あなたを思えば

                     第十話

                                         Written by史燕




定例のシンクロテストの後、碇君に話しかけられた。
「父さんと、話をしたんだ」
「碇司令と?」
「うん。この間、綾波が言ってくれたように『そのまま』思ってることを」
「そう、そうなの」
たしかに以前、そういう話をした。
碇君が碇司令とお墓で会ったのもVTOLの中から見た。
内容が気にならなかったわけではないけど、話題にしていいこととも思えなかった。
「母さんの写真はないのか訊いたら『全て心の中だ』って」
「『私の背を追うな』とも言われた。この間褒められて嬉しかったけど、たしかになんだか違うようにも思ったんだ」
「父さんに褒められたくないわけじゃない。だけど、この間綾波の模擬体が使徒に侵食されたとき『綾波が無事でよかった』って思ったんだ」
「使徒を倒すより、綾波が無事なことが嬉しかった」
「父さんによると『親を必要とするのは赤ん坊だけ』なんだって。だから『自分の足で立って歩け』と」
「変な話をしちゃってごめん。綾波に聞いてほしかったんだ。いろいろと相談に乗ってもらったし」
「迷惑、だったかな?」
ずっと話し続けていた感じ碇君が止まった。
そして探るような視線。
そんなに気にしないでいいのに。
「よかったわね。お父さんと話せて」
心からそう思った。
碇司令は相変わらずだけど、碇君がそれで少しでも前に進めたようだから。
「うん。ありがとう」
私の声に安心したのか、パッと表情が明るくなった。
だから私も気になったことを。
「セカンドにはこの話はしたの?」
「してないけど。アスカに何か関係あるかな」
「いえ、いいの。単純に、碇君が誰に話したのか気になっただけ」
「綾波にしかしてないし、する予定もないけど」
「そう、よかった」
「何かあったの?」
「ううん。気にしないで。このことは、私と碇君の秘密ね」
「そうだね。改めて考えると、ちょっと恥ずかしいし」

ごめんなさい、碇君。
少しだけ、いえ、とても嬉しかったの。
この話を私だけにしてくれたこと。
どうしてかはわからないけれど。
もし、もしもの話だけど。
人は自分の足で歩くのだとしても誰かと一緒に隣を歩いていけるのなら。
碇君の隣を歩いていくのが、私だったなら。
ごめんなさい。
とても口には出せないけれど、そんなことを思ってしまったの。




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