再び巡る時の中で

               「深淵に誘うもの」

                                         Written by史燕





(そろそろ、かな)

そろそろ、というのは使徒襲来のことである。
次の使徒、レリエルは虚数空間を形成する使徒だ。
シンジは今も覚えていた。

――果ての無い空間を
――レーダーもソナーも意味のない暗闇を
――光すら届かぬ深淵を

(はあ、今回は母さんはいないんだよなあ)

そう、前回はシンジが意識を失った後ですべて解決していた。
“初号機の暴走による使徒殲滅”
これは、初号機の中に碇ユイがいない以上発生しえないのだ。

(方策なんて、あるわけないか)

シンジはここ最近そのことで頭を悩ませていた。
だが、いい方法など見つかることは無かった。
今もなお、その事について考えている最中である。
第三新東京市に非常警報が鳴り響いたのは、その翌日のことだった。



(結局、何も浮かばなかったな。とにかくA.T.フィールドを全開にして、飲みこまれて何も起こらなかったら生命維持モードに切り替えてやり過ごすしかないか)

地上へ射出される途中までで、シンジが考えついたのはこれくらいだった。
今回はシンジも前回と異なり増長してはいないが、やはり初号機が先行し、残る2機が後方から援護し、敵を包囲するという形を取っていた。

一つは、イスラフェル戦でシンジが行って見せた戦闘が、アスカやレイと一線を画すものであったため、作戦部としては初号機を先行させることを決めた、という事情がある。

(瞬間的に移動する使徒本体、上空に浮かぶのはその影、でも母さんが暴走した時はその影から初号機は現れた)

二機が追いつくまで、使徒を警戒しながらも、シンジは思考を続けていた。

(たとえ本体が入口で影が出口だと仮定しても、どうすれば出口にたどり着けるかは不明)

前回得られた情報の中で、専門的な部分は知らされておらず、積極的に自身も収集していなかったため、掻い摘んで得られたものしか判断材料がないのは痛かった。

(虚数空間そのものは使徒のA.T.フィールドで維持されているとすると、より強力なA.T.フィールドで中和すれば何とかなる? でもそんなに強いA.T.フィールドが形成できるとは思えないし)

原理そのものが不明なA.T.フィールド、おそらくそれが使徒の能力の根幹に関わるのだと推測はできても、どう対処すればいいのかわからなかった。

「ミサト、こっちはいいわよ」
「……零号機も所定の位置につきました」

通信から、全員の配置が終わったことが告げられた。

「まずは牽制、できれば市外に誘導して」

ミサトの命令が伝えられる。

三機のエヴァはそれぞれ射撃を行うが、銃弾が当たる直前に使徒が姿を消した。

「消えた?」
「ちょっと、どこに行ったのよ」

「下だ!!」

唯一使徒の正体を知っているシンジが、大きく声を荒げる。

「きゃあっ」

そのとき、レイの悲鳴が通信越しに聞こえた。

「パターン青確認、零号機の直下です」
「な、なんですって!!」

マヤの報告に、ミサトが焦ったような声を出す。

「零号機とその周辺一帯が、使徒に飲み込まれていきます」

シゲルがさらに情報を伝える。

「綾波、今助ける」
「兵装ビル応射して、エヴァ両機は零号機救出、急いで」

ミサトの指示より早く、シンジは動き出していた。

(間に合え)

そう思いながらシンジは駆け出す。
兵装ビルによる援護は、牽制にすらなっていない。

「綾波っ!!」
「碇君」

――疾走
――跳躍
――着地

初号機は何とか沈みかけるビルを足場にして、零号機の側に近づくことができた。
弐号機は使徒の側には来れたものの、それ以上近寄れないでいた。

「綾波、掴まって!!」
「……いかりく、んっ」

初号機の伸ばした手に、零号機が捕まり、なんとか引っ張り上げる。

「零号機、使徒から解放されました」
「よくやったわ、シンジ君・レイ。そのまま使徒から離れて」
「わかりました」
「……了解です」

二人はビルとビルを跳躍し、使徒から離れようとした。
だが、零号機が抜け、あとは初号機が飛びのけば終わりというところで……。

――ビルが、沈んだ。

「えっ」
「そんな」
「……碇君!!」

発令所も、チルドレンも、全員がホッとしていたところで、まさかの事態である。
厳密に言えば、使徒が初号機を飲みこむスピードが速まったのである。
これにより、初号機は足を取られ動けず、また、足場になりそうなものも、使徒の中に飲み込まれてしまった。

「くっ、A.T.フィールド、全開っ!!!」
「そうか、アスカっ、レイっ、A.T.フィールド!!」
「わかったわ!!」
「了解!!」

シンジがフィールドを全開にしたのを見て、リツコが咄嗟にアスカとレイに向けて叫んだ。

「どうしたのよ、いきなり?」

本来ならば越権行為だが、ミサトとしてはそれを糾弾する気はない。
ただ、なぜいきなりリツコがA.T.フィールドを展開するよう叫んだのか、その理由が知りたかった。

「ミサト、良く考えて。使徒は必ずA.T.フィールドを展開しているわ。でも、使徒の周りどころかその上にさえエヴァは何の障害もなく近づくことができた」
「ということは、A.T.フィールドはあのへんてこな穴の維持に使われている?」
「そう推測できるわ。そしてあながち間違っていないはず……」
「じゃあ、そのA.T.フィールドを中和できれば!!」
「ええ、中和は無理でも干渉さえできれば、初号機は飲みこまれずに済む」
「なるほど!! 三人とも、そのままA.T.フィールド全開!!」

シンジにしてみればA.T.フィールドを全開にして、使徒に飲み込まれるのを阻止できずとも、せめてなんらかの変化が起こればいいと思っただけだった。
だが、リツコの言う通り、強いA.T.フィールドを展開し、使徒に干渉することに成功していた。
といっても、現在の初号機はすでに胸元まで飲み込まれており、辛うじてそこで踏みとどまっている、という状態だが。
さらに、外側からも二機のエヴァのA.T.フィールドによる干渉が行われているため、使徒の方は大きな影響を受けていた。

「敵の空間に、変化が見られます」
「歪み……かしら。でも、あの空間で?」
「変化、更に顕著になっていきます」

使徒の本体も、上空の影も、一定の状態を保たず、白黒の入り混じった状態が次々に変化していた。
さながらマーブル模様をしっちゃかめっちゃかにかき混ぜているような移り変わりである。

――バシャッ

「下方から、エネルギー反応が上昇してきます」
「下方の空間並びに上空の使徒、崩壊していきます」
「初号機、敵空間から脱出しました」

虚数空間が維持できなかったのか、使徒は初号機を飲み込むことをやめたため、シンジは地上に放り出された。
さらに、虚数空間内部から上昇してくる反応も確認できた。

「エネルギー反応、地上に到達します」
「敵の空間と上空の使徒の姿が、完全に消失しました」

「……これは、コア?」

虚数空間の消失が確認されると同時に、地上に出現した紅い球体に対して、発令所は硬直した。
なにせ、使徒の生命の源ともいうべきコアが単体で存在しているのだ、驚くなという方が無茶である。

「父さん、これ、破壊するから」

硬直したまま指示を出さない発令所に対して、シンジが冷たい声で宣言した。
いつの間にか、右手にプログレッシブナイフを装備している。
コアを破壊し、パターン青が消失するまで使徒を殲滅したとはいえない。
なにより、このコアがまたあの空間をいつ生み出すともわからないのだ。

「構わん、シンジ。使徒殲滅が最優先事項だ」

ゲンドウは淡々と返事をする。
まるでそれが当然ともいう風に。

「しかし、使徒の完全なコアは貴重なサンプルに――」
「赤木博士」

リツコの声を、ゲンドウが遮った。

「我々の使命は何だ?」
「使徒の、殲滅です」
「その通りだ」

「シンジ、やれ」

その声を待っていた、という風にシンジは紅い球体にナイフを突きつけた。
何度も何度も、球体が粉々に砕け、その原型がなんであったのか、想像すらできないほどに。

「パ、パターン青、消滅しました」
「よし、任務完了だ。諸君、ご苦労だった。総員第二種警戒体制に移行しろ」

シゲルの報告を聞き、ゲンドウが作戦の終了を告げる。

「エヴァ、回収班急いで」

慌ただしく指示が飛び交う中で、今回の戦闘は幕を下ろした。




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