あなたを思えば

                     第六話

                                         Written by史燕




第八使徒は、またも私の不在のうちに殲滅された。
零号機は修復されていたけれど、使徒が発見されたマグマの中に潜るD型装備は装着できなかったことから、本部での待機を命じられてしまった。
はじめは文句を言うセカンドチルドレンに代わって「私が弐号機で出るわ」と言ったのだけど、「ファーストが出るくらいなら私が行くわ」と押し切られてしまったのだ。
未覚醒状態の使徒の捕獲が目的とされたけれど結局は殲滅に切り替えられたとのことだった。
私は碇君とセカンドからその一部始終を聞きながらNERVへと向かっていた。
途中、碇君が碇司令に電話を掛けなければいけないという話になり「そんなにうじうじ考えてないで、さっさと済ませちゃえばいいじゃない」と言われて電話を掛けていた。
「あっ、あの。実は今日、学校で進路相談の面接があることを父兄に報告しとけって、言われたんだけど……」
「そういう事はすべて葛城君に一任してある。下らんことで電話をするな。こんな電話をいちいち取り次ぐんじゃ――」
「ん?」
電話をしていた碇君の様子が変わった。
「どうしたの?」
「実は通話中にいきなり電話が切れちゃって。忙しそうではあったんだけど」
「それは本当に碇司令が忙しかったんじゃない?」
セカンドがそう言った。たぶん、慰めているのだと思う。
「また、電話してみるといいわ」
「でも、そんな感じはしなかったし。何かあったんじゃないかって不安なんだ」
「もーう、男の癖に、いちいち細かいこと気にするの、やめたら
?」
セカンドの言うこともわかる。
でも、それは少し違うと思う。
「……また、電話をしてみたらいい」
二人の会話が途切れたので、そう言ってみた。
「綾波。でも、迷惑そうだったし」
「たしかに碇司令は忙しいと思うわ。でも、電話に出てはくれたんでしょう?」
「うん、取り次ぐなって言ってたけど」
「でも、話は聞いてくれたんでしょう?」
「うん」
「だったら、またやってみてもいいのではないかしら」
「うん、ありがとう。綾波」
話をしながら歩くとセキュリティゲートまでたどり付いた。
「あれ?」
「変ね?」
私も碇君もカードをかざしても反応しなかった。
「二人とも何やってんの? 代わりなさいよ」
セカンドが碇君を押しのけて自分のカードをかざす。
でも、結果は私達と同じだった。
「もー、壊れてんじゃないの?」
それから他のゲートや施設で試してみても、反応がなかった。
「どの施設も動かない。おかしいわ」
「下で何かあったってこと?」
「そう考えるのが自然ね」
「とにかくNERVに連絡してみよう」
碇君が携帯端末を使用して連絡をしてみるけれど「ダメだ、繋がらないよ」ということだった。
私も非常用の回線を試してみたけれどこれもダメ。
備え付けの有線端末を試していたセカンドも「こっちも駄目、有線の非常回線も切れちゃってる」という結果だった。
「どうしよう」と頭を抱える二人を尻目に私は緊急時のマニュアルを開く。
ここから一番近い入り口は確か……。
「とにかく本部に行きましょう」
それには二人とも異論はないようだった。ただ――
「そうね。じゃあ、行動を開始する前に、グループのリーダーを決めましょ」
セカンドがそんなことを言い出した。
「で、当然私がリーダー。異議無いわね?」
異論も何も、どうでもいいのだけど。
「じゃあ、行きましょう」
そう言うリーダーが向かうのはルートから正反対で。
「こっちの第7ルートから下に入れるわ」
奇妙な沈黙が、私達の間に流れた。
「でも、ドアは開かないんじゃ」
と懸念を示す碇君だけど、それには「問題ないわ」と答えながらハッチの蓋を開けた。
「手動、ドア……」
「ほらシンジ、アンタの出番よ」
「こんな時だけ人を頼るんだからあ」
リーダーの命令に対する、碇君の悲鳴が木霊した。

****

真っ暗な施設内を歩き始めて数分が経った頃、ふと何かが聞こえる気がして足を止めた。
それに気づかず、二人は「もうすぐジオフロントに出られるわ」「さっきから四回も聞いたよ。その台詞」と言い争いをしている。
思わず「黙って」と二人を静止した。
「何か聞こえる」
二人もそれで言い争うのを止め、耳を澄ませて集中していた。
『使徒、接近中! 使徒、接近中!』
「日向さんの声だ」
たしかに作戦部の日向二尉の声だった。ただ、その声が伝える使徒襲来の知らせに、このままのペースで進むわけにはいかないとも感じた。
「時間が惜しいわ。近道しましょう」
その提案に「リーダーは私よ。勝手に仕切らないで!」とセカンドが文句を言ってきた。
無視して置いていくべきかと考えた瞬間、「で、近道ってどこ?」とあっさりと提案に乗ってきたけれど。
正直、よくわからない。
とにかく時間がもったいないので選択したルートは、通気口をつなぐダクトだった。
私を先頭にセカンド、碇君の順に進んでいる。
発令所の方向は大体だけども覚えている。
私のは後ろでは「使徒って何なのかなあ」「バカ。わけわかんない連中が襲ってきてるんだから、かかる火の粉は振り払わなきゃいけないでしょ」と問答を続けている。
ここで私が使徒はこういう存在だと説明できればいいのだけれど、碇司令や赤木博士から断片的にしか情報を聞いていないし、うまく説明できるようにも思えない。
そうこうしているうちに、分岐点へと差し掛かった。
「うーん、右ね」
「私は左だと思うわ」
見当違いの方向を指すセカンドにすぐに修正を示すけれども、「うるさいわね。シンジはどうなのよ」とセカンドは碇君に話を振った。
多数決の論理に従えば一対一、たしかにそれはおかしくない。
ただ、決定権を委ねられた碇君は「うーん、どっちかな?」と煮え切らない。
それにしびれを切らして、セカンドが「もう! 私がリーダーなんだから、黙って付いてくればいいのよ?」と押し切ってしまった。
今度はセカンドを先頭にして、私、碇君の順で進み始める。
上り坂を這い上がり、出口らしき場所を見つけた。
「ほら、今度こそ間違いないわ」とセカンドが自慢げに言う。
でも彼女には悪いけれど、たぶんそこは第6シャフトの途中。
というのを口にする前に、「でぇーいっ」と勢いよくセカンドが扉を蹴り破ってしまった。
その先には予想した空洞はなく、たくさんの目玉のような模様が付いた物体が目の前を塞いでいた。
「使徒を肉眼で確認。これで急がないといけないのがわかったでしょう?」
取り繕うように言うセカンドだけど、余計な時間を消費したのは方向オンチな彼女のせい。
それからは「こっちよ」と改めて私が先導している。
セカンドも流石に懲りたのか、分岐でも大人しく従ってくれた。
その代わり、しばらく進んでいると、別の部分で攻めてきた。
「アンタ、碇司令のお気に入りなんですってね」
「やっぱ可愛がられてる優等生は、違うわね」
どうしてそういう話になるのかはわからないけれど、黙って前に進むことを優先して聞き流した。
「ちょっと、こんな時にやめようよ」
碇君が止めてくれているけど、セカンドは聞く耳を持たなかった。
「いつもすまし顔でいられるしさぁ」
「アンタ、ちょっと贔屓にされてるからって、なめないでよ!」
かなり語気が荒くなった。それから言葉が続かないことから、ひとまず言いたいことは言い終えたらしい。
だからそれに落ち着いて答えた。
「なめてなんかいないわ。それに贔屓もされていない。自分でもわかるもの」
贔屓にされてなんていない。
なぜなら碇司令の視線は私に向いているようで、いつも私ではなくその先の何かを見つめているから。 それっきり、私達の間で会話が途絶えた。
わざわざここで、それもセカンドに話すような話題なんて私にはなかったから。
そしてとうとう行き止まりに差し掛かった。
正確にはその先がまだ続いてはいるのだけど、フィルターで塞がれているのだ。
「これじゃ、進めないよ」
そう言う碇君に「じゃ、ダクトを壊して進みましょう」と提案した。
「ファーストって恐い子ね。目的のためには手段を選ばないタイプ。いわゆる独善者ね」
と、セカンドが言っている。
意図して不和の種を蒔くほうが、余程独善的だと言いそうになったけれど、それこそまた着火すると面倒でしかないのでそのまま聞き流すことにした。
ただでさえ狭いダクトがさらに狭くなった中をなんとか進んでいく。
いよいよもうすぐ発令所に付きそうという段階になってまた少しだけ上り坂になった。するとセカンドがいきなり「ぜぇーったい、前見ないでよ! 見たら殺すわよ!」と言い出した。
スカートの中身ということだと思うけど、それをそこまで気にする必要があるのか理解できない。
先ほどの上り坂では間に私がいたけど、私には特に何も言っていなかった。
碇君はむしろその声によって「え?」と顔を上げたようだけど「バカ、バカ、バカ! 見るなって言ったでしょう?」と理不尽なことを言われている。
そうして暴れるセカンドによって、ミシッとダクトが軋む音がした。
思わず身構えると、案の定ダクトの底が抜け、二人は悲鳴を上げながら下に落ちた。
私はなんとか受け身を取って衝撃を逃がすことが出来たけれど、碇君は大丈夫かしら?
どうやら落ちた場所はケイジの近くだったらしく、物音に何事かと駆けつけてきた赤木博士が「あなたたち」と喜色を浮かべていた。
使徒襲来の報告によって、私達の到着後すぐに出撃できるように人力で準備をしていたらしい。
「碇司令は、あなたたちが来ることを信じて、準備してたのよ」
「父さんが」
碇君が碇司令の方を見つめていた。

****

人力での搭乗は、普段よりも少しずつタイムラグがあったけれど、問題なく進んでいた。
「目標は直情にて停止の模様」
「出撃、急いで」
エヴァ三機はそのまま徒歩で射出ルートを歩いていた。
「もー、かっこ悪い」
と、セカンドは文句を言っているけれど、電源が動かない以上どうしようもない。
ただ、エヴァの内部電源が切れるまでしか動けないので、あまり時間がないのもたしかだった。
「縦穴に出るわ」
と、状況を報告した瞬間、直上からオレンジ色の液体が落ちてきた。
「いけない、よけて」
そう伝えたけれど時すでに遅く、「きゃああ」「うわあっ」という悲鳴が上がった。
初号機と弐号機に液体が付着したようだ。
その部分を見ると装甲が溶けてしまっている。

「使徒は、強力な溶解液で本部に直接侵入を図るつもりね」
状況報告と合わせて注意を促す。
「どうするの?」という碇君に、すかさずセカンドが「やっつけるのよ」と返答した。
使徒を放置はできない。
問題は、初号機が装備していたパレットライフルが縦穴の直下に落ちてしまっていたことだった。他には近接武器しか装備していないけれど、この高さを昇って使徒に肉薄するのは不可能に近い。
「あと3分も動かないよ」
そういう碇君にセカンドは「作戦ならあるわ」と自信ありげに言った。
セカンドの言う作戦では、ディフェンス、オフェンス、バックアップに役割を分けることになった。
ディフェンスがA.T.フィールドを中和しつつ溶解液からオフェンスを守る。
パックアップが地下に落ちたライフルをオフェンスに渡す。
オフェンスはライフルで使徒を殲滅する。
単純明快な物だけど、この状況で実行可能な手段としてはそれしかなかった。
たしかに、自らリーダーを主張するだけはあった。
「いいわ、ディフェンスは私が」と名乗り出たのだけど「おあいにくさま、アタシがやるわ」とセカンドがその役目を担うことになった。
その代わりに私がバックアップを、碇君がオフェンスを行うことになった。
「じゃ、行くわよ。Gehen!」
作戦通り私がライフルを回収している間、弐号機は完璧に使徒の攻撃に耐えていた。
初号機にライフルを渡し、初号機の準備が出来た瞬間「アスカ、よけて」と碇君が声を上げた。
弐号機が左に身を寄せ射線を開けた瞬間、初号機がパレッドライフルを一斉射した。
すぐに使徒は沈黙し、悩まされた溶解液も落ちてこなくなった。

****

エヴァの内部電源が切れてしまったので、回収班がやってくるまで三人で話をしていた。
外はすっかり暗くなってしまっており、第3新東京市全体の電源がまだ復旧していないことから、夜の帳が街全体を覆っていた。
「人工の光が無いと、星がこんなにきれいだなんて、皮肉なもんだね」
碇君が言った。
「でも、明かりが無いと人が住んでる感じがしないわ」 セカンドがそう言った瞬間、電源が復旧したのか、ビル街に電気が灯った。
「ほら、こっちのほうが落ち着くもの」
「人は闇を恐れ、火を使い、闇を削って生きてきたわ」
そんな二人のやりとりに思わず口を突いた。
「てっつがくぅ〜」と、セカンドが茶化すように言った。
「だから人間って特別な生き物なのかな。だから使徒は攻めてくるのかな」
それに対して、私は返す言葉が出てこなかった。
第十八使徒リリン。そんなことを言っても、きっと困らせるだけだから。
「あんたバカぁ? そんなのわっかるわけないじゃん」
そう言って会話を打ち切ってくれたセカンドに、このときばかりは感謝した。




次へ

前へ

書斎に戻る

トップページに戻る