再び巡る時の中で
「司令執務室」
Written by史燕
ケージに戻ってきたシンジを迎えたのは、勝利を喜ぶ歓声と各種検査であった。
そして、赤木リツコ博士の「ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」という言葉からはじまった質問責めだった。
何せ初めての実戦に加え、過去最高のシンクロ率、素人とは思えない操縦など、気になることはたくさんあった。
もっとも……
(「未来から来ました」なんていえるわけがないんだけどね)
これらがひと段落した後シンジが行ったのは、NERV司令執務室だった。
「失礼します、碇シンジです」
「入りたまえ」
シンジの声に応えたのは、冬月だった。
――ウィーン――
「……用件は何だ」
「碇、そんな言い方はないだろう」
「すまないね、シンジ君。こう見えても、碇は多忙でねえ。少し言い方に険があったが許してやってほしい」
「大丈夫ですよ、冬月先生。よく存じていますから」
(ほんと、よく存じていますよ。多忙なことも、この話し方・格好もね)
「ところでシンジ君、『冬月先生』という呼び方は一体?」
「いけませんか? 父さんも母さんもこう呼んでいたので……」
「いけないということはないよ。ただ、よく覚えていたね」
「忘れられませんよ。母さんが消えた日のことは特に、ですけど……」
――あなた、シンジをよろしくお願いします――
「碇? どうした碇!!」
「冬月、すまない。少し考え事をしていたのでな」
「お前、三年ぶりに会った息子を前にして……」
「いいですよ、冬月先生」
「いや、シンジ、すまなかった」
「えっ?」「うぬ?」
(父さんが謝った……)(碇が謝った……)
ゲンドウ謝罪というまさかの展開に、シンジ・冬月の心はシンクロしていた。
「うっ、コホン。それじゃあシンジ君。用件を話してもらえないか」
「あ、あっはい」
未だにショックから立ち直っていない二人だが、なんとか再起動して、話題を変えることにしたようだ。
「え〜と、冬月先生。これからの僕の待遇はどうなるのですか?」
「ふむ、『待遇』というと?」
「使徒……あの化け物と戦うために呼ばれたのだったらこれからも、第三に住まないといけないんですよね?」
「ですから、学校や住居について説明していただきたいと思いまして」
「それに、NERVでの僕の扱いも気になりますし」
「本来的には専門の部署があるのかもしれませんが、わからなかったので……」
最後の言葉は嘘である。
本来の担当部署である総務部の存在は知っているが、来たばかりのシンジが知っているのは不自然であり、また待遇改善の交渉をするのもトップの二人にした方が早いためこういう反応を行った。
「そうだね。本来は総務部がNERVの福利厚生を担当しているよ。今度からはそこに行きたまえ」
「学校については、こちらでの生活が落ち着いてからになるが、第三新東京市立第一中学校に通ってもらうことになる」
「ただし、訓練やテストがあるため、放課後すぐにNERVに来てもらうことも一週間のうちに何日かあるし、当然だが非常招集にはすぐに応じてもらわなければならない」
「NERV内や各関係機関での待遇は、NERVが国連の特務機関であることから国際公務員になる」
「だから、守秘義務などは守ってもらうし、作戦時には我々NERVの、緊急時にはUN軍の指揮に従ってもらうことになる」
「その代り、NERVのガードによって、安全は確保させてもらうから安心してほしい」
「ここまでで質問は?」
「他のパイロットも、僕以外に何人いるか知りませんが、同じ待遇ですか?」
「うむ、君はNERVではサードチルドレンとして登録されているのだよ」
「このことからわかるように、他には君が会ったファーストチルドレンとドイツ支部にいるセカンドチルドレンの二人がいる」
「待遇は、国際公務員という立場や保護下にあるのは一緒だよ」
「ここまではいいかい?」
「はい、あと一つだけいいですか?」
「なんだね?」
「あの……お給料はどうなっているんでしょう?」
(まあ、前回はもらってなかったんだけどね)
一方の冬月は
(しまったな、生活費のみで何とかしようと思っていたのだが……考えていなかった)
「シンジ君、君たちが戦ってくれないと、人類が滅亡するという話はしてあると思うのだが……」
「はい、でも、命を懸けるのは僕ですよね。他にパイロットがいないわけでもありませんし……」
(さすが碇の息子か。セカンドなど、任務第一で給料のことなど頭にないというのに……。レイは……そもそもそういう思考はしとらんな)
「だがね、シンジ君」
「冬月」
「総務部長に伝えておけ。サードチルドレンにNERV名義のクレジットカードを発給するようにと」
「シンジ、聞いた通りだ。カードの上限に関しては後日連絡しよう」
「別にいいけど、どうして?」
「経理との調整が必要なのだ。だが、こちらから生活に困らない額を用意して毎月振り込んでおく」
「少なくとも多少の贅沢は許されるぐらいだ」
「どうした、シンジ。問題があるか?」
「いや……特に言うことはないよ」
ニヤリ、とゲンドウスマイルが決まった瞬間である。
対して、シンジは心の底から驚いていた。
まさかこれほど好待遇になるとは思っていなかったようだ。
このときのシンジはまだ知らない。
この後渡されることになるクレジットの限度額が、月に軽く7桁を超え、さらに残高は自動的に口座へ積み立てられていくということを。
「大丈夫なのか、碇?」
「ふっ、この程度、シンジの言う通り命を懸けることに比べれば造作もない」
「そ、そうか……」
「異論がないなら後で総務部に顔を出して受け取ってほしい」
「あとは……そうだ、住まいの話だったね」
「保護者と一緒にというのはどうかね?」
口が裂けてもゲンドウと一緒にと言わないのは、この親子の事情をよく知る冬月なりの配慮なのだが……。
「父さんと一緒にとはいかなくても、一人暮らしでいいので、近くの部屋に住むことはできませんか?」
「なっ!! シンジ君本気かね?」
「いや、あの、親子が一緒に住むのは普通だと思うんですけど……」
「シンジ……」
「何? 父さん、同居している人がいるとかいうんだったら早く紹介してね」
「それに、初対面の人と住むくらいだったら一人暮らしがいいですけど、それはNERVとしてはむずかしいはずですよね?」
(まあ、綾波っていう事例はあるんだけどね)
もちろん、ゲンドウと同居するのはそれ相応の覚悟が必要だという自覚はシンジにもあるが、ここまで押すのには目的がある。
……といっても、機密を盗み見るとかそういった類のものではない。
(「すまなかった、シンジ」か……)
前回の、ゲンドウの最期の言葉である。
自分は、本当に父のことを理解しようとしたのか。
ただ自分が一方的に拒絶していただけかもしれない。
もしかしたら、分かり合えたのではないのか。
そういう想いが、シンジにこの無茶な提案をさせたのだ。
――あなた、シンジをお願いします――
先程、脳裏に浮かんだユイの言葉が、ゲンドウに決断させた。
「シンジ、残念ながら部屋数という物理的な要因と、機密書類の管理という観点から同居は認められない」
「やっぱり、ダメなんだね」
ゲンドウの言葉に落胆するシンジ。
だが、次にゲンドウが口にした言葉は、彼を大いに喜ばせるものだった。
「しかし、幸い周りは空室ばかりだ。隣室でよければ住むことはできる」
「もっとも、私はあまり家に寄り付かんがな」
「ありがとう、父さん」
そこまで決めると、あとの事務手続きは総務に任せるということで、シンジは退出していった。
のちほど、総務部を訪れれば案内がつくことになっている。
一方、シンジが退出した後の執務室であるが……
「……碇、本当によかったのか?」
「ああ、問題ない」
「ところで、冬月先生」
「どうしたのだ、碇?」
「計画は、破棄もしくは封印の方向でいきたいと思います」
「なっ、老人たちにどう説明するつもりだ?」
「どちらにせよ、使徒は来ます」
「我々の手で、秘密裏に補完計画の要であるアダムとリリスを廃棄すれば、計画は実行できません」
「……レイは、どうするつもりだ?」
「あれ、いやあの子にも、普通の生活をさせてあげましょう」
「それが、我々にできる、あの子に対する償いです」
「そうか……」
「碇、お前が決めたことだ。文句は言わん」
「しかし、一体どうしたというのだ?」
「シンジに会って、思い出したのです」
「ユイの、言葉を」
――あなた、シンジを、お願いします――
――生きてさえいれば、どこだって天国ですもの――
「私は見たくなったのですよ」
「子供たちの、シンジの未来を」
「そうか………」
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