再び巡る時の中で
「パーティ」
Written by史燕
碇シンジは台所に立っていた。
トントン、トントン、と包丁の音が小気味よく響いている。
最近はゲンドウとレイを含めた三人で食卓を囲むのが当然となっている碇家においては、シンジが料理をしている子とは別段おかしなことでも何でもない。
すっかり板についた主夫業であるが、「前回よりはまだやりやすい」というのが、いろんな意味で口に出せない本音である。
(だって、洗濯や掃除はやってくれるから)
という認識ができている時点で、彼の心境は察するべきだろう。
住む部屋は別とはいえ、集まるのはシンジの部屋であるから掃除は欠かせないのだが、気を抜けば人が住めないほど汚れてしまう部屋と普通の部屋を比べれば些細な問題でしかないのだろう。
しかし、今日はいつもと異なりかなりの量をシンジは用意していた。
「……碇君、アスカたちももうすぐ来るそうよ」
レイが台所に顔を出してそう言った。
ヒカリやトウジ・ケンスケといった面々をアスカが連れて行く手筈となっているからである。
「もうすぐこっちも終わるから、丁度いいかな」
そう言って振り返ったシンジは、「葛城ミサト昇進祝い」と書かれた横断幕に目をやった。
「昇進祝い、ねぇ」
今をさかのぼること一週間前、その話は唐突に始まった。
「そう、ミサトさんが三佐に昇進したから、お祝いしようと思って」
「ふ〜ん、まっ、アンタにしたらいい思い付きじゃないの」
「そう」
「とーぜん、加持さんも呼ぶのよね」
「うん、リツコさんや発令所の皆さんも呼ぶつもりだよ」
「ならいいわ」
アスカは加持が来るという条件だけで乗り気になったようだ。
――くいっくいっ
「どうしたの、綾波?」
レイがシンジの袖を引っ張った。
何か気になることでもあるのだろうか。
「……碇君、場所は?」
「えっと、ミサトさんの部屋でいいんじゃないかな?」
「前回もそうだったし」と口にはしないが、シンジはそれが当然のことだと思っていた。
「まっ、待ちなさい。乙女の花園に男どもがずかずか入り込んでいいと思ってるの!!」
アスカが途端に慌て始めた。
以降、いかにシンジの発言がデリカシーのないことなのかをとうとうと述べ始めた、が。
「……そう、つまり人が入れないのね」
そう、レイが言った瞬間、アスカは固まった。
「ああ」
シンジも合点がいったようだ。
何せ前回は血の滲むようなシンジの努力によってなんとか人が住めるよう維持されていた葛城邸(と書いて腐海と読む)である。
現在の様相は推して知るべしだ。
「それじゃあ、うちにしようか」
「NERV内部に民間人を入れるの?」
トウジたちも招待したいというのは既にレイには話していた。
それゆえの疑問である。
「まあ、許可してもらえばいいんじゃないかな」
そうしてシンジが自分の父親のもとに行ったところ……。
「構わん。だが条件がある」
「何?」
「俺と冬月の参加だ」
「別にいいけど?」
「なら問題ない」
「うん、ありがとう」
シンジの退出後、血涙を流して感謝する副司令に向こう1ヶ月の仕事を押し付ける約束をする髭司令がいたとかいなかったとか。
こうして、碇シンジ邸での葛城三佐昇進祝賀パーティが開かれる運びとなったのである。
「葛城君の昇進と今後の活躍を祈って」
「「「「カンパーイ」」」」
年の功ということで依頼された冬月の音頭で乾杯の合図がされた後は、各自思い思いにグループを作っていた。
加持に弄られて慌てるミサトとそれを眺めるリツコ。
アスカと揉めそうになるトウジとの仲裁に入ったかと思えば、親友に茶化されるヒカリ。
とりあえず写真を撮るケンスケに、準備をしたシンジとレイにお礼を言うオペレーターの三人。
ゲンドウと冬月は小皿に取り分けた料理を肴にビールを注ぎあっていた。
「……碇君」
「なに? 綾波」
「これでよかったの?」
「……うん」
「……楽しい?」
何か特別なことがあるわけでもない。
ただ集まって騒ぐだけのパーティ。
主役も何もあったものではないどんちゃん騒ぎ。
それでも――。
「うん、最高の気分だよ」
シンジにとっては、今この瞬間が幸せなのだった。
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