あなたを思えば

                     第十六話

                                         Written by史燕




次の使徒はほんの数日の内に現れた。
衛星軌道上に現れた前回と異なり、今度は第3新東京市近郊に突如として出現したのだ。
もっとも、使徒が突然現れること自体にはもう慣れてしまったけれど。
「目標は、大涌谷上空にて滞空。定点回転を続けています」
「零号機発進、迎撃位置へ」
「弐号機、第8ゲートへ。出現位置決定次第、発進せよ」
(そう、セカンドも出るのね)
あんなことがあっても逃げられないのが私達。
だけど、これまでのようなパフォーマンスは期待できない。
初号機は変わらず凍結中である以上、私がなんとかしなければならない。
「パターン青からオレンジへ、周期的に変化しています」
発令所の声を聞きながら、パレットライフルを構えて使徒を注視する。
「答えを導くには、データ不足ですね」
「ただあの形が固定形態でない事は確かだわ」
「先に手は出せないか……」
赤木博士と葛城三佐がMAGIを使って使徒の情報を分析しようとしているけれど、情報がないことから暫定的な推測さえできない。
「レイ、しばらく様子を見るわよ」
葛城三佐の命令が届くけれど、その瞬間に戦場の空気が変わったことを感じた。
「いえ、来るわ」
私の声と同時に、それまで円形に回転しながら形を一定に保っていた使徒が、突然線状に形を変えてこちらに突進してきた。
大きくうねりながら零号機に向かってくる使徒を上手く捉えることができない。
「レイ、応戦して」
葛城三佐の指示とも言えない指示が聞こえてくるけれど、使徒の動きが早すぎて満足な対応さえ難しい。
A.T.フィールドを貫き、零号機の腹部に突き刺さる使徒。その胴体を掴みライフルを接射する。これなら確実に当たる。
(ダメ、パレットライフルも全く効果が無い)
それどころか接触した腹部や使徒を掴んだ左手から、徐々に違和感が生じてくる。
少しずつ感じる違和感は急速に不快感へとかわり、息苦しさと疼痛をもたらしてくる。
「危険です。零号機の生体部品が侵されて行きます」
「弐号機を救出に向かわせて」
「だめです、シンクロ率が二桁を切ってます」
「動かない、動かないのよ」
弐号機の援護はない。
「目標、さらに侵蝕」
「危険ね、すでに5%以上が生体融合されているわ」
発令所の通信が遙か彼方のように聞こえる。
腹部を中心に感じた疼痛は肩・背中・腰へと広がり、少しずつ意識が薄らいでいく。
「誰?」
気がつくと私は赤い水面と向き合っていた。
赤い世界の中で、一人の人物が浮かび上がってくる。
白いプラグスーツを身にまとい、蒼い髪をしている。
「私。エヴァの中の私」
まるで鏡に写った私自身のように見えた。
「いいえ、私以外の誰かを感じる」
しかし、私自身ではない。その昏い目は、私の物ではない。
「あなた誰? 使徒? 私たちが使徒と呼んでいる人?」
まるで私自身のように見えるだれかに問いかける。
私以外だとすれば、このような接触をしてくる対象は使徒以外にあり得ない。
「私と一つにならない?」
使徒は奇妙なことを言い始めた。
「いいえ、私は私、あなたじゃないわ」
私は私以外ではあり得ない。これは仮にどんなに親しい間柄になったとしても、どんなに似ていたとしても変わらない事実。
「そう。でもだめ、もう遅いわ」
「私の心をあなたにも分けてあげる。この気持ち、あなたにも分けてあげる」
使徒を通じて冷たい感情が流れてくる。
侵蝕されたと言っていた。そのせいかもしれない。
「痛いでしょう? ほら、心が痛いでしょう?」
使徒が煽るように、同意を求めるように言う。
「痛い……いえ、違うわ。サビシイ……そう、寂しいのね」
「サビシイ? 分からないわ」
「一人が嫌なんでしょ?」
「私たちはたくさんいるのに、一人でいるのが嫌なんでしょ?」
「それを、寂しい、と言うの」
使徒の感情に名前をつける。
そう、これは寂しいの。あなたは寂しいの。
それに対して使徒は意外なことを口にした。
「それはあなたの心よ。悲しみに満ち満ちている。あなた自身の心よ」
そう言われて、突然意識が現実に戻ってきた。 瞬間、不思議と頬を伝う何かを感じた。
「これが涙……? 泣いているのは、私?」
「レイっ!」
葛城三佐の声が聞こえる。
使徒によって生体部品の侵蝕が相当に進んでいるのだ。
「初号機の凍結を現時刻をもって解除、直ちに出撃させろ」
碇司令の指示が聞こえる。
それはダメ、碇君まで来てしまってはいけない。
「A.T.フィールド展開、レイの救出急いで」
「はい!!」
私の願いは空しく3分とかからずに初号機が現れた。
葛城三佐と碇君の声が聞こえる。
しかし、使徒は初号機にも容赦なく襲いかかり、碇君はなんとか突進を躱した物のライフルを破壊されてしまった。
これでは碇君も私のように使徒に侵蝕されてしまう。
初号機に接触した使徒の先端部分がプクプクと膨れ上がり、何かを形取っていく。
何かではない。あれは私の顔、私自身の想い。

――これは私のココロ?
――碇君とひとつになりたい。
――でもそれはダメ。
――碇君を傷つけてしまう。
――私のココロなのに、私がコントロールできない。
――私にはどうにもできないの? 私自身なのに。
やめてほしい。初号機を、碇君を傷つけないで欲しい。
そんな想いとは裏腹に、いえより根源にある碇君を求めるココロが、使徒を通じて発現していく。
使徒に利用されて、それとも使徒を利用して、それさえも私にはわからない。

――いえ、やっとわかったの。私のココロが。
――私は一人だった。
――私には代わりがいるから、だからどうでもよかった。
――でも気がつけば、あの人がいた。

「いかりくん」

――私の好きが碇君を殺してしまう。
――だめ。
――それは絶対にだめ。
――この気持ちは私の、私だけのもの。
――アナタのものじゃない。
――それなら、碇君を傷つけてしまうくらいなら。

「A.T.フィールド反転、一気に侵蝕されます!」
「使徒を押え込むつもり!?」
「レイ、機体は捨てて、逃げて!!」
発令所から、命令というよりは懇願に近い指示が飛び出してくる。
「ダメ、私がいなくなったらA.T.フィールドが消えてしまう。だから、だめ……」
みんなには悪いけれど、ここから私が居なくなると次は碇君が犠牲になるから。
反転したA.T.フィールドによって初号機から零号機へと引き剥がした使徒が、碇君を傷つけてしまうから。
「レイ、死ぬ気?」
葛城山の問いに対して、起爆シークエンスを起動することで返事をする。
私には代わりがいる、だけど碇君にはいない。
いえ、仮に私に代わりいなかったとしても、きっと同じことをした。
そのくらい、碇君が大事だから。
そのくらい、碇君に傷ついて欲しくないから。
「コアが潰れます、臨界突破」
通信越しに聞こえる限界の証明。
そしてきらめく閃光の向こうで、碇司令の笑顔が浮かんだ。
ああ、司令、そうなのですね。
誰かを、大切な人を守れたと言うことは、これくらい誇らしく、そしてうれしい――。




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