再び巡る時の中で

                         「ゼルエル」

                                         Written by史燕





その日は、シンジの病室にやってきていた。
ただ座っているだけで、特に何かをするわけではない。
時折他愛のない話をして、そのまま時間まで一緒に過ごす。
そんな日々が続いていた。

「別に、特別どこか悪いってわけじゃないんだけど」

そうシンジが笑って見せるとレイは決まって困ったように眉根を寄せるのだ。

「……それでも、私は碇君に無理はしてほしくないから」

だからこのまま休んでいてほしい、と言外に告げていた。
そしてその願いは、今日もそのまま何事もなく果たされるだろう。
そう思われていた。
その時だった。

「非常警報発令、総員第一種戦闘配備」

けたたましいサイレンと共に、その放送は流れた。
少年たちを否応なしに戦場へと駆り立てる放送が。

「……非常警報、いかなきゃいけないから」

少女はそう言って、席を立とうとする。

「綾波っ」

思わずシンジは彼女を呼び止めた。

「……どうしたの?」

少年の声に反応して、レイは足を止める。

「無理は、しないで」

シンジは真剣な表情で少女を見つめた。

「……わかったわ」

少女はそういうと、ふっ、と少年に笑いかけた。



レイは零号機に登場するとアスカの弐号機と共に、ジオフロントで使徒を待ち受けた。

「来るならさっさと来なさいっての」

隣の赤い少女はそう言って息巻いている。
周囲には多数の銃火器を置き、レイは使徒が来るであろう天蓋部に向けて、冷静にスナイパーライフルの照準を合わせていた。

「最終装甲板、突破されます」

発令所からの通信を聞き、二人は神経を研ぎ澄ます。

そうして現れる、白と黒を基調とした、出来の悪い人形のような造形をした使徒。

「これでも喰らいなさいっての」

アスカがバズーカとライフルを連射する。もちろん、一発たりとも外しはしない。
しかし、使徒は特に堪えた様子もなく空中に浮遊し続けている。

「……そこねっ」

続いてレイが、使徒のコアに向けてポジトロンライフルを命中させる。
その間にも弐号機は弾幕を張りつつ敵に接近、左手に持ったソニックグレイブを両手に持ち直し使徒に斬りかかる。

「てえりゃああああっ」

その瞬間、使徒のA.T.フィールドが目視できるほど強固に展開される。
機を逃したと見るやアスカは素早く使徒から距離を取る。

「すごいですね、あの子たち」

二人の連携に日向マコトが声を上げる。

「それでも、使徒に有効打を与えられてないのは悔しいわね」

ミサトは日向に同意するが、指揮官として現状を打破できないもどかしさを抱えていた。

「使徒の腕部に変化が発生します」

青葉シゲルの報告に、ミサトは「気を付けて」と言うことしかできない。

使徒は自身の腕を布のような形状に伸ばし、弐号機を切り裂こうとする。
慌ててアスカは回避するが、左腕を取られてしまう。

「アスカっ」

発令所にミサトの悲痛な声が木霊する。

「……まだよ」

更に追撃をしようとする使徒に対して、零号機からライフルの一斉射が襲う。
もちろん痛撃を与えるには至らないが、弐号機が持ち直すには十分な時間だった。
アスカはさらに、グレイブで使徒のコアに斬りかかる。
A.T.フィールドを貫いた刃は、残念ながらコアに到達することはできず、その外殻を破壊するのみだった。
その瞬間、使徒の目元が怪しく光る。

「きゃああっ」

十字架のような形をした光線が、弐号機を直撃した。
弐号機は、そのまま動くことができない。
零号機は牽制の射撃をつづけるが、使徒は意に介した風もなく光線で一蹴した。

「神経接続カット、急いで」

使徒は二機にトドメを指すために両腕を伸ばし、弐号機の首と零号機の右腕を刈り取った。

「うっ、うそ、ちゃんとアタシの首、ついてるわよね」

アスカが思わず確認してしまうほどに、一瞬の出来事だった。

弐号機は完全に活動限界だったが、零号機は違った。
とはいえ、内部電源であと3分程度しか動けないが。

『無理は、しないで』

そう言った少年の顔が脳裏をよぎったが、ここで自分が動かないと彼を戦わせることになる。

「……葛城三佐、申し訳ありません」

レイは万一のために用意されていたN2爆雷を抱え込むと、使徒に向かって駆け出した。

「レイ、まさか自爆するつもり!?」
「やめなさい」「やめるんだ、レイ」

発令所の制止を無視し、レイは使徒に飛び込む。

「……碇君は、私が守る」

レイがそういった瞬間、爆雷は使徒の目の前で爆発した。
爆炎が晴れたそこには、活動を停止した零号機と右腕部を焼失した使徒の姿があった。

使徒は零号機を一顧だにせず、そのままNERV本部へと進み始める。

「……ごめんなさい、碇君」


少女の小さな声は、発令所の人間全員の胸を打った。


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