あなたを思えば
第五話
Written by史燕
第五使徒を殲滅することには成功したけれど、大破と呼ぶのも烏滸がましいほどに損傷した零号機の修復には、かなりの期間が必要だと告げられた。
その間は、シンクロテストと定期検診、それと学校への通学が主な日程となった。
ジェットアローンというロボットの暴走事件は、碇君が初号機で押さえ込んで解決したらしい。
今までは価値を感じなかった中学校も、碇君がいるから、多少は周囲も観察するようになった。
鈴原君や相田君は、第四使徒の戦いがきっかけに仲良くなったらしく、休み時間や放課後によく一緒に過ごしている。
楽しそうな所に申し訳ないけれど、シンクロテストや起動実験の時には碇君に「私、先に行くから。17時からのテスト、遅れないで」と予定を伝えたりするのを忘れない。
最初はなぜか目を丸くしていた二人だったけれど、一週間もしないうちにそれに慣れたようだった。
「いってらっしゃい」
「二人ともきばりやー」
そう言って、私達を見送ってくれることもあった。
そんな日々が唐突に変化したのは、
「惣流・アスカ・ラングレーです! よろしく!」
黒板に指名を書きながら宣言した少女がクラスにやってきてからだった。
前日に碇君が鈴原君や相田君と一緒に欠席したことは知っていた。
それが葛城一尉に同行してのことだというのも、一昨日碇君から聞かされていた。
「Hello! あなたが、綾波レイね。プロトタイプのパイロット」
高圧的な態度に身構えなかったと言えば嘘になる。
髪留め代わりにしているインターフェイスセットが、彼女が弐号機操縦者、セカンドチルドレンであるということをはっきりと示していた。
碇君と一緒にエントリーして太平洋艦隊と共に第六使徒を殲滅したというのだから、その実力は本物なのだと思う。
「あたし、アスカ、惣流・アスカ・ラングレー。エヴァ弐号機のパイロット、仲良くしましょ」
「どうして?」
だからつい、その意図を聞き返してしまった。
「その方が都合がいいからよ。いろいろとね。」
都合がいい、そう、ただそれだけなのね。
「命令があれば、そうするわ」
そういう風に返答してしまった。
彼女の後ろに碇君が連れられていたのが、少しだけ気になった。
****
数日後、第七使徒が襲来したとの連絡が来た。
第六使徒のときも招集されただけで待機しか出来なかったけど、こういうときに私の零号機が修理中なのがもどかしい。
「あーあ、日本でのデビュー戦だって言うのに、どーして私一人に任せてくれないの?」
そんな気の抜けた声が聞こえるが、発令所では自信の表れとして捉えているようだ。
「レディファーストよ」
そう言って勢いよくソニックグレイブを振りかぶり、使徒を真っ二つにする様子はたしかに頼もしいような気がした。
****
「本日午前10時58分15秒、二体に分離した目標甲の攻撃を受けた初号機は、駿河湾沖合いの海上に水没、同20秒、弐号機は目標乙の攻撃により活動停止。この状況に対するE計画責任者のコメント」
「無様ね」
ブリーフィングでは大荒れだった。
使徒に返り討ちに遭い、N2爆雷で辛うじて足止めしている現状。
蒼穹に対応策を考えなければならなかった。
しかし、二体に分裂し、それぞれが補い合っている第七使徒は、同時にコアを破壊しなければ殲滅することが出来ない。
それからしばらく、碇君もセカンドチルドレンも、学校にもNERVにも姿を現さなかった。
使徒が再度活動を始める6日後に向けて、特訓を行っているのだ。
今日は葛城一尉に連れられて、その特訓の様子を見ることになった。
ところが、場所としてはNERV本部ではなく、葛城一尉の自宅へと案内された。
ここには碇君も一緒に住んでいるということは聞いていたが、もう一人の同居人として、セカンドチルドレンも生活しているのだという。
このことを聞いて心の中で嫌な気持ちが流れたけれど、それよりも碇君達の様子が気になったので、その気持ちは無視して室内へと進んだ。
ユニゾン訓練として、マット状の機械の上で音楽に合わせて手足を動かすのだという。
だけど、その進捗としては……。
「また間違った。何遍同じ間違いをすれば気が済むのよ」
「アスカが早すぎるんだよ」
「アタシが悪いっていうの」
一日中、この調子だった。
翌日は、鈴原君、相田君、洞木さんが様子を見に来てくれたのだけど、その時も改善の兆しはなかった。
「当たり前じゃない。このシンジに合わせてレベルを下げるなんて、うまく行くわけないわ! どだい無理な話なのよ!」
セカンドはそんな風に叫んでいる。
でも、私なら、私ならどうしただろう。
そんなことを考えていると、葛城一尉から「レイ、やってみて」と声がかかった。
迷わず「はい」と返事をする。
もうリズムもメロディも覚えてしまっている。
それに、碇君とならきっと。
(わかる。碇君はきっと、ここは少し手を小さく広げて)
結果は葛城一尉が「これは作戦を変更して、レイと組んだ方がいいかもね」と言ってくれたことから明らかだった。
もしも零号機が無事だったら、あるいは弐号機とシンクロが出来れば。
気持ちを抑えるために胸の前でぎゅっと手を握った。
すると弐号機パイロットが「もう嫌っ、やってらんないわ」と言って飛び出してしまった。
洞木さんに「追いかけて」と言われて碇君も行ってしまった。
「レイ、ごめんなさい。最後はこんな風になってしまって。送りましょうか?」
「いえ、一人で帰れます。碇君達が戻ってくるかもしれませんので」
そして翌日、使徒の自己再生が終わり、再度活動を始めた目標を殲滅するため初号機並びに弐号機が出撃した。
****
「目標は、強羅絶対防衛線を突破」
「いいわね、最初からフル稼動、最大戦速で行くわよ!」
「分かってるよ。62秒でケリをつける」
そう宣言した二人の動きはぴったりと重なっていて。
「ちょっとぉ〜っ! あたしの弐号機に何てことすんのよ!」
「そんな、そっちが突っ掛かってきたんじゃないか!」
昨日よりも各段に二人の距離が近いように感じられた。
「また恥をかかせおって」
使徒戦滅後にいつまでも続くじゃれ合いに苦言を呈する副司令の声が耳に入ってこなかった。
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