再び巡る時の中で

                   「セカンドチルドレン」

                                         Written by史燕





「シンジ、レイ」

日曜日の朝である。
朝食を終えた碇家で、突然ゲンドウがシンジたちを呼んだ。
最近では毎日朝食を共にするレイも一緒だ。

「父さん、どうしたの?」

食器を片付け終えたシンジが訊ねた。

「実は昨日、弐号機とセカンドチルドレンがやってきた。本日付で本部の配属となる。予定では非番だったのですまないが、この後はセカンドと顔合わせだ」
「うん、わかったよ」「……了解しました」

(まさか、もう来ているなんてね)
シンジも、そろそろアスカが日本へやってくるのはわかっていた。
ただ、前回のようにミサトと一緒に太平洋艦隊のもとへ出迎えに行くものとばかり思っていたため、すでにやってきているのは予想外だった。
しかも、昨日まで全く音沙汰は無く、使徒襲来に合わせた待機もなかったのだから、ゲンドウに告げられる今の今まで気が付かなかった。

(惣流・アスカ・ラングレー)

かつての同居人であり、共に戦った仲間。
途中から噛み合わなくなったあと、心を病んでしまった少女。
そして――

『気持ち悪い』

あの、二人だけになった世界で、そう言われた。
そこにあったものは、明確な拒絶。
自分は彼女にどれだけ嫌われ、恨まれていたのだろう。

(これから会うアスカは、そのアスカとは別人なんだけどね)

前の世界では、その後起き上がったアスカは、再びL.C.Lの海へと還ってしまった。
あんたと一緒にいるくらいなら――そういうことなのかもしれない。
そうやって自分一人だけになった紅い世界にいたのが、気が付けば第3新東京市に向かっていたのだ。

「……碇君」
「なに? 綾波」

どうやら知らず知らずのうちに考え事に夢中になっていたようだ。
気が付けばゲンドウの姿が無い。
もう出勤したのだろう。

「そろそろ私たちも行きましょう」
「あ、うんそうだね」

こうしてシンジはレイと共に、NERVへと向かった。



二人は最初にブリーフィングルームで待機することになった。
ミサトによれば「ちょっち見せたいものがあるの」とのことで、今はその「見せたいもの」の準備をしに、執務室に戻っているらしい。

「お待たせ〜」 「もう準備はできたんですか?」
「そうよん、いやーどこにしまったのか忘れちゃってね〜。見つけるのに時間がかかっちゃった」

ばつの悪そうに舌を出しながら「テヘヘ」と笑っているが、シンジにしてみれば

(きっと、書類の山に埋もれていたんだろうな)

「なにせあのミサトさんだし」と呆れるしかないのであった。

「それじゃあ、映すわよ」

そう言って、ミサトがスクリーンに映し出したのは、海中を駆ける大きな影だった。
その影は、周囲を航行する戦艦や巡洋艦に突進し、次々と崩壊させていく。

「……葛城一尉、これは」
「そう、第6使徒。映像はUN軍太平洋艦隊と交戦を開始したところね」
「それじゃあ、この戦闘は」
「セカンドチルドレンの初陣、ってことになるわね」

ミサトの答えとほぼ同時に、空母の甲板に立つ巨人の姿があった。

(あれは)

シンジにとっては見間違うべくもない、かつて共に戦った赤い巨人――エヴァンゲリオン弐号機の姿だった。
弐号機は身を覆っていたホロを颯爽と振り払い、艦と艦を飛び渡りながら使徒へと向かっていく。

「……また、跳躍」
「しかも、海上の不安定な足場で」

シンジもレイも、洗練された弐号機の動きに圧倒されていた。
シンジは、(今の僕でも敵わないや)と内心白旗を揚げてもいた。

そして弐号機はプログレッシブナイフを装備すると、飛び上がってくる使徒を一閃。
海中に沈んだ使徒へはすぐさま戦艦2隻の砲撃が遅い、殲滅に成功した。

「どう? セカンドチルドレンの腕前は」
「なんというか、こう、ただただ感嘆するしか」
「……操縦技術は一流」

二人の感想に、ミサトも満足げだった。

「葛城、入るぞ」
「あら、時間みたいね」

一通り感想を聞き終えると、男性の声で入室許可を求められた。

(加持さん!!)

その声はシンジにとってはとても懐かしいものだった。
自分たちチルドレンの兄貴分であり、自分の背中を押してくれた存在――加持リョウジの声だ。

「失礼するよ」

そう言って入室する加持は、同伴者を伴っていた。

「まずは自己紹介させてもらおう。俺は本日付で本部に転属になった加持リョウジ。そしてこっちが――」
「エヴァンゲリオン弐号機専属パイロット、惣流・アスカ・ラングレーよ。アスカと呼びなさい」

ここでチルドレン同士の初顔合わせとなった。

「で、あんたがサード? なんだか冴えないわねえ」

が、どうやらあまり友好的な雰囲気とはいかなさそうである。

(やっぱり、アスカは対抗意識を燃やしているみたいだね)

「あんたたち、私の操縦は見たのよね」の一声からはじまり、いかにアスカがすごいのか、シンジたちとは違うのかを話し始めた。
前回のアスカはまだ加持やミサトに気を使って猫をかぶっていたが、今回はそれ以上に対抗心が強いのだろう。
一心不乱に自分を持ち上げ、シンジたち――特にシンジを引き合いに出して糾弾していた。

「だから、アタシなら絶対手がボロボロになったり、ビームの直撃を受けるなんて無様な戦いにはならないの」
「う、うん」
「まったく、アンタみたいな泥臭い戦いじゃなくて、華麗に美しく使徒なんて倒しちゃうんだから。アンタみたいな役立たずはもうお役御免なの」
「そ、そう」

シンジはできるだけ刺激しないように曖昧に流しながら適当に相槌を打っていたが、隣で聞いているレイの方が、徐々に柳眉を逆立たせていった。

「……あなたに何がわかるの」
「はあ? 何よ?」
「……あなたに何がわかるのかと聞いているのよ」
「ちょ、ちょっと綾波」
「……確かにあなたの操縦技術は素晴らしいわ」
「なーんだ、ちゃんとわかってるんじゃないの。そうアンタたちと私はち・が・う・の」
「そうね、たぶんあなたでは、3体の使徒は倒せなかったと思うわ――特に第5使徒は」
「なによ、カンジ悪いわね。私なら一発でコアを打ち抜いてやるわよ」
「そう、やっぱりその程度なのね」
「なによ」

「ちょ、ちょっとアスカもレイもそこまでにして」

いがみ合う二人に、なんとかミサトが仲裁に入ることができた。
加持は二人の口論が始まってから今まで、始終眉間にしわを寄せている。
シンジにとっても何が何だかわからなかった。

(綾波が……怒っている?)

それ自体はわかっても、何に対して怒っているのかは察することができなかった。

「……葛城一尉」
「っな、なに、レイ?」
「これで予定は終わりのはずです。退勤させていただきます」
「あ、そ、そう。わかったわ」

ミサトの許可が出ると、レイはすぐさま踵を返してドアへと向かった。
去り際に

「……私は、セカンドチルドレンに背中を預けることはできそうにありません」

そう、言い残して。

一方アスカはというと

「なによ、やっぱりカンジ悪いわね」
「今に見てなさいよ、必ずアタシとの実力の差を、見せつけてやるんだから」

そう言って、ブリーフィングルームをあとにした。

「ミサトさん、加持さん」
「何、シンジ君?」「どうしたんだい、シンジ君?」

シンジは部屋に残っている二人に話を持ちかけた。

「アスカの言い分はわかるんです」
「アスカは自分に絶対の自信を持っていて、自分が一番だと思っている。そしてそれ自体は事実だとも思うんです」
「そう」「そうかい」
「ただ、どうして綾波が怒ったのかわかりません。そりゃ、綾波もアスカと同じくらい昔から訓練していたのは知っていますけど」

前回も仲は良くなかったが、それはいつもアスカが突っかかっていって、レイが対応する、というものだった。
少なくともレイの方から喧嘩を吹っかけていくようには見えなかったのだ。

「シンちゃんは、アスカにあんなこと言われて悔しくないの?」

ミサトはシンジへの答えでなく、逆に質問で返してきた。

「そりゃ、あんなこと言われて悔しくないことはないですけど。アスカならもっとうまくやれたのかもしれませんし」

徐々に尻すぼみになりながらも、シンジは質問に答えた。

「それじゃ、シンジ君。この先アスカだけで使徒と戦い続けることができると思うかい? あるいはシンジ君一人で」

今度は加持が質問を返した。

「それは、少なくとも僕だけじゃ無理だと思います。アスカも、たぶん」

シンジの脳裏に浮かぶのはこの先の戦いで敵となる使徒たち。
ひとりでは決して対抗できない、一癖も二癖もある相手ばかりだった。

「でも、君はすでに三回の実戦を経験しているだろう? そのどれも君がキーパーソンだった」
「いえ、第5使徒を倒したのは綾波ですよ」

加持のさらなる問いにも、シンジはすぐに答えた。

「謙虚なんだね。だが、俺の目はアスカと違って節穴じゃあない。君があの加粒子砲を止めなければ勝てなかった」
「それでもシンちゃんは、一人じゃ無理だって思うのよね」
「ええ、間違いなく。僕だけじゃ絶対に無理です」

シンジの答えは確証があるのだが、ミサトと加持にはそれはわからない。

「まあ、なぜレイちゃんが怒ったのか、これは君自身が見つけるべき答えだ。なっ、葛城」
「ええ、そうね。とりあえず、今日はこれでお開きにしましょ」
「じゃあ、俺は不機嫌なアスカ姫様の機嫌を取りに行ってくるよ。ただ、レイちゃんの気持ちも考えてあげるんだな。シンジ君、頼んだよ」
「は、はあ」
「ごめんね、シンジ君。私もアスカが来たことでちょっちやることが増えちゃってね」
「あ、作戦のバリエーションも変わりますもんね」
「そう、今のままじゃ上手くできるかわかんないけどね」

こうして三人も退室し、シンジは帰路についた。



加持が執務室に戻ると、アスカが待っていた。

「結局どうだい、二人の印象は」
「もう、さいっあく、サードはポヤポヤ〜っとして頼りないし、ファーストは感じ悪いし」
「でも、これからは一緒に戦うんだぞ」
「えーーっ、アタシ一人で使徒なんか充分ですよ。……充分なはずなのよ」
「どうしたんだ? アスカ」
「ちょっと、気になることがあるの」
「さっきのことか」
「ええ、アタシは完璧で、誰にも負けるわけにはいかないの、でも……」
「何か引っかかるんだな」
「『背中を預けることはできそうにありません』ねえ、どうしてなのかな」
「さあて、それはアスカ、君自身が見つけないといけないよ」
「そう……なのかな……」

しばらくアスカは沈思していたが、吹っ切れたのだろうか、顔を上げて、誰にともなく宣言するように言った。

「このアスカ様の素晴らしさを、あのファーストにも知らしめて、見返してやるんだから」

そう言って、アスカは加持の部屋から帰ったようだった。

「『見返してやる』か。アスカ、それじゃあきっと途中で上手くいかなくなるぞ」
「ま、可能な限りサポートはするが、結局はアスカ自身の問題だな」

アスカの様子を思い浮かべながら、そっと加持は何とはなしに呟くのだった。



一方レイは、自宅で一人悩んでいた。

「どうしてあんなことを言ったのかしら」

いつものように特に興味もない相手だった。
これから一緒に戦うと言っても、命令に従うだけであり、好悪の感情など持つ予定もなかった。

――アンタみたいな役立たずはもうお役御免なの――

シンジに向けてそう言われた瞬間、カーッとなって、全身の血液が沸騰したかのようだった。

「……私、怒っていた?」

彼女の知っている情報によれば、さっきの自分は間違いなく怒っていた。
あの感情が「怒る」ということなら、たぶんそうなのだと納得できる。

「でも、どうして?」

結局はセカンドチルドレンが自慢話をしていただけ。
それなのにどうして怒ったのか彼女自身も理解していなかった。

「……私には関係ないことだもの」

ただ――

「……碇君」

彼のことが大きく影響していることは間違いない。

「碇君」

なぜか彼のことを思い浮かべると胸が苦しくなる。

“いかりくん”

一体自分はどうしてしまったのだろう。


そんな彼女が悩みから解放されるのは、シンジが夕食に呼びに来たときだった。






次へ

前へ

書斎に戻る

トップページに戻る