再び巡る時の中で

                   「戦場」〜後編〜

                                         Written by史燕





初号機が帰還した後、作戦関係者はシンジを除いて全員ブリーフィングルームに集められた。
使徒の足止め可能な期間は五日、それまでに今回の反省と善後策を講じておく必要がある。

「赤木博士、エヴァの様子は」
「零号機と弐号機は大きな損傷は認められません。初号機に関しても、なんとか五日で修復できそうです」
「そうですか、つまり使徒の再侵攻には間に合うわけですね」
「ええ、もちろんパイロットが作戦に参加できれば、の話ですが」
「わかりました」

ミサトとリツコの間で、戦力の確認が行われる。
リツコは言外に、シンジの回復が厳しいということも伝えていた。

「初号機の攻撃により、わかったことがあります」

青葉シゲルが、戦闘からの分析結果を報告する。

「どうやら甲乙で同時に同じ部分を攻撃された場合、修復に時間がかかるようです」
「つまり、同時に攻撃したら倒せるかもしれないってこと?」
「どうやらあの使徒は、互いに互いを補完し合っているみたいね」
「やはり、もとは同じ使徒ってことね」

シゲル・ミサト・リツコによって考察が行われるが、具体的な策は浮かばないようだった。
意見が出尽くしたのを見計らい、それまで沈黙を保っていたゲンドウが声を発した。

「セカンドチルドレン」
「はい」
「今回の反省を述べよ」

ゲンドウの声に、アスカは答えることができなかった。
独断専行・戦闘中の油断・命令への不服従……どれも許されることではない。
ただ、アスカはそれを自分で認めることができなかった。

「では質問を変えよう。サードチルドレンの負傷について、何が原因だと思う」

これも、自分が庇ったためだと分かっている。
だが、自分があの冴えないサードに守られたと認めるのは癪だった。
自分はエリートで、誰よりも優れている、サードにも負けるわけがない、そう信じていたからだ。

「あれは、サードがかっこつけて庇ったり、最後に残ったりしのが悪いのよ」

ほんとはそうじゃないと分かっていても、そう言わずにはいられなかった。
アスカの言葉を聞いて、ゲンドウの眉がピクリと動いた。

「そうか、では最後だ。君たちの仕事は何かわかるか?」
「エヴァの、操縦、です」

アスカは力なく答えた。

「そうか、これにて一旦解散とする」

ゲンドウの宣言により、この場は解散となった。
作戦部はこれから集まっている使徒の情報を分析し、対抗手段を考えなければならない。それがまとまるまで、チルドレンは待機となる。
だが、去り際にゲンドウはアスカに向けて

「君には失望したよ」

と吐き捨てるように言った。

(なんで、どうして、アタシばっかり……)

自分の問題点をなかなか認められない、彼女の欠点がそこにあり、大きく自尊心を傷付けられていた。
ミサトにとってみれば「アスカもまだまだ子供ってことね」と済ませられるが、それで収まらない人物がいた。

「……セカンドチルドレン」
「なによ、ファースト」
「……あなたは本当に、自分に責任がないと思っているの」

レイの問いに、アスカは声を詰まらせた。自分に非があることはわかっている。
だが

「そうよ、アタシは完璧なの。アンタたちと違うの。サードだって、変にかっこつけちゃってさ。それでやられて帰ってきたんじゃ、世話ないわよ」
「アスカっ」

アスカのあまりの言い草に慌ててミサトは駆け戻ってくる。

――――パァン

そのとき、部屋中に乾いた音が鳴り響いた。

「えっ」

それはレイがアスカをはたいたからなのだが、突然の出来事にミサトどころかその場にいる全員が反応できなかった。

「レイが、はたいた……」

ミサトの言葉は、その場にいる全員の気持ちを代弁していただろう。
今まで、何があってもめったに顔に出さなかったレイが、いきなり怒るどころか、手を上げたのだから、驚くなという方が無理だろう。
ミサトにとっては、先日レイが怒気を表すようになり、問題ではあるがよい変化だと捉えていたが、まさかアスカを叩くとは思っていなかったのだ。

「な、なんなのよ」
「……それは、自分で考えて」

「これ以上あなたと関わりたくない」そう宣言するかのようだった。

「……葛城一尉」
「なっ、なに? レイ」

レイから話しかけられて、はじかれるようにしてミサトは返事をした。
これにより、ようやく周りの時間も硬直から解放され、進み始めたようだった。

「……碇君の所へいきますので、失礼します」
「あ、ああ、そう。何かあったら呼ぶから、それまでは自由にしていていいわ」
「……わかりました」

レイはそのまま部屋をあとにした。
恐らく宣言通りシンジの病室へ行くのだろう。

(なによなによなによっ、いったいなんなのよ、あの冷血女)

その場に残されたアスカは、なぜ自分が攻撃されたのか、それはわからず、ただひたすら心の中でレイを罵倒していた。
内心では、自分にも非があったことは認めつつも………。



レイがシンジの病室にたどり着くと、人影が見えた。
どうやら先客がいるらしい。
そっと中を覗くと、先客はシンジと話し込んでいるようだった。

「……碇司令」

先に見舞いに来ていたのはゲンドウだった。 今は関係各所からの書類が溜まっていて執務も忙しいはずだが、シンジが心配だったのだろう。

(……やっぱり、親子なのね)

以前シンジは気にしていたが、普段もそうだが、こういう時もちゃんとゲンドウは父親をやっているようだ。
うらやましくない、というと嘘になるかもしれないが、それよりもうれしいような、暖かいような、そんな気持ちが先に立った。
少なくとも、シンジに対して何か含むところは感じたりしなかった。
気が付くと、話が終わったのだろう、ゲンドウがドアへと向かってきた。
必然的に、退室しようとするゲンドウと、レイは鉢合わせすることとなる。

「ちょうどよかった、私はこれから仕事に戻らなければならん。レイ、シンジのことをよろしく頼む」
「……はい」

それだけ言い残して、ゲンドウは去っていった。

「……あの、碇君」
「あ、綾波。来てくれたんだ」
「……ええ、だいっ、怪我の調子はどう?」

「大丈夫」と聞きそうになり、搬送時に見た限りでも重傷なのはわかったことを思いだし、言い換えた。

「うん、大丈夫だよ。幸い後遺症は無いみたいだから」
「そう」

シンジの返事に安堵するものの、左肩をはじめ、あちこちに包帯が巻いてあることから、その痛々しさに胸が痛んだ。

「ああ、これ?」

レイの様子から、自分の腕のことに思い至り、シンジは話し始めた。

「ちょっと無理して使い過ぎたらしくてね。幸い利き腕じゃないから、大した問題はないよ。すぐに動くようになるらしいし」
「……でも、そこまでフィードバックが出ているのなら、しばらく安静にしないと」
「でも、使徒は待ってくれないだろうし」
「医者としても、あまり無理してほしくはないわね」

そのとき、リツコとミサトが入ってきた。

「やはり、無茶ですか。2・3日で動くらしいんですけど」
「それでも、よ」
「そもそも病み上がりの人間を戦場に出すのは、できれば作戦部としても避けたいわね」

リツコもミサトも、シンジを心配しているようだった。
ただ、ミサトは申し訳なさそうに「それでも無理してもらうことになりそうなんだけど」と言葉をつづけた。

(やっぱりユニゾンかなあ)

シンジはそう思いながら、今のアスカと上手くやっていけるのか、正直に言うと前回よりも不安だった。

「シンジ君、いい機会だから話しておくわ。あなたのシンクロ、はっきり言うと異常なのよ」
「異常、ですか? シンクロ率は確かに高めですけど」

シンジにしてみれば、それは二回目だからであり、感覚としては以前と大きくは変わらないのだから、別に不思議だと思わなかった。

「いえ、異常なのはその怪我よ。より正確に言えばフィードバックが過剰なことね」
「ああ、なるほど」

たしかに以前の戦いでは、腕が切られようが体が焼かれようが、ここまで大きな影響はなかった。
実態としては初号機に直接シンクロしているからであり、ユイとシンクロしているわけではないこともシンジは気づいていたが、「シンクロする」ということに関しては一緒だったため、そしてこちらでもう慣れてしまったために特別なこととは思わなかった。
もしフィードバックが過剰なのだとしたら、おそらくそのせいだろうとシンジには見当はついた。
もっともそれを素直には言うわけにはいかなかったが。

「そういわれても、特段なにかあるのかというと、思い当たりませんし……」
「そう」
「ただ、シンクロしていると初号機と完全に一体になったような気がしますけど」
「完全に一体に? そこで誰か他者の存在を、例えば庇護されるような感覚は無いの?」

シンジはとりあえず、前回と違う点を曖昧にぼかしながら話したが、やはりリツコは食いついてきた。
となりにミサトがいるのさえ、忘れているのかもしれない。
シンジは「いいえ」としか答えられなかった。

(だって母さんがいない、なんて言えるわけないじゃないか)

結局リツコは「これから少し考えてみるわ。貴重な意見をありがとう」と言い、ミサトもミサトで「そろそろ会議の時間だから」と言って、二人とも帰ってしまった。

病室に残されるのは、シンジとレイの二人だけである。

「なんだか、綾波にはこうしてきてもらってばかりの気がするね」
「……そう、でも、最初はあなたが私の病室に来てくれたわ」
「そういえばそうだったね」

シンジはこちらのレイに初めて会った時のことを思い出していた。
さらに、前の世界のレイのことも。

「……碇君」
「どうしたの? 綾波」

レイの呼びかけから、シンジは一気に現実へと呼び戻された。

「……怖かったの」
「え?」
「碇君が使徒の攻撃を受けた時も、一人で殿に残った時も怖かったの。それが一番いい方法だとは思っても、やっぱり碇君が心配で、心配で……」
「そうだったんだ」

流石に以前よりは一緒にいる時間は増えたことはわかっていたが、ここまで心配されるほどとは思っていなかった。
失礼ながらシンジは、レイはもっと事務的な関係の延長でしか自分を見ていないと思い込んでいたのだ。
それは、前回のこの頃のレイ、という先入観が先にあったからだろう。
この場にもしゲンドウがいれば、「シンジいくらなんでも鈍感すぎだろう」と嘆息するに違いない。
もっとも、ユイや冬月からすれば「似たもの親子」という評価が下されることは間違いないが。
それはともかく

(そうか、この綾波は、あっちの綾波とは違うんだよね)

シンジは、改めてその事実に気付くと同時に、だからこそ、これからはきちんと「綾波レイ」という目の前の女の子との関係を大事にしていくべきだと思った。

「綾波、大丈夫だよ。僕はここにいるから」
「……うん、うん。ねえ、もう、あんな無茶はしないで」
「うーん、そう言いたいところだけどね。もしまた使徒との戦いであんな状況になったら、僕はまた同じように行動すると思う。戦場では何が起こるかわからないからね」
「……そう」

レイはその言葉を聞いて俯き、何かを考えているようだった。

「……だったら」
「?」
「だったら、私が碇君を守るわ。もし無茶をしても、助けられるように。前、碇君が私を守ると言ってくれたように」
「前、ヤシマ作戦の時か……」

互いに互いを守るとは、まるで愛の告白のようではないか。

(もっとも、綾波に限ってそれは無いか)

以前よりは近しい関係だが、恋だの愛だのと言った関係とは程遠い、それが、シンジのレイと自分の関係に対する評価だった。

(「あなたは死なないわ、私が守るもの」だったっけ)

かつてそう言ってくれたもう一人の綾波レイと同じことを言っている。
違うのは先に自分が誓っていることだが、中身はさして変わらない。
シンジにとっては、大きな意味があるものとは思えなかった。
だが、もう一人の当事者はシンジとは違った。

(碇君は、私が守る)

少女は独り心に誓うのだった。




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