再び巡る時の中で

                         「最強の秘密」

                                         Written by史燕





碇シンジ。
彼はこれまで圧倒的な戦果を挙げてきた。
ごく普通の生活を送っていた、司令の子供というだけの平凡な少年。
にもかかわらず、類稀な戦闘センスと操縦テクニックによって次々と使徒を屠ってきた天才。
しかし、同年代のメンバーとの関りでは年相応の表情を見せる、どこか抜けた部分のある少年。

そんな彼について、少なくともNERVの面々は頭を悩ませていた。

先の第14使徒戦において、彼は零号機・弐号機を寄せ付けなかった相手を圧倒して見せた。
自身の危険を顧みないその姿は、危うくもあるが、状況が状況であるがゆえにやむを得ず、むしろ勇敢な行動であると評価された。
……戦闘終了後、彼がエントリープラグから運び出されるまでは。

発令所のメンバーを含め、回収判が向かったレイとアスカに大きな外傷がない以上、自力で帰還したシンジも他生のフィードバックで済んでいるだろうと考えていた。
そう考えていなかったのは、事情を知る赤木リツコと息子との対話でシンジ宇を引き出した碇ゲンドウの二人だけだ。

エントリープラグの中では意識を失ったシンジ。
打撲痕や切り傷まみれとなり、さらに左腕に至ってはLCLに浮かんでいるというありさま。
リツコの機転であらかじめ緊急手術の指示がされていたため、LCLの中で形を保っていた左腕はどうにかこうにか縫合に成功したが、それでめでたしめでたしとはいかない。
いまだに本人は昏睡状態にあり、集中治療室で面会謝絶の状態である。

「結局、どういうことなのよ」

怒気を露わにするのは、セカンドチルドレン=惣流・アスカ・ラングレー。
自身の友人でもあり、同じチルドレンのシンジがこのような状態になっているのだから当然である。

「私も説明がほしいわ、リツコ」

作戦部長である葛城ミサトもアスカと同意見のようだ。

「もちろん説明はするわ。ただ、これは推測の域を出ず、どうしてそうなったのか原因もよくわからないのよ」

そういって、困惑しながら赤木リツコはため息を吐いた。
おもむろに内線の受話器を取り、電話をかけ始めた。

「碇司令、赤木です。ええ、ええ、その件に関してはわからないことも多く、私自身もなんとも……。はい、ひとまずその件については今後観察・検討ということで。はい、わかりました」

受話器をおろすと、リツコはアスカ・ミサト、そして黙っているものの他の二人よりいっそう強い視線で糾弾してくる綾波レイに対して、話し始めた。

「そう、どこから話したらいいかしら。シンジ君は私の想像の外にいた例外の中の例外だから……」

そう言うとリツコは煙草を一本取り出し、ライターで火をつけた。

「失礼するわ。長い、とても長い話になるだろうから。三人とも、まずは座ってちょうだい」

三人に着席を促し、それぞれ席に座ったのを見計らって、リツコは話し始めた。

「結論から言うと、シンジ君は通常とは異なる形でエヴァとシンクロしているの。だからレイやアスカが仮に同じけがをしても、シンジ君のようになったりしないわ」

それだけ言い終わると、リツコは一息ついた。

「そもそも、エヴァと神経を接続して操縦するのがシンクロ、これはいいわね?」

三人ともコクリと頷き話の続きを促す。

「だけど、何も経由せずに神経を接続するなんてできるわけがない。だからインターフェイスを整えて、エントリープラグからいくつもの機械を経由して、コアに接続するの。しかもコア自体にもチルドレンに合わせてパターンを調整して、ね」

(それが肉親の犠牲の上に成り立つもの、というのはここでは言わなくてもいいわね)

アスカの母親のことはいたずらに話すべきではないし、レイについても特殊な事情がある。故にこの核心部分は触れないことにしたのだ。

「それがどこまでエヴァに近づいているか。チルドレンの意思や判断をロスなくエヴァを動かせるかの指標がシンクロ率なの。だから、シンクロ率が高いと強いフィードバックを受けるし、低いとうまく動かせなかったりするわけね」

ここまではいいか、と確認の意味を込めて三人を見渡す。
どうやら三人とも話についてきているようだ。

「そうは言っても、間にいくつもの段階を踏んでいる以上、エヴァの腕が飛んでもあなたたちの腕が無くなるなんてことはないわ」
「でもシンジ君はね、このいくつもの手順を取り外して、直接エヴァとシンクロしているの」

「だから、バカシンジは初号機と同じように左腕があんなことになったの」

斬り飛ばされた、とはさすがに言えなかったようだ。

「ええ、そうよ。その通りだわ」

リツコは天を仰ぎながら答えた。

「なにより問題なのは、あの子はそれを分かったうえで、『誰にも漏らすな』と言い、無茶を続けたといことなの」


はあ、と大きなため息を吐いて見せた。
三人とも話の趣旨を理解したようで、沈痛な面持ちとなっている。

「……いつからですか」
「えっ?」 「……碇君がそれを知ったのはいつからなんですか?」

レイが言った。
誤魔化しは許さないとばかりに紅い瞳はまっすぐにリツコを射抜いていた。

「私が知ったのは、例の軌道上から落下してくる使徒と戦った直後ね。状況から推測をして、シンジ君に直接確認したわ」
「そのときシンちゃんはなんて言ったの?」
「『そうかもしれない』とだけ」

ミサトの質問に、リツコは正直に答えた。

「『無茶はしないで』そう言ったけど返事はなかったわ」

その時の情景を思い出しながら、リツコは言った。

「エヴァについてもよくわかっていないことは多い。だけど、シンジ君のこの件に関しては特別ね。なにせ、理論上起こらないことが実際に起こっているんだから」

自嘲するように笑いながらリツコは言った。

「あんたね、自分が作ったものなら責任持ちなさいよ」

そうミサトは食ってかかるが。

「私だって何とかしたいのよ!! 私も、碇司令もね」
「でも、どうしようもなかった……」

激昂した後、今度は頽れて、絞り出すような声でリツコは言った。

「碇司令も……」

昔はともかく、今のシンジやレイと接するゲンドウを思い浮かべると、ミサトにはリツコの言葉が嘘とはとても思えなかった。

「これでシンジ君の件について話せることは終わりよ。これ以上は私にもわからないの」

「……そうですか、ありがとうございました」

沈黙する三人をよそに、レイはそれだけ言って立ち上がった。

「ちょっと、レイ。どこに行くのよ」

アスカが慌てて呼び止める。

「……碇君のところ」

面会謝絶、というのはわかっているのだろう。
「たとえ顔を見れなくても傍に居たい」レイの顔にはそう書いてあった。

「夕飯は一緒に食べましょう」

そう、声をかけるのがアスカには精いっぱいだった。




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