あなたを思えば
第十四話
Written by史燕
碇君が初号機の中に融けてしまった。
もうこちらに還りたくはないのかもしれない。
シンクロ率400%。つまり、初号機へは碇君の意思が理論上で想定されていた以上に初号機に反映されていた状態。その結果があの暴走なのだとしたら、碇君にとって現実世界は辛すぎたのだと思う。
もう傷つくことのない、揺籠のようなエヴァの中の世界。
碇君にとっては初号機から還って来ない方がいいのかもしれない。
それでも私は、碇君に還ってきてほしい。
これは私のわがままでしかないのかもしれないけれど……。
「あなた、毎日ケイジに来てるの?」
ある日、赤木博士に呼び止められた。
碇君が消えてから3日目のことだった。
「ええ、本部に来てから集合時間までですけど」
「それって、空き時間はずっとってことじゃない」
「いけませんか?」
「別にいけないということはないけれど……」
赤木博士はそれきり、口をつぐんでしまった。
禁止されれば考える。
だけど、そうでないならばせめて、少しでも碇君のそばに居たかった。
もしも還って来たときに、すぐに見つけてあげられるように。
初号機に関して赤木博士がいろいろと作業をしているらしく、毎日のようにあれを試してこれをチェックしてと忙しくしているのは見ていてわかった。
だからこそ気になったのだと思う。
邪魔にはならないように気をつけていたけれど。
次の日、また赤木博士と初号機の前で会った。
今度は「今日も来たのね。無理はしないのよ」そう言われただけだった。
初号機が凍結されているからこそ、零号機と弐号機は万全の態勢で備えなければならない。
どちらも大破という言葉も生やさしいほどの損傷具合だったけれど、満身創痍でも使徒が来れば出撃しなければならない。
葛城三佐はそう言って私達の訓練は依然と変わらず実施していたけれど、赤木博士を始め技術部の職員は忙しいらしく、シンクロテストは伊吹二尉だけが臨席して短めに切り上げられるようになった。
作戦部の日向二尉は「これで使徒が襲来したら大丈夫なのか?」と心配していたけれど伊吹二尉の「現状人員は手一杯なんです。昨日零号機が修復できて、弐号機の修復がようやく終わりそうなんですからそれでなんとか回してください」という声にそれ以上の言及は避けたようだった。
「無敵のシンジ様がいないからって、みんなたるんでるんじゃない?」
そんな憎まれ口を叩くセカンドの頬をはたいてやりたくなった。
「何よ。勝手に抜けて、勝手に戻ってきて、あげく初号機から出てこない。じゃあアタシたちがなんとかするしかないでしょう」
「何も、何もできなかったじゃない。アンタも……アタシも……」
それは事実だっただけに、その言い草には納得がいかないものの、それ以降は彼女から視線を逸らした。
****
碇君が初号機の中に消えて30日後、赤木博士の指揮によるサルベージ作戦が決行されることになった。
エントリープラグの中で溶けてしまった碇君の自我、魂に信号を送り、現実世界へと還って来させようというものだ。
やってみなければわからない。
だからこそ、私はそれを見ていることしかできないのが歯がゆかった。
「サルベージ、スタート」
「了解、第1信号を送ります」
サルベージが始まり、順調に工程が処理されていく。
その最中に突然けたたましいアラートが鳴り響いた。
「だめです、自我境界がループ上に固定されています」
「シンジ君、還りたくないの?」
途端に慌ただしく対応する職員たち。その中で赤木博士が呟いた言葉が、確信を突いていた様な気がした。
結局そのまま実験は失敗。プラグ内からL.C.Lも排出されてしまい、碇君のサルベージは絶望的な状況になった。
「人一人助けられなくて何が科学よ」
そう言って膝を突く葛城三佐を見ながら、私は祈った。
(お願い、碇君。還って来て)
祈ることしか、出来なかった。
他の誰でも無い私自身が、碇君に還って来て欲しい。
機械を通じた接触ではなくて、私自身の想いが届いて欲しいから。
もしそれでも碇君が嫌だと言ったら、もうどうしようもないのだけれど。
――碇君、どこに居てはダメ。還って来て。
――私の元に、還って来て。
その祈りが届いたのか、全く関係が無いのかはわからないけれど。
大きな水音と共に、碇君は私達の前に帰還した。
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