再び巡る時の中で

                   「買い物」

                                         Written by史燕





約束の土曜日、時刻は10時になろうとしていた。
ここは第三新東京市の中でも最も大きなデパートである。

「綾波、もう来てたんだ」
「……碇君」

はたから見ればそっけない会話だが二人にとってはこれで十分なものだ。
さらに言えば、二人そろってまた学生服である。
もっともシンジは、レイが制服だと予想した上での選択だったが。
これから二人でレイが引っ越してきた部屋に必要なものを購入する。
シンジの部屋もそうだが、間取りは3LDKである。
実は同じNERV関係の建物であるコンフォート17と同じ配置なのだが、浴室や居室がそれぞれかなり大きい。
正直に言って部屋は余っている、どころか「広すぎて使い道に困る」というのはシンジの弁である。
シンジの場合も一部屋を寝室、もう一つを客間、残りを物置にしている。
ゲンドウの場合は、余っている部屋で執務室に置ききれない書類や資料などの重要なものを厳重に管理しており、シンジもそれらの部屋には入ったことは無い。
何が言いたいのかというと、要するに何も私物を持たないレイは物置としてすらも部屋を使う必要がないということである。

(困ったなあ、どうしよう)

ベッドやクローゼット、テーブルはすでに部屋に用意されている。
シンジもそのまま荷物を運びこぶだけで大丈夫だった程だ。
必然的に、食器など生活用品を買い揃えた時にはほぼ予定が無くなってしまった。
時間はまだ昼時である。

(お金なら心配しなくていいんだけどなあ)

「お前のわがままだ、必要分以外の経費は出んぞ」とゲンドウに言われてはいるが、NERVから支給される(勝ち取ったともいう)給与はまだ十分に残っている。
最悪、ある程度自腹を切っても大丈夫だ。

(とりあえず、腹ごしらえかな)

時間は昼食にちょうど良い。
シンジはひとまず食事をしてから、改めて午後の予定を考えることにした。

「綾波、とりあえず、ある程度は回ったし、そろそろお昼にしない?」
「……かまわないわ」
「綾波は、何か食べたいもの、ある?」
「……別に、何でもいいわ」

(「何でも」ね。とはいえここでお肉使ってない料理となると……う〜ん)

比較的にたくさんの料理店があるのだが、レイのことを考えると選択肢は限られてくる。
シンジは考えた末、ある店に入店した。
時間が時間だけにやや混んではいるが、運よくあまり待たずに席の準備ができた。

「綾波は、こういうの食べたことある?」
「……いえ、何を頼めばいいのかもわからないわ」

シンジが選んだのはパスタ専門店である。
パスタすら食べたことがないとは、帰ったらあのグラサン髭親父に一言文句を言う決意をするシンジだった。

「それじゃあ僕が適当に選ぶね」

シンジが選んだのは、ツナを使ったトマトパスタとあさりを使ったスープパスタだった。
はじめてみる料理にレイは目を丸くしていたが、シンジの助言もあって、見よう見まねながら器用に食べていた。
小皿に分けながらだったが、料理が無くなるのにそう時間はかからなかった。

結局何も浮かばないシンジは、そのまま二人で店内をぶらつくことにした。
ふと見てみると、ショーウインドウで女性用の服がいくつも展示してある。
シンジはその中の一つに目が止まった。

「……碇君、どうしたの?」

レイから声をかけられて、シンジはふと我に返った。
どうやらいつの間にか見入っていたようだ。

「いや、その、綾波ならこんな服着たらかわいいんだろうな、って思って」
「えっ!!」

(そう言えば僕、綾波の私服なんて見たことないな)

実は、レイは私服そのものを持っていない。
そもそも今までそういったこと自体に興味がなかったのだから、当たり前といえば当たり前である。

「……碇君、私があの服着たら、嬉しい?」
「あ、ああ、うんと、綾波なら似合うと思うから、嬉しいかな」
「……そう」

シンジはレイの質問に、やや気恥ずかしさを覚えたが、自分の本心を答えた。

「あれ、綾波、いきなりどうしたの?」

レイは突然シンジの腕をギュッと掴むと、衣料店の中へと入っていった。

「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか」

30代くらいの女性店員が二人に気付き声をかけた。

「あ、えっと、ってちょっと待ってよ綾波」

シンジは渡りに船と返事を返そうとしたが、レイは全く気にした風でもなく目的のものを探し奥へ奥へと進んでいく。
店員の方も、仕方がないな、とばかりに大人しく二人の後を追った。

「……これを」

レイが指差したのは、さきほどシンジが見ていたものと同じ服だった。

「この服って、さっき僕が見てたのと同じ服だね」
「……碇君が『似合うと思う』って言っていたから」 「だからか。綾波、ちょっとこの服を着てみてくれない?」

二人の会話を黙って聞いていた店員が、「どうぞこちらへ」と試着室に案内していった。

しばらくして、試着室のカーテンが開いたとき、シンジは言葉を失った。

「綺麗だ」

レイに目を奪われていた、シンジがやっと口に出来たのは、そんな月並みな言葉だった。
今まで目にしたことのない私服姿のレイは、シンジにとってはかなり新鮮なものだった。
白地のシンプルなワンピースだが、アクセントとして袖口と裾にブルーのラインが入っているものだ。
もとから色白の綾波には、淡い色の生地がよく似合っていた。

「良くお似合いだと思いますよ」

店員もそれに追従するように、言葉を重ねた。
事実、良く似合ってもいるのだが、店員としての彼女の勘が、ここでこのカップルらしき二人に、もっと多くの服を買わせることができると判断したのだ。
もちろん、予想外に飛び込んできた逸材である少女に、自分の手でいろいろなファッションをさせてみたいという願望も大きく作用していた。

(おそらく支払うのは彼、と。この店に入ることにさほど躊躇していないところを見ると、ある程度の予算は用意しているわね)

この店自体、結構なお値段の商品が多いことで有名なのだが、それを気にせず入ってこれるというのは、購買意欲は十分あると言える。
もっとも、シンジはただ単にレイに引っ張られてきただけというのが真相なのだが、予算があるのは正しいのでこれくらいは誤差の範囲だろう。
そして、以上のように判断した後の、彼女の行動は早かった。

「少し他の商品もご用意いたしますね」

そう言うと、シンジたちの返事も待たず、先程のワンピースと同系統の、淡い清楚な印象を与える服を数点と、それに合わせた小物を用意した。
彼女の判断基準はこうだ。

(彼女があの服を選んだ時に彼の反応を気にしていたわ)
(ということは、彼の感性が大きな影響を与えているはず)
(しかも、あのワンピースを選ぶということは清楚系の服が好み。たしかに彼女とよく合うわね) (だったら、それに合わせていくつか用意すれば、全部まとめてお買い上げコース間違いなしだわ)

結局店員の思惑は当たり、1万円を超す商品を、提示されるがままに10点以上シンジたちは買っていったのだから、商売上手といえるだろう。
レイは自分ではあまり判断せず、シンジは次々と見れる新鮮なレイの姿に満足して購入を即決したのだから、彼女からすればぼろい商売だ。

(あれを全部買ってくれる彼氏なんて、ちょっとうらやましいわね)

と、売りつける側でありながら彼女が思うほど、シンジは上客だったのだ。

「わかってたけど、かなりの荷物になっちゃったね」

両手いっぱいに抱えた買い物袋に目をやりながら、シンジは苦笑気味に笑った。

「……ごめんなさい、碇君」

そのことに申し訳なさを感じたのだろう、レイはしゅん、とした様子で謝罪した。

「いや、結局タクシー捕まえちゃったし、気にしなくてもいいよ」
「ただ、できれば謝罪よりももっと別の言葉が欲しいかな」

シンジに微笑みながらそう言われて、レイはキョトンとした表情になったあと、慌てて言葉を紡ぎ出した。

――ありがとう、碇君――
――どういたしまして、綾波――

車内で微笑みあう二人をそっと夕日が照らし出していた。





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