あなたを思えば
第十九話
Written by史燕
ある日私は突然碇司令に呼ばれた。
司令執務室に着くと無言でセントラルドグマへと繋がるエレベーターへと促され、今日がとうとうその日なのだと理解した。
(碇君と正直に話をして良かった)
この段階に至り、益々そう思った。
非常警報がけたたましく響いた。
「戦自が早速仕掛けてきたようだな。無駄なことだ」
慌ただしく駆け回る職員達の声を尻目に、まるで自分とは関係の無い事のように碇司令が言った。
戦略自衛隊の攻撃。であれば、碇君が迎撃に出たのだろうか。
もうエヴァに乗って欲しくはなかったのだけど。
エレベーターを降りてセントラルドグマの最深部、リリスが安置されているターミナルドグマへと向かう。
ターミナルドグマへの入り口でアルヘブンズドアを抜けた先には、赤木博士が立っていた。
「お待ちしておりましたわ」
赤木博士は拳銃を取り出すと銃口を碇司令に向けた。
「あなたを殺して私も死にます」
「娘からの最後の頼みよ、一緒に死んでちょうだい」
そう言って、赤木博士はポケットの中の自爆スイッチを押した。
しかし、予想に反して本部が自爆することはなかった。
「そんな、カスパーが裏切った!?」
目論見が破算した赤木博士に向けて、今度は碇司令が銃口を向ける。
「愛していた」
そう言って、司令は発砲した。
「うそつき」
赤木博士が小さく、しかしたしかに呟いた声が私の耳に届いた。
「アダムはすでに私と共にある」
そう言って、司令は私の衣服を脱がせた。
「ユイと再び逢うにはこれしかない」
「アダムとリリスの禁じられた融合のみだ」
私の方を向きながらここではないどこかへと意識を飛ばし、まるで熱病に浮かされたように陶酔した表情で司令はゆっくり私の胸元に左手を近づけた。
「時間がない。A.T.フィールドを、心の壁を解き放て。欠けた心の補完。不要な体を捨て、全ての魂を今一つに。そして、ユイの元へ行こう……」
碇司令の手が私の中へと沈み込んでいく。
つながったままの左腕が胸元から下腹部へとゆっくりと動く、その瞬間。
「うああああああっ」
碇君の声が聞こえた。
「ごめんなさい。一緒には行けません」
「私が覚えている手は、この手じゃないから」
「私が繋ぎたい手は、あなたの手じゃないから」
すぐさま私はそう言った。文字通り、碇司令と、これまでの計画の駒としての自分との決別を宣言するために。
ごめんなさい、碇司令。今までありがとうございました。
だけど、一番大切な人は、あなたではないのです。
「待ってくれ、レイ」
私を引き留めようとする碇司令の叫び声がセントラルドグマに木霊する。
「だめ、碇君が呼んでる」
司令を拒絶した私は、十字架に張り付けられた白い巨人=リリスのもとへ向かった。
「おかえりなさい」
「ただいま」
そしてリリスの肉体と一体となった私は、人々をA.T.フィールドから開放するためのアンチA.T.フィールドの展開を始めた。
その向こうでは、絶えず叫び続ける碇君の声が聞こえた。
待っていて、すぐにあなたの元に行くから。
そして人類を補完するための――軍隊であることを選んだ第十八使徒リリンの欠落した心を埋めるための儀式であるサードインパクトが始まった。
世界が溶けていく。
ひとつに溶けていく。
私はその儀式の担い手として、依り代である碇君のもとへと向かった。
たしかに存在する、彼との心のつながりを必死に抱きしめながら。
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