あなたを思えば
第十五話
Written by史燕
碇君が還って来てからしばらく使徒の襲来はなかった。
NERV内ではいろいろと慌ただしいことがあったようだから、これを平穏なのだと行っていいのかはわからないけれど。
大きな変化と言えば、セカンドのシンクロ率が極端に落ち始めたことだ。
具体的な数値は見ていないけれど、わざわざ赤木博士や葛城三佐がシンクロテストで言及するほどだから、余程のことだと思う。
エヴァに心を開かなければシンクロは上手くいかない。
それは彼女には少し難しいのかもしれないけれど。
そのことを伝えたら「何よ、私がエヴァに乗れないのが、そんなに嬉しい? 心配しなくっても、使徒が攻めてきたら無敵のシンジ様がやっつけてくれるわよ」と怒らせてしまった。
うまく伝えられなかった。
どう話をしたらいいのかもわからない。
あまり彼女のことを知らないし、これまで興味もなかったから仕方がないのかもしれないけれど。
****
数日後、衛星軌道上に使徒が出現した。
真っ白の鳥のような姿をした使徒に対して、NERVは有効な攻撃手段を持たない。
そのため、すぐに零号機と弐号機が出撃することになった。
「零号機発進、超長距離射撃用意。弐号機、アスカは、バックアップとして発進準備」
葛城三佐の指令に従い、射出リフトへと零号機が向かう。
その横で、セカンドが三佐へと抗議の声を挙げた。
「バックアップ? 私が? 零号機の?」
自身がサブとして扱われたのが不服みたい。
「そうよ、後方に廻って」
「冗談じゃないわよ。エヴァ弐号機、発進します」
結果、命令を無視して先行してしまった。
独断専行に関しては碇君のときより余程酷い。
「アスカ!」
「いいわ、先行してやらせましょ」
赤木博士が非難するが、葛城三佐は追認したようだ。
私自身はどちらでも構わない。
だけど、視野狭窄に陥っている彼女の僚機として動くのは少なからず不安だった。
ポジトロンライフルを装備して、モニター越しに使徒の姿を捉える。
まだ射程外とはいえ、ゆっくりと近づいてくるその姿にどのような変化があるかわからず、緊張を強いられる。
「さっさとこっちにしなさいよ。じれったいわね」
セカンドの通信に内心同意する。
射程に入り次第彼女が引き金を引くことだろう。私はその後、観測結果に従い第二射を撃つつもりだ。
その次の瞬間突然まばゆい光が弐号機を照射した。
使徒から発生したものであることはわかるが、どういうものかがわからない。
機体に直接的な損傷こそ見られないものの、エヴァのA.T.フィールドも意味を為していないようだ。
「こんちくしょーっ」
セカンドが叫び声を上げてライフルの引き金を引く。
それでも射程外の使徒に対してはまるで効果が無い。
それでも半狂乱になって次々に打ち出されたライフルは、すぐに弾切れになってしまった。
救援に向かおうにも、使徒の攻撃の対策がない以上、うかつに近寄ることもできない。
「光線の分析は?」
「可視波長のエネルギー波です。A.T.フィールドに近いものですが、詳細は不明です」
「アスカは?」
「危険です、精神汚染、Yに突入しました」
発令所の声も、ひたすら悪化している現状をモニターするだけで精一杯のようだ。
「いやぁあああああ!! 私の、私の中に入ってこないで」
セカンドの悲痛な叫びが通信越しにプラグ内に響く。
それでもどうすることもできない。
「痛い。いたい。私の中にはいってこないで。これいじょうココロをおかさないで」
「心理グラフ限界」
「精神回路がズタズタにされている。これ以上の過負荷は危険過ぎるわ」
絶叫の裏で伊吹二尉と赤木博士がもうセカンドが持たないことを告げる。
「アスカ戻って」
「イヤよ」
それでも技術部の声を受けた葛城三佐の撤退命令をセカンドは拒否した。
「命令よ、アスカ、撤退しなさい!!」
「嫌、絶対にイヤ。今戻るなら、ここで死んだ方がマシだわ!!」
「アスカ……」
何が彼女をそうさせるのか理解できないけれど、私に出来ることをやるしかなかった。
ようやく射程圏内に使徒が入ったため、ポジトロンライフルによる狙撃の準備を進める。
強制収束機、作動。
薬室内、圧力最大。
最終安全装置、解除。全て、発射位置。
「いきます」
そう言って発射した陽電子は、使徒に直撃する前にA.T.フィールドによって霧散した。
「くっ」
「だめです。この遠距離でA.T.フィールドを貫くには、エネルギーがまるで足りません」
もう、打つ手がない。
発令所でも零号機の空輸しての狙撃やさらなる狙撃などの案が出されるも、とても有効な策とは思えない。
「僕が初号機で出ます!」
待機中だった碇君の声が聞こえた。
「いかん!目標はパイロットの精神を侵蝕するタイプだ」
「今、初号機を侵蝕される事態は、避けねばならん」
副司令と司令がすぐに却下した。
たしかに今初号機が出撃したとしても、装備できるのは同じ物しかなく有効打たり得ない。
「やられなきゃいいんでしょ」
「その保証はない」
碇君がなおも言い募るけど、司令は取り付く島もない。
「レイ、ドグマを降りて槍を使え」
ロンギヌスの槍。
それでこの状況が打開できるのかはわからないけれど、あの使徒を倒せるのなら。
私はセントラルドグマを降りてリリスに刺していた槍を引き抜いた。
「碇、まだ早いのではないか?」
「時計の針は元には戻らない。だが、自らの手で進める事はできる」
司令と副司令のこえが微かに聞こえてくる。
それを尻目にオペレーターのガイドに従い槍投げの要領で投擲態勢に移る。
「カウントダウン入ります、10秒前、8、7、6、5、4、3、2、1、0」
私が投げた槍は、まるで吸い込まれるように使徒へと真っ直ぐに進み、A.T.フィールドと使徒本体を一瞬で突き破って遙か彼方へと飛び去っていった。
「目標消滅」
「エヴァ弐号機解放されます」
弐号機収容後、すぐにセカンドはプラグから回収されたが、私は彼女と顔を合わせることは無かった。
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