再び巡る時の中で
「碧髪の少女」
Written by史燕
司令執務室を出たシンジが、次に向かったのは綾波レイの病室だった。
「あ〜ら、シンちゃんも隅に置けないわねえ」
というのは、病室を訪ねた際の葛城一尉の言だが
(あんなことをした僕に、人に好きになってもらう権利なんてあるわけないじゃないか)
ゲンドウとの和解に対しては、一歩踏み出したものの、シンジはやはり自虐的なままだった。
――ウィーン――
もうすぐ夕暮れを迎えようかという時刻である。
病室のベッドに、少女は横たわっていた。
誰かが来室したようだが、定期検査はもう少し後のはず、と思っただけで、自身にとっては珍しいはずの来客者に対して、さして気にも留めなかった。
「こんにちは、綾波、さん」
少年は彼女の名前に一瞬どもった後、「さん」をつけた。
(やっぱり、なんだか呼びづらいな。でも、いきなり呼び捨てにするのも変だし……)
「……なに? あなた、誰?」
呼ばれたから反応した、と言わんばかりの事務的な口調で、彼女は返事をした。
「綾波、さん。ごめん『綾波』って呼んでもいいかな? なんだか呼びづらくて」
「……かまわないわ」
呼び方がどうかしたのか、それで用は済んだのか、と切り捨てるような淡泊な反応で、彼女は言った。
一方シンジは、ベッドのそばにあるパイプ椅子に腰かけてから会話を再開した。
「ええと、自己紹介がまだだったね」
「僕は、碇シンジ。マルドゥック機関によって選ばれた、サードチルドレン。君と同じ、エヴァのパイロットだよ」
「……碇?」
「ああ、碇司令は、僕の父なんだ。といっても、この3年の間は会ったことがなかったけどね」
「……そう」
(……あなたは、あの人の子供なのね。あの人と親子という絆で結ばれた)
一方、シンジは内心焦っていた。
(分かっていたとはいえ、ほんとに会話が一方通行だよ……。どうしよう)
取りとめのない話をいくつか振ってみるも。反応は芳しくないように思える。
しかし、時というものは無情なものである。
そもそも、出撃後、司令執務室へ向かった後ということもあり、訪問した時間自体も遅かったのであるから仕方ないことではあるが、あえなく面会時間の終了を迎えてしまった。
(はあ〜結局何も反応してくれなかった)
シンジは内心ため息をつきながら、もっとやりようはあったのではないかと後悔しつつ、退室することにした。
ドアへと向かうために立ち上がりながら
「それじゃあ、綾波。時間だから、帰るね」
と、言い終え歩き始めると
「……また」
「また?」
「……また、来て、くれるかしら?」
「……えっ」
「もっ、もちろんだよ」
「あ、明日。明日必ず来るからね」
「それじゃ、またね」
そこまで言い終えると、シンジは、転がるようにして慌てて病室から退室した。
一方、室内のレイは、というと
(……どうしてかしら)
(……サードチルドレン、碇シンジ)
(……あの人の、息子)
「……碇君」
(……どうして、こんなに落ち着かないのかしら)
(……どうして、淋しいと感じているのかしら)
(……どうして、私はまた来るように言ったのかしら)
(……命令じゃ、ないのに……)
まだ、自身に芽生え始めた感情が何か、その正体を知らない少女を、月明かりが、そっと照らしていた。
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