再び巡る時の中で

                   「戦場」〜前編〜

                                         Written by史燕





アスカが第三新東京市に来て数日後、第7使徒出現の報が、NERV本部に届いた。

「敵を水際で叩くわ。エヴァ全機発進急いで」

こうして、エヴァは三機とも、海岸線でイスラフェルを迎え撃つために待機していた。
装備は弐号機がソニックグレイブで、初号機と零号機はパレッドライフル。
無理に三人を協調させるよりは、独断専行の気の強いアスカを前衛に据え、残る二人が連携しながら援護を行う形にしたのだ。

シンジ自身も、今回はアスカとうまくいっていないことがわかっており、この配置も仕方ないと思っていた。
恐らく、前回同様アスカが突出するであろうことも。

(たぶん、今回は負けるな)

シンジはイスラフェルの分裂・自己修復能力を鑑みて、そう判断した。
現在の思考の中心は「いかに損害を少なくして撤退するか」だった。

「ミサトさん」
「なに、シンジ君」
「もしものために、N2爆雷の準備もお願いします」
「ええ、すでにUN軍には待機してもらっているわ」
「そうですか、安心しました」

たぶん自分たちで使徒は止められない、ならば、前回と同様にN2で足止めしてもらおう――そんな考えからだった。

しかし、そんな事情など知る由もないアスカにとっては、違う風に見て取れた。

「あ〜ら、連戦連勝のサードチルドレン様はもう逃げ腰なんですか」
「そんな心配はせずとも、あっさりと仕留めてしまわれるのではなくて」
「ちょ、ちょっとアスカ」

アスカの言い草に、慌ててミサトが制止した。
シンジにとっても心中穏やかならざる言葉だったが

(ここで揉めても無駄だ)

と必死に自制し、代わりに苦言を呈することにした。

「アスカ、戦いでは何が起こるかわからないんだ。もしものために備えることも必要だと思うよ」
だが、アスカにとってはこれも軟弱者の言い訳としか映らなかった。

「フン、アンタとアタシは違うの。敗北主義者は戦場には用なしよ」
「そう……わかったよ」

シンジはもうこれ以上何も言うことはできなかった。
一つにはそろそろ会敵予定時間が迫っていることもあったが、なにより今ここで争って、ただでさえ悪い連携をこれ以上悪化させたくなかった。
モニター越しに見れば、レイはこちらに対して我関せずの姿勢を貫いているようだったが、心なしかいつもより表情が険しいようでもあった。

(「そんなことしている場合ではないでしょ」とでも思っているんだろうな。全く以ってその通りだよ)

シンジは気を引き締めて、敵影が現れるのを待った。

「さあ、いつでもいらっしゃい」

アスカも話を止めて、獲物が来るのを今か今かと待っていた。
ミサトは、発令所でホッとしていた。
なにせ戦闘前なのだ。このまま仲間割れなどされていては、指揮官にとっては目も当てられない。

「来た」

そんな時、シンジの声が使徒の襲来を告げた。

「戦闘開始」
「チャーンス」

ミサトの合図を聞いてか聞かずにか、アスカが得物を構えながら使徒に接近した。

「これで終わりよ」

その声とともに、弐号機の持つソニックグレイブはイスラフェルを真っ二つに両断した。

「ナイスよ、アスカ」

ミサトとしても、あっけない幕切れに釈然としないものは感じたが、被害なく勝利できたので気にしないように考えた。
発令所も安堵の声が支配していた。
しかし、シンジだけは違った。

(これで終わりじゃない)

シンジはライフルを構えたまま、使徒の変化を見逃さないよう使徒を注視していた。
ふと見れば、零号機もこちらの意図を察したのか、再びライフルを構えなおしている。

「アスカ、危ない」

シンジは使徒の変化に気付くと、アスカに声をかけた。

「はあ、アンタ一体何言って――きゃあああ」

シンジの注意も虚しく、完全に油断していた弐号機は分裂した使徒の片方の突進を受けて跳ね飛ばされていた。

「なーんてインチキ」

ミサトたちが分裂した使徒に驚いている間、シンジは必死にどう動くべきか考えていた。

(なんとかアスカを連れて撤退しないと、このままじゃN2も使えない)

まずは体勢を立て直すべきだ、そう判断してシンジは弐号機は向かい走り始めた。

「くそっ、綾波、援護して」
「……了解」

零号機はライフルで攻撃するものの、すぐに傷を塞がれてしまい全く効果がない。
それは初号機も同様だった。

(ちっ、やはり二体同時に攻撃しないとだめか)

内心で舌打ちをしながら、シンジはまだ動けない弐号機の救援に向かった。

一方アスカも、なんとか衝撃から回復し、立ち上がろうとしていた。

「イタタ、まったくなんなのよいったい」

悪態をつきながらも戦況がどうなのか確認しようとした時だった。

「えっ」

目の前には分裂した使徒(甲)が今まさに光線を放とうとしている姿があった。

「きゃああああ」

次の瞬間、弐号機を強い衝撃が襲った。

「あれ」

しかし、アスカが予想していた、貫かれるような痛みや、焼けるような熱さは襲ってこず、機体にも損傷は見られなかった。

「くっ、ううっ」

代わりに音声ラインから聞こえてくるのは、呻くような声であり、ふと上を見れば、紫の巨人が、さっきまで自分のいた位置で片膝をついていた。
どうやら初号機が自分を突き飛ばし、身代わりになったらしい。

「な、んで……」

アスカの脳では、今の状況を把握しきれていなかった。

「アスカ、撤退するよ」
「そんな、まだアタシは」

撤退という言葉に、すぐさまアスカは反論する。

「ライフルもグレイブも聞かない相手にどう対処するつもりなんだよ。いいからここは退くんだ」
「うっ」

遠くを見れば、零号機が使徒(乙)を相手にこちらへ後退しながらライフルで牽制している。
こちらでは、初号機が右手にプログレッシブナイフを装備して使徒(甲)を受け止めていた。
初号機の左腕はぶらりと垂れ下がり、左肩は血を噴き出していた。
どうやら先程の光線にやられたようだ。

「ミサトさん、僕たちじゃ無理です。N2を」
「わ、わかったわ」
「綾波、弐号機を連れて後退して」
「……了解」

シンジは今後の指針を確認すると、使徒(甲)を蹴り飛ばし距離を取った。

「ちょっと、アンタはどうするのよ」

今の話ではシンジのことは触れられていない。
まさか、手柄を独り占めするつもりはないだろうが、一体どうするつもりだろうか。

「僕かい、僕はここで殿をするよ。撤退するには誰か残っている必要があるだろう」

前回は遠くへ投げ飛ばされて沈黙したために距離が取れたが、今回は追撃が待っているだろう。
ここで損傷の酷い初号機が敵を引き付けるのが妥当との考えだ。
そう言っているうちに、零号機は弐号機を引きずりながら撤退を始めた。
見れば、初号機は弐号機が持っていたソニックグレイブを振り回し、二体の使徒を何とか引きつけている。
左手も辛うじて動くらしく、ナイフを装備して対応している。
その後方には零号機もライフルとナイフを置いていた。
必要となった時に初号機が使えるようにだろう。

「ちょっとファースト、アンタそれでいいの」
「……私たちが早く戦線から離れれば、それだけ碇君の負担が減るわ」

レイがアスカの問いに渋面を作って返答する。
この冷血女じゃ話にならない、そう思ったアスカは、ミサトへと矛先を変えた。

「ミサト、なんとかしなさいよ」
「でも、たしかにエヴァの武器では有効打を与えられないのよ」

ミサトは悔しそうに、腹の底から言葉を絞り出すようにして言った。

「セカンドチルドレン」
「はっ」

そんな中で言葉を発したのは、ゲンドウだった。
シンジの父親であるゲンドウなら、シンジを見捨てるような判断はすまい、そう思ったアスカの期待は裏切られることとなる。

「エヴァは全機撤退、殿は初号機とする。いいな」
「そんな」
「弐号機、シンクロカット急いで」
「はい」

ゲンドウの言葉に絶望するアスカに対して、ミサトが指示したのはシンクロの切断だった。
完全にお荷物になった弐号機を運ぶレイには悪いが、このまま暴れられるよりは撤退しやすいとの判断だ。

2体の使徒を引き付ける初号機は、まさに獅子奮迅といったものだ。
ソニックグレイブで使徒(甲)を斬りつけると、すぐに柄を滑らせ、後方へ回り込んできた使徒(乙)を石突で打つ。
使徒(乙)を突いたあと、まだ動けない使徒(甲)を蹴り飛ばし、距離を取ると、改めて使徒(乙)を袈裟懸けに斬り伏せる。
斬っても斬っても、すぐに再生する。
それはシンジも分かっているのだが、残念ながら2体同時に相手取るのに精いっぱいで、殲滅することなど不可能だ。

(まだか、まだなのか)

シンジもギリギリである。
すぐにまた使徒(甲)が体当たりをしかけてきた。
グレイブを軸に体を移動させ、遠心力を利用して、辛うじて握っているだけの左手のナイフで背中から斬り払う。

――パリン

(あっ)

しまった、と思った時には遅かった。
使徒の表皮を斬りつけた瞬間、プログレッシブナイフが鍔元から折れたのだ。

(クソッ)

慌てて零号機が残したナイフを取りに向かう。
初号機の足で十五歩、だが、ナイフを手にした時には二体の使徒が体勢を整え肉迫していた。

(間に合え!!)

辛うじて甲乙双方の腕を左右のグレイブとナイフで受け止める。
だが、このままではジリ貧だ。
すぐに力負けして押し切られてしまう。

(それなら――)

初号機は使徒を受け止めた体勢のまま、体を滑らせると、仰向けになりながら両脚で使徒に足払いをかけた。
体勢を崩した使徒に対し、素早く立ち上がった初号機はそれぞれ2体を別々の方向に吹き飛ばし、距離を稼ぐ。
ここで稼いだ距離は、そのまま時間を稼ぐことにも繋がるのだ。



「すごいですね、シンジ君」

一連の攻防を眺めながら、マヤがミサトに告げた。
言外に「一体どんな訓練をしたのか?」という疑問が、感嘆と共に伝わってきた。
右手一本で本来両手で扱うはず長柄武器を使い、負傷した左手でナイフを使う。
倒すよりも動けなくすることを意図した動きは、殿――つまり時間稼ぎを目的とした現状において的確な戦術と言える。

「もし左手が万全なら」「もしソニックグレイブがもう一本あれば」
……使徒を殲滅できたかもしれない。
そう思わせるほど、初号機の動きは洗練されていた。
それこそ、第6使徒戦の弐号機と比較して遜色ないように、マヤやほかのスタッフには見えた。

(私たちは、何もできないのね)

現在は初号機単機で使徒を相手取っているが、本来は三機揃って向かうこともできたのだ。
それができず、零・弐号機両機が撤退、初号機が殿となってしまったのは、作戦部のひいてはNERVそのものの怠慢だ。

(いつも、あの子に押し付けてばかりね)

考えてみれば、第3使徒からこのかた、NERV本部の使徒戦の要は、いつもシンジだった。
アスカがどんなに息巻いても、目の前にある通り、技量にせよ、精神面にせよ、格段の差がある。
おそらく、機体そのものの操縦技術はアスカの方が上だろう。
しかし、戦場での動き――それは戦闘技術も状況判断も含めて――となると、シンジが一番だ。

その背景には、シンジはすでに知っている・・・・・戦いだからなのだが、それをミサトは知る由もない。
戦闘能力に関しては、実はNERVの戦闘訓練以上のものはないのだ。
前回を加えても、シンジは一年かそこら、生身では幼いころから訓練を受けているアスカやレイに勝るものなど何一つない。
だが、一年以上この・・初号機に乗り続けているのだ。
エヴァの操縦は神経接続、つまりイメージが重要なのだ。
極論を言えば、もしシンジの足がなくなったとしても、エヴァに乗って「歩く」というイメージさえできれば歩くことは可能だ。
要するに、現実では初号機の戦闘での動きはできないのだが、しっかりとイメージができており、さらに直接シンクロを行っているため誤差なくそれが初号機に伝わった結果、まるで一流の武芸者のような動きが行えているのだ。



「葛城さん、UN軍が間もなく到着するそうです」

入電を受けたマコトが、ミサトに告げた。

「そう」
「シンジ君、聞こえた?」
「ええ、聞こえました。初号機、これより戦線を離脱します」

初号機の姿は、まさに満身創痍と言っていいものだった。
左肩以外の大きな損傷はないが、装甲は破れ、太ももや腹部では肉が抉れている部分もある。
それでも辛うじて移動は可能だったようで、少しずつ使徒を釘付けにしながら後退していたこともあり、なんとかN2爆雷の射程外に逃れることができた。




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