あなたを思えば

                     第十一話

                                         Written by史燕




セカンドのことが許せない。
頬の一回か二回、引っ叩こうかと思った。
でも、そんなことをしても、碇君は帰ってこない。

最近、碇君の調子が良かった。
心配の種が無くなったからかもしれない。
とうとうシンクロ率はセカンドを上回るくらいになっていた。
だからこそ、追い抜かれたセカンドはプライドを傷つけられたのが、碇君に嫌味を言うようになった。
エヴァは自己顕示の道具ではないのに。
それがテストのときならよかった。
あくまで実害がないから。
ただ、今日は実際に使徒が出現したのに、セカンドの挑発は止まなかった。
結果、碇君は……。

碇君も悪いところはあった。
「戦いは男の仕事」なんて言ってしまうし。
売り言葉に買い言葉。
正体不明の相手を無闇に刺激してしまった。

そもそもは、パターンオレンジを示す使徒らしき目標の様子を見るために、誰かが先行するという話だった。
それをセカンドが「はーい、先生。先鋒はシンジ君がいいと思いまーす」と言って、煽るだけ煽った果てに「それともシンちゃん、自信無いのかなぁ」とまで。
碇君が断れば、必然的に自分が任せられるからこそなのでしょうけど。
セカンドの予想に反して初号機が先行。
私たちが追いつく前に威嚇射撃を行ってしまった結果、使徒の中に取り込まれてしまった。
突如、初号機直下に本体を出現させた使徒は、機体を丸々そのままディラックの海と化した自身の中に飲み込んだ。
救出に向かった弐号機も同様に飲み込まれそうになり、救出を諦めて撤退することになった。
「待って。まだ碇君と初号機が」
そんな声は黙殺された。

待機中の控室でセカンドが「やれやれだわ。独断専行、作戦無視。まったく、自業自得もいいとこね。昨日のテストでちょっといい結果が出たからって、とんだお調子もんだわ」と言っていたのには「あなたが取り込まれたらよかったのに」と言いそうになった。
少なからず元凶となった自覚はあるようだけど、相手をする時間さえもったいなく思った。
代わりに出した「人に褒められるためにエヴァに乗ってるの?」という問いに「違うわ。他人じゃない。自分で自分を褒めてあげたいからよ」と言っていたから、腹が立つんじゃなくてもう、かわいそうな人だと思う。

それから発表された作戦は、現存する全てのN2爆雷を一斉に使用しての初号機の強制サルベージ。
そんなとんでもないものだった。
使徒のA.T.フィールドで構成された空間そのものに干渉しないといけない以上、使用できる最大の火力を用意しなければならないという説明だった。
パイロットの生死は考慮すらしない。
使徒より先に初号機が破壊されてしまうのが自明だからだ。
この方法でさえ、使徒に有効かはわからない。
A.T.フィールドが簡単に中和可能であれば、初号機がすでに自力で脱出していると想定される。
このため刹那の瞬間に爆雷を起爆しても、使徒は健在という事態さえあり得るのだ。
私たちは、せめて爆雷起爆後に碇君が無事なことを祈るしかなかった。

「……わるかったわね」
作戦の説明が終わり、しばらくしてセカンドがポツリと言った。
そしてさらに言葉が続いた。
「言い過ぎたわ。悔しかったのよ、シンジに負けるのが。でも、こんなことになるなんて思わなかった。こんな、こんな見殺しにするようなことになるなんて」
「今更言っても、どうしようもないわ」
「でも……」
「私は信じてるもの。碇君が必ず帰ってくるって」
アスカにそれだけ伝えると、私はその場を去った。
これ以上話を続けると、自分がどうしてしまうかわからなかったから。
「……アンタもそういうところがあったのね」

****

いよいよ爆雷の準備が整い始めたときに、突然使徒に変化が訪れた。
新たな攻撃手段を見せるのかと緊張が走る発令所をよそに、使徒はその姿を歪め、内側から引き裂かれたような亀裂が走ってすぐに破裂するようにバラバラになった。
中からは使徒の血のような体液に塗れた初号機が現れ、咆哮した。
初号機の内部電源は生命維持モードにしても切れている時間であるため、赤木博士はしきりに原因を調べていた。

ただ、それよりも碇君が生きていた。
最初は意識がなかったけどすぐに目を覚ました。
これだけでもう充分だった。




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