あなたを思えば
第十二話
Written by史燕
フォースチルドレンに鈴原君が選ばれた。
四号機および米第一支部の喪失をきっかけに、参号機が本部へ移管されたのに合わせて。
碇君は、それを知らないみたいだったけど。
私も、確認さえしなかった。
いずれわかることだったし、気にも留めていなかったから。
ただ、彼が戦場に立って大丈夫か。
鈴原君が、というより、彼の友人である碇君が。
「お前が心配しとんのはシンジや」
そう言われるまで、自覚はなかった。
葛城三佐も、碇君に切り出せずにいたらしい。
セカンドは、話題にすることさえ忌み嫌っていた。
その結果、最悪の事態を引き起こした。
「松代で事故!?」
「ええ、使徒かもしれない」
第一種戦闘配備で招集された段階では、詳細はわからなかった。
防衛のために出撃した私たちが、野辺山の稜線を越えて夕日を背に現れる黒いエヴァと対峙するまでは。
「これが、使徒ですか?」
「そうだ、目標だ」
戸惑う碇君に対し、司令は淡々と事実を伝えた。
「やっぱり、人が乗ってるのかな。同い年の」
躊躇する碇君と、彼の前に戦端を開こうとする私とセカンド。
もし彼が乗っているなら、碇君には辛すぎる。
でも、使徒は待ってはくれなかった。
次の瞬間にはセカンドの悲鳴とノイズ音。続いて「弐号機、完全に沈黙」という伊吹二尉の声。
まさに一瞬の出来事だった。
「レイ、近接戦闘は避け、目標を足止めしろ」
碇司令の指示に「了解」と答えるものの、参号機はライフルの弾丸を意に介さず接近してきた。
それでも油断なく目標を注視しながら少しずつ後退して距離を保とうとしていたが、通常のエヴァでは不可能な跳躍により、気が付けば零号機は組み伏せられてしまった。
「きゃあっ。ううっ」
続いて、左腕の内側を少しずつ食い破られるような激痛を感じた。
「使徒、零号機左腕に侵入。神経節が侵されていきます」
「左腕切断急げ」
「しかし、神経接続を解除しないと」
「切断だ!」
「きゃああああっ」
うっすらと聞こえた通信越しのやりとりの後、左肩を断ち切られるような衝撃を感じた。
「痛い」そう感じるより先に、意識を失いそうになる。
それでも気絶しないように歯を食いしばった。
「零号機中破、パイロットは負傷」
ただ、零号機自体はもう戦闘に耐えられそうにない。
「碇君、ごめんなさい」
初号機に向かって進む参号機は動物的な動きをしていて、歪な印象を受けた。
四肢を使って飛びかかる参号機をなんとか避ける碇君だけど、その動きには戸惑いが透けて見える。
関節からするとあり得ない方向に腕を曲げたり、通常の倍の長さに伸ばしたりする参号機を見て、改めてエヴァではなく使徒なのだとわかった。
とうとう参号機に捕まって両腕で首を絞められ、なんとか抜け出そうともがく初号機。
それでもナイフを装備したり、直接的な攻撃をしたりは頑なにしようとしなかった。
「シンジ、なぜ戦わない?」
そう問いかける碇司令に「だって人が乗ってるんだよ」と碇君は戦闘そのものを拒絶している。
「お前が死ぬぞ」
「いいよ。人を殺すよりはいい」
この言葉が決定打だった。
「パイロットと初号機のシンクロを全面カット。回路をダミープラグに切り替えろ」
発令所では一部懸念の声があがったけど、そのまま碇司令の指示によってダミープラグは起動された。
ダミーによって咆哮を上げる初号機は参号機に負けないくらい動物的な動きをして、以前見た暴走状態と同じように見えた。
事実、伊吹二尉によればダミーは完全に発令所の制御を離れており、起動後はダミーが初号機を動かすのをただ見守っているだけしかできなかったらしい。
そこからはダミープラグが操縦する初号機による蹂躙が始まった。
禍々しい、まるで悪魔のような姿だった。
その裏で、碇君が必死に「止まれ、止まれ、止まれ」そう叫んでいるのが悲痛だった。
胸が苦しかった。
心が痛かった。
碇君の苦しい気持ちが痛いほど伝わってきたから。
そんな碇君のためになにもしてあげられなかったから。
参号機に鈴原君が乗っていることを知っていたからなおさらに。
「あれも、私なのね」
ダミーの素体が自分自身の身体であり、データにも自分とのシンクロデータが使われていることが、どうしようもなくつらかった。
見ていたくなかった。
でも、碇君から、初号機から目を背けることが出来なかった。
背けてはいけないような気がした。
次の瞬間ひときわ大きな碇君の絶叫が木霊した。
初号機が右手でエントリープラグを引きずり出し、握りしめたのだ。
「やめろ――っ」
碇君の叫びを意にも介さず、その手はプラグを握りつぶした。
次へ
前へ
書斎に戻る
トップページに戻る