praya ささやくだれかの声
spini anim praya 響く彼女のことば



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