再び巡る時の中で

                   「引っ越し」

                                         Written by史燕





「「「カンパーイ」」」

威勢のいい音頭と共に、参加者は思い思いのドリンクを流し込む。

「ぷはーっ、やっぱり一仕事した後のえびちゅはサイコーねぇ」

かくのたまうのは、NERV作戦部長にしてこの一席を設けた我らが宴会部長、葛城ミサト一尉である。

「まったくもう、主賓を差し置いてどんちゃん騒ぎするなんて、貴女の神経は理解出来ないわ」
「え〜、いいじゃないのよ〜、みんなで盛り上がってるんだからさぁ」

親友を窘めるリツコの声も、すでに出来上がりつつあるお祭り人間には馬の耳に念仏、糠に釘、暖簾に腕押しのようだ。

「リツコさん、気にしないでください。これは日ごろのお礼も兼ねているんですから」
「……ありがとう、赤木博士・葛城一尉」

そう言って、シンジは次々と消費される料理が無くなるのにあわせて、レイと一緒にキッチンから次の料理を運んでいた。

「ごめんね、シンジ君、レイちゃんの引っ越しを手伝いに来ただけだったのに」
「うまい、うまいよこれ」
「マコトの言うとおりだ、これ全部シンジ君とレイちゃんが作ったのか?」
「……いえ、作ったのはほとんど碇君、私は少し手伝っただけ」
「あはは、お口にあったようでよかったです。こういっていますけど綾波が作ったんですよそのサラダ」
「へぇ、二人ともすごいじゃないか」
「そうそう、俺なんていっつもコンビニ弁当でさ」
「二人そろってお料理、なんだかすてきね」

マコト・シゲル・マヤの三人もこの場に来ていた。
リビングの壁には、どこから用意してきたのだろうか、大きな横断幕が飾られており「レイちゃんお引っ越し祝いパーティー」と堂々と描かれていた。

横断幕に書かれている通り、ここはレイの新居である。
では、そもそもなぜこのような事態になったのか、話は今日の昼過ぎにまで遡る。
シンジとレイが買い物に行った翌日、幸いNERVからは午前中に解放され、昼食後にレイの引っ越しをすることになっていた。

NERVを出た二人の前に、一台のワゴン車が止まった。

「……日向二尉・青葉二尉・伊吹二尉」
「みなさん、どうしたんですか?」

二人は車に乗っている人物に気付き、声をかけた。

「レイちゃんの引っ越しだって聞いてね。人手がいるだろうと思って僕たちで手伝うことにしたんだ」
「それに、女の子の引っ越しなら女手もあった方がいいでしょう」
「荷物を運ぶのなら、シンジ君だけしか男がいないってのもつらいだろうから、俺たちも手伝わせてもらうよ」
「そういうわけだから、さ、二人とも乗って乗って」

こうして意外と丁寧なシゲルの運転によって、五人はレイの部屋へと向かった。

「綾波、荷物はどこ?」
「……これとこれ、あと、こっちも」

レイの荷物は予想通りかなり少なく、衣服・食器などをまとめても。ダンボール5個分にしかならなかった。

「これから来てもらう業者にベッドやチェストは引き取ってもらうとして、あとは特にやることがないみたいだね」

マコトの言うように、掃除こそ必要だったものの、一時間ほどで引っ越し前の片づけが全て終わってしまった。
レイの部屋に初めて来た三人はあまりの殺風景さと物の少なさに唖然としていたが、これから引っ越すのだからと気を取り直し、要領を得ないレイにあたふたしながら一生懸命指示を出しながら片づけるシンジに加勢するのだった。

「それじゃあ、そろそろ向こうに昨日買った荷物も届くでしょうし、何人か先に行って受け取ってもらいましょう」
「シンジ君、それってお洋服とかそういうのもあるの?」
「ええ、そうですけど」
「だったら、私とレイちゃんとは先に行きましょう。お洋服なんかは女同士じゃないと分からないし」
(それに、いくらシンジ君でも下着までは任せられないし)

と、内心で続けたマヤの提案に、シンジたちは賛同した。
配達が部屋まで持ってきてくれるため、女性陣だけでも問題ないのだが「運転手が必要だね」というマコトのごり押しにより、シゲルが運転手兼荷物持ちとして同行した。
若干レイがシンジについてきてほしそうだったが、シンジに促されてそのまま新居へと向かった。

「それで、日向さん僕にどのようなご用件ですか?」
「おや、気づいていたのかい?」

シンジが切り出すと、マコトは少々意外だという面持ちで返事をした。

「だって、さっき強引に青葉さんを先に行かせたでしょ。それで日向さんから個人的に用件があるのかと思って」
「まったく、シンジ君にはかなわないね」

やれやれ、といった風にマコトは示し、「別にシンジ君を疑っているわけじゃないんだけど」と前置きをしてから本題を口にした。

「シンジ君の戦闘技術、とても一朝一夕で身についたものとは思えなくてね」
「葛城さんは気にしてないみたいだし、きちんと調査しても何も不審な点は無かったよ。でも、いや、だからこそ君の動きは素人には思えないんだ」
「もしかして君は、どこかで専門的な訓練を受けた経験でもあるのかい?」

シンジは確かにNERVで一年近く戦闘訓練を受けているため、マコトの疑問ももっともと言える。
ミサトが疑っていないのは、本職の訓練を受けているにしては、シンジの生身での動きがとても洗練されているとは言えないからだ。
シンジの動きは、良くて武道の初心者に少し毛が生えたレベル、せいぜい受け身がきちんと取れるようになって、ようやく本格的な技をいくつかマスターするようになった程度だ。
マコトもそれには同意見だったが、エヴァに乗った時の動きがあまりにもスマートすぎるため疑問を抱き思い切って質問してみたのだ。
とはいえシンジに本当のことが言えるわけもないので、あまり不審にならないように誤魔化すことにした。

「日向さん、エヴァって動きを頭でイメージして動かすのは御存じですよね」
「ああ、それは何度も技術部から聞いているよ」
「正直に言うと僕はあまり運動が得意な方じゃないんです。勿論NERVの戦闘訓練の意味も分かっていますし、実際に動けるというのも大切なことだというのは理解していますよ」

マコトは、何を当たり前のことをと思うが、とりあえずシンジの話を聞いてからだと考え、続きを促した。

「それで、思ったんですよ。格闘技や武術の映像を参考にイメージトレーニングをしたらいいんじゃないかって」
「そういうわけで、エヴァに乗るようになってからは専門的な映像を時間を見つけたら鑑賞するようにしているんです」
「なるほどね」

シンジが格闘技などの映像を見ているのは事実だ。
これに思い至ったのはこちらに戻ってきてからだが、それなりに効果はあるとシンジ自身も思っている。
一応シンジも基礎はできているのだ。
それにより洗練された動きのイメージができるのならば、マコトとしてもたしかにエヴァに乗った時のあの動きも納得がいく。
どうやら自分の思い過ごしだったようだ、とマコトは判断した。

「失礼なことを聞いてすまなかったね。そうか、イメージか。作戦部としては非常に参考になる話だったよ」
「いえいえ、お役にたてたようで何よりです」

シンジへの疑惑が晴れた直後、タイミングよく引き取り業者がやってきたため話は中断し、いくつか残った家具を渡した後、シゲルに迎えを頼む二人だった。



一方先行した三人だが、荷物を降して配達を受け取った後は、マヤの独壇場だった。
日用品を置き、衣類の整理となるとシゲルに手は出せない。
マヤは寝室に荷物を運びこむと

「キャーこれ可愛い」
「レイちゃんはなんでも似合うわね」
「これって、あの超人気店のじゃない!!」
「ねえねえ、これを選んでくれたのってやっぱりシンジ君?」
「……ええ」
「やっぱり!! シンジ君センス良いわねえ」

とレイをそっちのけで一人盛り上がっていた。
そうこうしながらも

「レイちゃん、これはこっちのクローゼットにかけておくわね」
「あ、このスカートは二段目の引き出しに入れましょう」
「もう、レイちゃん三段目は下着類だって言ったじゃないの」

と、あれこれと世話を焼いているので問題ないといえば問題ないだろう。
シゲルがシンジたちを連れてきた後も、女性二人は寝室から中々でてこなかった。

その二人がようやく部屋から出てきたころである。
マヤが満足げなのに対し、レイは少々ぐったりしているが、それは大した問題ではないだろう。

――ピンポーン――

突然玄関の呼び鈴が鳴った。

誰だろう、と訝しみながら家主であるレイが扉を開けた。

「……赤木博士・葛城一尉」
「はあーい、レイ」
「こんにちは、引っ越しの手伝いに来たのだけど、その様子だともう終わったみたいね」

そこには、NERVの仕事を終えてからやってきたであろうリツコとミサトが立っていた。

そのままミサトの「それじゃあ引っ越し祝いと行きましょう」という言葉から、なし崩し的に宴会となり現在に至る。

宴もたけなわとなったころ、男性陣とミサトは酔いつぶれてその場でひっくり返っている。
ミサトに至っては一升瓶を抱きかかえたままいびきをかいている有様だ。
さらに、珍しくはしゃいだからだろうか、レイもそのまま眠ってしまい、今はシンジの膝を枕にぐっすりと眠っている。

「不思議なものね」
「そうですね」

リツコがふと漏らした呟きに、マヤが同意した。

「えっと、どういう意味ですか」

シンジだけが真意を測りかねている。

「レイちゃんのことよ」

マヤが教えると、リツコと二人で意味ありげにシンジへと視線を向けた。

「レイとは長い付き合いだけど、こんな風に騒いで眠るなんて、想像もできなかったわ」
「私なんて、レイちゃんがかわいいお洋服を持っていて思わずはしゃいじゃいましたよ」
「あはは、たしかに綾波って制服かプラグスーツかしか着ているイメージありませんよね」

シンジがそう続けると、リツコとマヤは二人そろってはあ、とため息をつくと天を仰いだ。

(まったくこの鈍感)
(レイも苦労するわね)

そうしてレイへと慈しみの目を向ける姿は、まるで母と姉が小さな妹を見るようだと思った。

「シンジ君も言うわね」
「たしかに妹みたいですよね」

シンジが思っていたことが口に出たのだと気付いたが、二人の態度が変わらずホッとしていた。

(ミサトさんだったらお母さんみたいだなんて聞かれると何されるかわかんないや)

「それでレイの服を選んだのはシンジ君なのかしら?」
「え、えっと、その」
「先輩、レイちゃんがそう言っていたので間違いないです」
「そう」
「でも、レイが変わったのもシンジ君のおかげだわ」
「こういったら変ですけど、最近どんどん女の子らしくなってきていますよね」
「そうですか?」
「「だって、レイ(ちゃん)が料理するなんて想像もできなかったわ(ですよ)」」

(碇司令が計画を止めたくなるのも分かるわね)

二人とも同じことを思っていると分かったのだろう、二人で目くばせすると、最近のシンジとレイの様子を根掘り葉掘り訊きはじめるのだった。
シンジはまったく気づいていないが、彼によって救われたのはレイだけじゃないようだ。





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