あなたを思えば
第十三話
Written by史燕
鈴原君は生きていた。
左足は義足に鳴るようだけど、それでも死んでいなかった。
でも碇君にとってはダミーの件は到底許せるようなことではなかったようで、一度初号機に立てこもって本部を破壊しようとした。
結局は、L.C.L濃度を圧縮されたことで碇君は気絶し、プラグから強制排除された。
ベッドで様子を見ていると、数時間後に碇君は目を覚ました。
「どうしてあんなことしたの?」
「許せなかったんだ。僕を裏切った父さんが」
その喉奥を潰したような低い声に対して、返す言葉が見つからなかった。
****
碇君は退院後、NERVを出ていくことになった。
サードチルドレンとしての登録自体、抹消されるらしい。
「もう、乗りたくないんだ」
そう言われてしまっては、誰も引き留めたりできなかった。
別れ際に、とても悲しい目をしていた。
だから、碇君が乗らなくていいなら、その方がいいのだと思った。
私とセカンドでどうにかできるかは、不安がないと言えば嘘になる。
ダミープラグがあるとはいえ、意思疎通ができない僚機なんて、連携や協力ができるはずがない。
「だめ、せっかく碇君が自由になったのだもの」
争いなんて全く向いていない人だから、エヴァになんて乗らないほうがいいのだ。
それでも“さようなら”だけは言わなかった。
****
葛城三佐が碇君を送りすために車を出してしばらくして、非常警報が発令された。
碇君、無事シェルターに入れたかしら。
零号機はまだ左腕が修復中、私は初号機で出ることになった。
ただ、いざ起動という段階になって、初号機とのシンクロがうまくいかなくなった。
「そう、だめなのね」
初号機は碇君以外を受け入れない。
「やむを得ん。レイは零号機、初号機はダミーに切り替えろ」
碇司令の声に焦りが見える。
弐号機が先行して出撃しているものの各個撃破の危険があるし、何より初号機が起動できないというのは想定外だったから。
参号機の一件から起動実験をする時間もなかった。
零号機の起動準備中に、ジオフロントに侵入した使徒と弐号機が会敵した。
A.T.フィールドを中和した上で、ありったけの銃火器を使用しても全く効果がなく、接近戦を挑む前に起動停止に追い込まれた。
(そうだとすると、遠距離戦は無理ね)
そしてシンクロ率が碇君やセカンドとは劣ることもあって、近接戦闘は少し苦手だ。
(殲滅可能性があるのはこれしかない)
起動後にある物を手にして射出ゲートに向かった。
ジオフロントで最初に目に入ったのは敗退した弐号機だった。
両腕と首から上が失われており、止めどなく血液が流れ落ちていた。
次に使徒を確認した。
悠然と浮遊しながら地下への侵入を目指す様子から、不意を打てるかは不明でも今すぐ急襲すれば先手は取れそうだった。
「A.T.フィールド、全開」
脇に抱えたN2爆雷を使徒に直接ぶつけて起爆する。これ以外に有効な手段が浮かばなかった。
過去の使徒でも体表面の数十%を破壊している。
あわよくばコアごと、ダメでも行動不能にはできるはず。
そして、使徒のA.T.フィールドをなんとか潜り抜けてコアの目の前で起爆した瞬間――
絶望が待っていた。
理解はできる。
コアを直前で外殻で保護したのが見えた。
それでも、皮膚の一部さえ欠損していないなんて。
使徒が動揺した間隙を見逃すはずもなく、いえ、早すぎて見えていても反応できなかったのだけど。
使徒の触腕によって私も敗退してしまった。
初号機はまだ起動していない。
逆に使徒は光線で外壁を破壊し、とうとうセントラルドグマへと侵攻を始めた。
迂闊に外に出られない以上、なんとか生きているモニターでその様子を見ていることしかできない。
そうやって使徒が地下に潜行してから10分にも満たないうちに、今度は射出口から初号機が飛び出してきた。
シャフトに押さえつけた使徒と一緒に。
「碇君!!」
思わず声がでた。
その動きは紛れもなく碇君のものだったから。
――どうして戻ってきたの、平和に生きてほしかったのに
――ごめんなさい、碇君をまた乗せてしまって
――ありがとう、また戻ってきてくれて
色々な想いがないまぜになって溢れそうだった。
戦闘は互角どころか、碇君が優勢でさえあった。
初めてこの使徒は近接戦を挑まれたとはいえ、触腕をかい潜り、光線を回避する初号機は今までよりも、ダミーよりも優れた動きをしていた。
でも、それも長くは続かなかった。
内部電源による活動限界を持つか、S2機関による無限のエネルギーを有するか。
使徒とエヴァを隔てるその一点が、今は何よりも重かった。
「動け、動けよ」
碇君の声が回線から聞こえてくる。
だけど、もう充分よ碇君。
あなたはまた立ってくれた。戦ってくれたのだもの。
エヴァ全機敗退、つまり人類そのものが使徒に負けたのだから。
それでも碇君はよしとしなかった。
ずっと願いを叫び続けた。
声が枯れるまで、悲痛なほどに。
「動け、ここで動かなきゃ何にもならないんだ」と。
初号機が彼の願いを聞き入れたのか、理論上動くはずのない初号機が再起動を果たした。
暴走状態ではあったのだけど。
それからは文字通り圧倒的だった。
あれほど強固だった使徒のA.T.フィールドと外皮はまるで紙切れのようだった。
初号機は使徒の身体を捕食して自己修復まで行った。
最終的には無限機関であり、使徒にあってエヴァに存しないS2機関をコアごと取り込まれ、使徒は沈黙した。
それからしばらく初号機は暴走を続け、ひとしきり設備を破壊し、本部施設を壊滅させた後に活動を停止した。
その様子に理性的な部分は見られなかったが、何かに対する怒りを顕にしているようではあった。
何かではなく、それはたぶん私達に対してだと思う。
――そして碇君は、初号機から還ってこなかった。
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