再び巡る時の中で

                   「ヤシマ作戦」

                                         Written by史燕





「とうとうこの日か」

そう呟くとシンジは、発令所へと向かっていった。
今日は零号機の再起動実験である。
そして、第5使徒ラミエルがやってくる日でもある。

発令所では実験の準備が終わり、いよいよ起動シークエンスが終了しようとしていた。

「零号機、起動しました」
「シンクロ率、33,64%、ハーモニクス、異常ありません」

起動に成功し、気を抜いているリツコに、ミサトは声をかけた。

「実験成功おめでとう」
「どういたしまして。でも、なんだか不満そうね」
「やっぱりわかる? ちょっとね」
「初号機を基準にしないであげて。ドイツの弐号機もこんな感じだって知っているでしょう?」
「そうなんだけど、やっぱり、ね」

作戦部としてはやはり、高いシンクロ率の方が好ましいのだ。

「あっ、シンちゃーん」

ミサトは目ざとく、端に立つシンジを見つけたようだった。

「ミサトさん、リツコさん、実験成功おめでとうございます」
「ありがとう」

リツコがお礼を言った後、ミサトは言葉を発した。

「ねえ、シンちゃんとレイの違いって何かわからない」
「えっ」
「あら、それは私も興味深いわね」

ミサトは軽い気持ちで訊ねたのだろうが、リツコが興味を示したことでシンジも下手なことは言えなくなった。
とはいえ、初号機と直接シンクロしているとはシンジも言うわけにはいかない。
少し逡巡した後、推測ですが、と前置きを挟み、シンジは答えた。

「ハーモニクス値が安定してるいかどうか、ではないでしょうか」

ハーモニクス値とは、エヴァとどれだけ親和性があるか、つまりどれだけエヴァを自分のものとして受け入れているか、という数値である。
これは相対的なものであり、エヴァからも働きかけられればこの数値は上昇するが、精神汚染の危険性も孕んでくる。
シンクロ率は、エヴァをどれだけ一体化しているかであるため、突き詰めればハーモニクス値が低いとシンクロ率も低くなる。
前回の終盤でアスカが伸び悩んだのはこのハーモニクスがうまくいっていなかったからである。
そして現在のシンジは直接エヴァとシンクロできているため、ハーモニクスも理想的な状態だ。
一方画面のデータによれば、レイも問題ないとはいえ、どちらかというと零号機からの波長におされ気味である。

「なるほど、ハーモニクス値ね。参考になったわ」
「いえ、この程度なら」

得心が言った様子のリツコに対し、良く分かっていないミサトは対照的だった。

「レイ、そろそろ終わるわよ」

実験の終了をリツコが告げたときだった。

「碇、未確認飛行物体が接近中だ。おそらく、第5の使徒だ」
「総員第一種警戒態勢」

冬月の言葉を受け、ゲンドウが宣言する。
とたんに発令所は慌ただしくなり、シンジも初号機のケージへと向かう。

(いよいよか、どうしようかな)

初号機の発進準備が進む中、難攻不落の使徒に対して、シンジはヤシマ作戦以外の攻略法を見い出せないでいた。

「パルス、ハーモニクス問題なし」
「シンクロ率92,63%」
「初号機発進」

もはや90代のシンクロ率も見慣れたものである。
決して80代を割ることのないこの数値を見て、スタッフもまた、今回も何とかしてくれるんじゃないかと期待を寄せていた。

初号機が射出された、そのときだった。

「目標内部に高エネルギー反応」
「なんですって!!」
「周円部を加速、収束していきます」
「まさか、加粒子砲!?」

青葉シゲルの報告に、発令所のメンバーは騒然となる。

「シンジ君、よけて!!」

ミサトはそう叫ぶものの、ロックが外れた状態では動くことはできない。

一方シンジにとっては、すでに経験したことでもあり、十分予測できたことだった。

――キーーーン――

前方へ思いっきりA.T.フィールドを展開することで、使徒のビームを受け止めていた。

(ううっ、でも、思ったよりつらいな)

シンジのA.T.フィールドを以てしても、あまり持ちそうにない。

――メキメキッ、ピシッ――

A.T.フィールドが軋む音が、プラグと発令所に響き渡る。

「ミサトさん、もう持ちそうにありません」
「戻して、早く」

ミサトの指示で初号機が収納された瞬間、加粒子砲がA.T.フィールドを突き破った。

「ふう、間一髪って感じですね」
「ええ」

この後、作戦部により使徒の調査と作戦の立案を行った結果、前回と同じくヤシマ作戦が決行されることが決定した。

初号機が無事なため、設営や準備に十分な余裕ができ、前回と同じ00:00からの作戦もきちんと準備が整った状態で決行されることとなった。
シンジとレイの二人は今、ミサトから作戦の概要を伝えられていた。

「本作戦ではシンジ君が盾、レイが砲手を担当してもらいます」
「……葛城一尉」
「何、レイ」
「砲手の方がより精度の高いオペレーションを求められると思うのですが」
「確かにそれはレイの言う通りなんだけどね」

ミサトの説明はこうだ。
たしかに砲手は精密なオペレーションが必要だが、結局は撃鉄をおこし引き金を引くだけである。
これに対し盾役は、より強固なA.T.フィールドを展開できたほうが良い。
このため、シンジが盾役・レイが砲手役、と前回とは逆の役割分担となったわけである。

作戦開始まで、二人は現地で待機していた。

「綾波」
「……何?」

シンジはレイに声をかけた。

「綾波は、どうしてエヴァに乗るの?」

「絆だから」前回訊ねたときは、そう答えられた問だった。

「……守りたいから」
「守りたいから?」
「そう、碇司令や赤木博士、葛城一尉を」

(……そして、碇君を)

「それじゃあ、僕は綾波を守ることにするよ」
「えっ」

シンジの言葉に、ドキリとする自分がいることに、レイは気づいた。

「深い意味は無いよ。ただ、今回僕は盾役だからね」
「みんなを守りたい綾波を、僕は守るよ」

そう言い終えた後に、シンジは「時間みたいだね」と言い残し、初号機へと向かった。
「あなたは死なないわ、私が守るもの」かつてそう言ってくれた少女へ、今度は自分が守ると言っていることに、奇妙なおかしさを感じていた。



「ヤシマ作戦スタート!!」

作戦時間を迎え、日本中の電気が陽電子砲に集められていた。

「電圧上昇中、加圧域へ」
「全冷却システム出力最大へ」
「陽電子流入順調」
「全加速器運転開始」
「強制収束機稼働」

工程は順調に進み、陽電子砲のエネルギーもきちんと溜まっていた。

「最終安全装置解除」
「撃鉄起こせ」

陽電子砲が発射されるのを、今か今かと備えていた。
使徒と零号機の間にいつでも割って入れるように。

「発射まであと10秒、9…8…」
「目標に高エネルギー反応」

使徒の動きを察知し、仮説司令部で叫び声が上がる。
一方、陽電子砲の照準もすぐに揃った。

「3…2…1」
「撃て!!」

ミサトの宣言に合わせて、レイは引き金を引く。
使徒の加粒子砲も同時に撃たれ、互いに干渉しあい途中で地面に激突する。

(A.T.フィールド展開)

後方で「第二射急いで」と慌ただしい声が聞こえるが、シンジは技術部が作った盾を持ち、零号機と使徒の間に入ると、一番強固なA.T.フィールドを展開した。

「目標に再び高エネルギー反応」

使徒の二発目の砲撃が、初号機を襲う。

「ぐうっ」

(どうやら今までで一番強力な攻撃みたいだ)

A.T.フィールドも破られてこそいないとはいえ、盾の手前まで押し込められている。
破られるのも時間の問題かもしれない。
陽電子砲の再充電にはまだ少し時間がかかる。

「うっ、くうっ」

初号機にかかる負荷がさらに増大した。
ここにきてさらに威力を上げたようだ。

――パリーーン――

とうとうフィールドが破られたようだ、盾が見る見るうちに融解していく。

「まだなの」
「あと5秒ほどです」

とうとう盾も溶けてしまう。
突き出した両腕から、順番に初号機の装甲が焼け爛れていく。

(くそっ、綾波と守るって、約束したんだ)

「おおーーっ」

シンジは叫び声にあわせて、再度A.T.フィールドを展開し、加粒子砲を押しとどめた。

ようやく照準が揃ったとき、レイはミサトが「撃て」という指示を発した時には、すでに引き金を引いていた。

(碇君)

シンジを失うかもしれない、そんな焦燥に駆られたからこその行動だった。
陽電子砲はきちんと使徒のコアを貫いたのだろう、使徒は絶叫を上げて四散した。

それを見届けたシンジは、射出したプラグの中でぐったりしていた。
両腕はプラグスーツ越しにヤケドを負っており、初号機は原型を留めているが、最後に加粒子砲を押しとどめた時の疲労から、とても動く気にはならなかった。

――コンコン――

誰かがプラグを叩く音がしたので、ハッチを開いた。

「碇君!!」

レイはシンジの無事な様子を確認すると、プラグの中で抱き着いてきた。

「……碇君が、死んじゃうかもしれないと思って、私、わたしっ……」
「大丈夫だよ、僕はちゃんとここにいるから」
「……うん」
「そんな顔してないで、せっかく使徒に勝ったんだからもっと喜んでよ」
「……うん」

「でも、こういうときどういう顔をしたらいいかわからないの」

そういう彼女の頭をなでながら、シンジはそっと呟いたのだった。

――笑えばいいと、思うよ――





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