再び巡る時の中で

                 「人類の敵、人類の味方」

                                         Written by史燕





最近のシンジには困ったことがある。

「……碇君、どうしたの?」
「いや、ちょっと考え事をね」

温泉へ行った日以来、レイの距離が、何かと近いのだ。

(原因は、やっぱりアスカなんだろうな)

シンジは付かず離れずの距離でこちらを観察しているアスカを見て、ため息をついた。

「アスカ、一体どういうこと?」
「なによ、アタシはなにもしてないわよ?」
「だって、綾波の行動が前と違いすぎるんだけど」
「あらあら、お仲の宜しいことで」
「茶化さないでよ、もう」

アスカはシンジの追求を、のらりくらりと躱している。
実は、アスカが特段レイに何か吹き込んだつもりはないのだ。
ただ

「レイ、シンジと一緒にいたい?」
「……ええ」
「じゃあ、遠慮してないで一緒にいたらいいじゃない」
「……でも、碇君に迷惑かも」
「アンタバカあ? そもそも一緒に登下校してる時点でだーれも気になんてしないわよ」
「……そうかしら」
「そうよ、シンジだって女の子に近づかれて嫌なはずないんだから、好きにやりなさい」
「……わかったわ、アスカ」

というやり取りをしてから、アスカの予想以上にレイがシンジにべったりしているだけなのだ。
もっとも

(これでも気づかないシンジって、やっぱりバカシンジね。まっ、がんばるのよ、レイ)

などと思って高みの見物を決め込んでいるのだから、アスカも全く非がないとはいえないのかもしれないが。
とにもかくにも、レイは「好きなように」やっているのだ。
シンジにしても

「……碇君は、私と一緒じゃ、嫌?」

と、直接聞かれると、満更でもない気がしてきて強く拒否できないので、どっちもどっちと言える。
クラスのメンバーは、修学旅行に行かなかった時点で、非公式にだが、シンジたちの事情も説明されているため、三人一緒でも特に不思議には思わない。
一つには、以前から無表情で通していたレイが、シンジと一緒にいるようになってからは表情豊かになったことから、半ば「公認の仲」になっているのもあるのだが。

(次は停電中に使徒は来るんだし、一緒にいた方が都合がいいと言えば都合はいいのか)

と、シンジの中でも正当化が成立したようで、これ以降シンジとレイの(物理的な)接近の障害になるものは存在しなくなったりする。

(でも、そろそろだよな)

いつ停電が起きるのか、それ自体は覚えていない。
故に最近は、特に用事がなくてもNERVに行くようにはしていた。
名目は自主訓練だが、結果としてレイもアスカも付き合ってくれるので、三人仲良く格闘訓練やシミュレーション訓練を行い、連携に関しても特に問題は無くなっていた。

「それじゃあ、保護者の方に渡すように」

根府川先生の指示で、配布物が回されてくる。
「進路相談について」そう書かれているプリントを見て、シンジは今日がその日なのだと気が付いた。
学校はたった今放課後に入ってしまった。
時間的に、停電するまでにNERVに行くのは無理だろう。
だとしても、できるだけ早くNERVへ向かった方がいいだろう。

「綾波・アスカ、NERVへ行くよ」
「……碇君が行くのなら」
「ちょっとちょっと、そんなに慌てなくたっていいじゃない」

レイはともかく、アスカはいつになく急いで出立を促すシンジをいぶかしげに思いながらも、いつものことだと思い直し、シンジの後を追いかけるのだった。



その頃、内閣の緊急会議は大混乱に陥っていた。
戦略自衛隊から、使徒接近と、NERVから応答がないことを知らせる報告があったからだ。

「くそっ、よりにもよって今日来なくてもいいじゃないか」
「どうしてNERVに工作なんて仕掛けようなどといったのだ」
「なにをっ、あなただって『連中を多少困らせてやろう』なんて言って乗り気だったではないですか」
「言い争いをしている場合か」
「総理、どうします?」
「やってしまったこと、起こってしまったことは仕方があるまい」
「では?」
「戦略自衛隊の全力を持って迎撃をするんだ」
「しかし、我々の戦力では到底かないませんよ」
「いいから防衛大臣、今すぐ現場と連絡を取ってくれ」

実は、今回の停電は内閣の指示で内調が行ったものだった。
決定した当初は多少の嫌がらせと、可能ならばNERVのテクノロジーの一端でも掴めればという目的だった。
しかし、まさか使徒がやってくるとは思ってもみなかった。
嫌がらせで人類滅亡など、笑いごとではない。
総理大臣は、覚悟を決めていた。
今回の戦闘では下手をすると民間人にも少なくない犠牲が出るかもしれない。
なにせ、避難するどころか、危機の接近さえ知らないのだ。
NERVに自分たちが工作したことはわからないかもしれないが、犠牲者を出したことへの責任は取らざるを得ないだろう。
そのとき、戦略自衛隊との連絡がつながった。

「私だ、状況を報告したまえ」
「はっ、誠に勝手ではありますが、現場の判断で特務機関への連絡と一般人の誘導を行っております。報告によりますと、シェルターへの非難は9割がた終了したとのことであります」
「NERVは以前沈黙を保っておりますが、上級職員との接触に成功したとの連絡が届いています」
「今回の件に関する責任は、我々幹部職員の全員で引き受ける所存であります」
「そ、そうか」

総理も防衛大臣も、あまりの行動の速さに唖然としていた。
本来は命令もなく行動することなど許されないのだが、今回は非常事態故に致し方ないだろう。
何より、戦自の本部はすでに腹をくくっていた。
首を斬るなら斬ればいい、我々は間違っていない、と。
閣僚が揃って目先の意地の張り合いばかり考えていたことを、この時総理は非常に申し訳なく思った。
「己の命を張る彼らと、自分たちはこうも違ったのか」と。
その上級職員、日向マコトは選挙カーに協力してもらいNERV内を爆走していた。

「ただいま使徒接近中」

マイクでひたすらそれを報告しながら。

地上では、使徒の進行方向とNERV本部の間から、最後の戦自隊員が撤退しようとしていた。
無事、民間人の避難が終了したのだ。

「では、迎撃の方はやってもらえるかね」
「はっ、しかし、足止め程度が限界ですが」
「それで構わん、できる範囲で全力を尽くしてくれ」
「はっ、それではこれより目標迎撃に移ります。では、失礼いたします」

「……頼むよ」

総理は、通信を終えるとそっと呟くのだった。

戦自による使徒迎撃が始まった。
戦車の主砲や自走砲の砲撃が、次々に第9使徒へ着弾する。
戦闘機や爆撃機からミサイルが雨霰と降り注ぐが、A.T.フィールドを持つ使徒には全く効果がない。
しいて戦果を挙げるとすれば、A.T.フィールドを展開するために文字通り足が止まっていることぐらいだろうか。

「くそっ、全くきいてやしねえ」
「わかってたことだろう、せめて少しでも多く時間を稼ぐ、それが俺たちの仕事だ」
「へいへい、全くNERVはまーだおねんねかよ」
「何か事故でも起こったんだろう。民間人の避難が終わっただけましさ。堕とされるんじゃないぞ」
「もちろんだよ、お前もな」

こうして彼らは、愛機を駆って空を駆けるのだった。



時は遡り、戦自の使徒迎撃が行われ始める少し前のこと。

「やっぱりだめか」
「どうしたのよ、シンジ」
「ゲートが反応しないんだ」
「壊れているんじゃないの?」
「いや、周りを見て、停電しているみたいだ」
「じゃあ、そのうち直るんじゃないの?」
「……いえ、おかしいわ」
「なんでよ、レイ」
「ここは正・副・予備の3系統の電源があるの」
「つまり、全部それが落ちるのは理論上ありえないのか」
「じゃあ、どうすんのよ。緊急時は発令所に行くことになってるけど、これじゃあ入れないわよ」
「……こっちよ」
「えっ?」
「綾波は一番長くここにいるし、発令所への行き方がわかるんじゃないかな」
「なるほど、さっすがレイね。アンタとは大違いじゃない」
「仕方がないだろう。ここに来てまだそんなに経ってないんだから」

(ほんとは知っているけど、ダクトの中まではわからないからね)

こうしてシンジたちはレイの案内によって非常通路とダクトを経由し、無事発令所へとたどり着くのであった。

他方、日向は何とか発令所へたどり着いた。
それまで、リツコたちは

「暑いわねえ」「暑いですね」

と汗だくになり、ゲンドウと冬月に至っては防火ようのバケツに足を突っ込んで

「ぬるいな」「ああ」
「しかし本部の初被害が人の手によるものとは」
「人類の敵は人類、ということだ」
「全くだな」

などとのんきに復旧を待っていた。
そこに日向が駆け込んできて

「使徒、接近中です。現在は戦略自衛隊が避難を誘導し、迎撃を実行に移しているとのことです」

と報告を入れると、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

「どうする、碇」
「せめて、できる限りの準備をしましょう」
「どうするんだ、まさか、手動でか?」
「非常用のディーゼルがあったはずです」
「まったく、この歳で無理をさせてくれるよ」
「なにを、まだまだお若い」
「ふん、しかし、戦自がとはな。どうやら、最終的には人類の味方も人類自身、ということらしいな」
「そのようですね。我々も、できることから始めましょう」

「総員、ケージに集まれ。発進準備だ」

こうして司令を先頭にNERV職員は汗だくになりながら発進準備を行い、やってきたチルドレンをすぐに発進させたのだった。



戦闘機のパイロットは軽口をたたいていたが、戦況は思わしくない。
第9使徒マトリエルの武器はA.T.フィールドをまとった溶解液だけだが、それも彼らにしてみれば大きな脅威だ。
少しずつ少しずつ進んでいくマトリエルは、遂に第3新東京市に到達しようとしていた。

「機甲部隊一個大隊、壊滅しました」
「航空部隊二個小隊潰滅、更に損害は増えています」

「くっ、やはり無理か」
「NERVからはまだ反応は無いのか」
「残念ながら、いえ、何か這い上がってきます」
「ふう、やっとお出ましか」
「頼むから、さっさと片付けてほしいもんだ」



その後の戦闘は、圧倒的だった。

前回も唯一パレットライフルで殲滅された使徒である。
エヴァが全機で包囲し、斉射すると、すぐに活動を停止した。

「すごいな」
「ああ」

その様子を見ていた戦自の幹部や隊員たちは、自分たちが苦労した相手があっさりと倒されたことに、喜ばしいながらも困惑せざるを得なかった。

――ピピッ、ピピッ――

「はい、こちら戦略自衛隊本部」

そのとき、非常回線で戦自の本部へ通信が入った。

「こちらNERV総司令官碇ゲンドウです」
「はっ、状況は終了したようですが、何かご用でしょうか」
「トラブルが発生していたのですが、無事回線が復帰しましたので連絡いたしました。今回は御助力くださり、ありがとうございました」

そう言ってゲンドウはモニター越しに頭を下げた。
傲岸不遜で鳴らしたNERVの司令が頭を下げるなど、信じられないことだった。

「しかし、我々は目立った戦果を上げていませんが」

応対している将校は辛うじてそう返答した。

「何をおっしゃるのですか、民間人の避難にこちらへの連絡、さらに使徒の迎撃とあなた方の協力なしでは、使徒の殲滅どころか、非常に大きな被害が出たものと思われます。私を始めNERV一同、深く感謝致しております」
「いえ、我々としては当然の義務を果たしたまでです」

どうやら自分は夢を見ているのだろうか、目の前に広がる光景は、戦自の一同にとっては信じがたいものだった。

「後ほど正式に御礼を申し上げますが、今は立て込んでおりますのでこれで失礼いたします」

そう言ってゲンドウが通信を切ると、戦自の本部では喧々諤々の議論が行われた。
曰く、我々は白昼夢を見ているのではないか。
曰く、あれは実は偽物だったのではないか。
曰く、あれは新たなNERVの罠だ。

その後、日本政府と戦自に対して、実際に正式な文書で感謝の意を示されてからも、戦自の方では当惑せざるを得なかった。



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